中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/3/9 水曜日

ブッシュ政権の2つの人事の”謎”を解く:ネオコンは後退しているのか、それとも反撃に転じたのか?

Filed under: - nakaoka @ 10:31

IBMが主催する富士会議という集まりがあります。中堅で各界で活躍している人を集めた勉強会のようなものです。私も10年以上前に何度か会議に呼ばれました。その同窓会が昨夜、開かれました。同窓会も8回を数えるとのことですが、私が参加したのは1回しかありませんでした。今回、2回目の参加でしたが、思いがけない旧知の顔を多く発見し、楽しい時間を過ごすことができました。新しい出会いもありました。昨夜、帰宅後、学生のレポートを急いでアップし、書きたいと思っていたテーマは1日、遅らせ、これから書くことにします。ブッシュ政権の人事を巡って2つのニュースが出ています。1つはラムズフェルド国防長官辞任説とボルトン国務次官の国連大使への転出です。これをどう解釈したらいいのでしょうか。以下、現時点で入手できる情報をベースに分析してみることにします。

ラムズフェルド国防長官の辞任説は『ニューズウィーク』誌が3月6日に報じたものです。『朝日新聞』も、『ニューズウィーク』誌の記事を紹介する形で報道しています。同誌は、ライス国務長官とラムズフェルド国防長官の関係は悪くないが、ラムズフェルド長官の影響力が低下すると分析しています。そして、ラムズフェルド長官がすぐに辞任するという兆候はないが、「現在検討中の防衛計画の策定が終わる2005年末に辞任するという噂が流れている」と書いています。さらに、ラムズフェルド長官の後任としてアミテージ前国務副長官の名前が挙がっていると書いています。同氏が後任候補として上がっている根拠として、同氏は副長官辞任後コンサルタント会社を設立しているが、政府との利害関係のある契約は回避していることを上げています。要するに、国防長官就任の際に障害になるようなビジネスを避けているというのです。それはアミテージが、将来、自分がラムズフェルドの後を襲う可能性があることを示唆されているからではないかという憶測の根拠になっています。

また、ライス国務長官は政府の中に国家安全保障委員会を含む”ミニ政策帝国(mini policy empire)”を作り上げるなど、政策面で圧倒的な影響力を作り上げつつあると指摘しています。ある内部情報では、ライス長官はホワイトハウスの「アーリー・モーニング会議」と「レイト・イーブニング会議」を主催しているということです。チェイニー副大統領はイランとの対決を主張し、タカ派の国防総省を後押ししていますが、ライス長官は外交交渉を行なうことを主張していると伝えられています。今のところブッシュ大統領はライス長官の側に付いているとのことです。ブッシュ大統領は訪欧中に欧州の指導者に対して、現在、フランス、ドイツが中心に名って行なっているイランとの交渉を支持すると発言したようです。さらに、イランがウラニューム濃縮計画を放棄すればニンジンとしてイランをWTOへの加盟を認めたり、ボーイング社やエアバス社がイラクに対して飛行機の部品を輸出することを認めると示唆していると言われています(ちょっと考えにくいことですが、少なくとも、同誌の報道ではそうなっているそうです)。

ホワイトハウスの力関係を考えると、ライス長官の影響力が強まり、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官などタカ派の影響力が低下していることから、遠からずラムズフェルド長官の辞任はあるだろうというのが、彼の辞任説の最大の根拠です。

『ニューズ・ウィーク』誌の報道後、アメリカのメディアの報道を見ていますと、まったくといって良いほどフォロー記事がありませんでした。メイジャーなメディアはほとんど無視しています。保守系の「NewMax」が「Armitage Eyeing Rumsfeld’s Job(アミテージがラムズフェルドの職を狙っている)」という記事を掲載している程度です。しかし、内容はPRNNews Serviceが報道した『ニューズウィーク』誌の原稿の転載で、具体的な内容はまったくありませんでした。そもそも今年末に”辞任”という憶測記事ですから、どこまで信憑性があるのかどうか疑問です。ラムズフェルド辞任説が報じられた日のアメリカの各紙は、ラムズフェルド長官が体調を崩し、数日間、公務から離れるということを書いています。そのため上院の予算審議での公聴会出席も延長になりました。現在、彼は72歳で、その意味では防衛長官の激務に耐えられないというなら、そちらのほうが蓋然性がありそうです。

ただ、そうした憶測記事が出ること自体、ホワイトハウス内でのタカ派、あるいはネオコン派の退潮を意味するのかも知れません。既に前のブログで書いたように、ウォルフォウイッツ国防副長官の世界銀行総裁への転出の噂や、フェイス国防次官が夏に辞任することは公表されています(具体的な日は決まっていないようです)。ネオコン派が熱望していたボルトン国務次官の副長官昇格は見送られました。そうした一連の流れからすれば、ラムズフェルド長官の辞任がありえてもおかしくはないなという感じです。

が、ここから話は急展開します。それは、昨日、ライス国務長官がボルトン次官を国連大使に指名したからです。これはどう解釈すればいいのでしょうか。ライス国務長官はボルトンを国連大使に指名した際の記者会見で「大統領と私がジョン(ボルトン)を選んだ理由は、彼が物事を成就する仕方を知っているからだ。彼はタフな心を持った外交官であり、成功した実績を持っている。また彼は、効果的に”多国主義(multinationalism)”を実施してきた証明済みのトラック・レコード(過去の実績)を持っている」と最大級の言葉で、ボルトンを持ち上げている。ちょっと噴飯物なのは、ボルトンが”多国主義”を実行に移した実績があるというくだりである。ボルトンの過去の実績を知っている人からすると、なぜライス長官が、こうした見え透いた言葉を使ったのかビッグ・クエスチョン・マークである。

ライス長官は続けて「ジョン・ボルトンは国連の将来に個人的にかけている(コミットしている)。彼は国連がまさに自己改革を始めたそのときに、強力な主張をする人物になるだろう(he will be a strong voice)」と語っていますが、かつてボルトンが「マンハッタンにある国連本部のビル30階のうち10階がなくなっても何も変わらないだろう。所詮、国連とはその程度のものだ」と語っていたことを思い出すと、やや白々しい気持になる。ホワイトハウスのスポークスマンのマクレランもわざわざ2度も会見を開いて「ブッシュ大統領は国際機関を効果的な存在いするという強い決意を持っている」と、ボルトンの援護射撃を行なっている。ボルトンも「ブッシュ政権の政策を推進するために議会と密接に協力し、自分の過去の実績は効果的な多国主義的政策を支援していることは明白である」と語っています。

これから国連大使になる人物が、以前と同じような国連批判を公然と行なうわけにはいかないことは分かります。ブッシュ政権あげてボルトンを国連大使にしたいという気持が痛いほど分かります。では、ボルトンは”改心”したのでしょうか。一国主義を放棄し、国連を中心とする多国的な外交政策を支持し始めたのでしょうか。『ニューヨーク・タイムズ』紙は「彼の昇進(elevation)はおそらくライス長官以外で最も目立つ外交官の地位に彼を置くことになるだろう」と分析しています。要するに、国務次官から国連大使へ異動することは明確に”昇進”なのです。国連大使は閣僚級のポストであり、次官級のポストとは明らかに違います。ある意味では、当初期待していた国務副長官よりも高い地位といえるかもしれません。ちなみに国連大使は安全保障会議のメンバーです。国務副長官はメンバーではありません。

とすると、ボルトンはブッシュ政権の中枢からはずされたわけではないのかもしれません。一連の人事で、ホワイトハウス内の強硬派、ネオコンの後退が見え隠れしました。が、今回のボルトン人事は、ちょっと様子が違います。まず、ライス国務長官とブッシュ大統領の欧州歴訪は、アメリカと欧州の和解を目指すものでした。だが、ボルトンはある意味では独仏の首脳が最も嫌いっている人物です。たとえば、イランとの外交交渉を進めている独仏に対して、ボルトンやチェイニー副大統領は強攻策を主張しています。しかも最大の焦点の1つである中国への武器輸出解禁問題(欧州は天安門事件以来禁止していた中国への武器輸出を再開しようとしている)で、ボルトンは極めて厳しい姿勢を取っています。こうした強硬派を代表する人物が、ブッシュ政権内で昇進し、国連の場で独仏と対峙するようになるわけですから、民主党上院の院内総務のハリー・リード議員が「これは失望した人事であり、すべての人に間違ったシグナルを送ることになる」と言いたくなるのも当然です。同じ民主党のコルザイン上院議員も「ボルトンはブッシュ政権の他の閣僚と同様に欧州との必要のない対立とアメリカの孤立を招くという大きな責任を負っている。現在、同盟国との橋渡しと関係強化がアメリカの安全保障にとって極めて重要なときに、ボルトンが国連で調整者として働くにはふさわしい人物ではない」とまで言い切っています。メディアの伝える欧州各国政府の反応も、これに似たようなものです。シチズン・フォー・グローバル・ソリュージョンという民間団体のヘザー・ハミルトン会長が「ボルトンを国連大使にするのは鶏小屋の世話を狐にさせるようなものだ」と面白い表現をしています。

では、それでもなぜボルトンなのか、という大きな疑問が残ります。イギリスの『ガーディアン』紙は面白い指摘をしています。「これはライス長官の右派をなだめるための大胆な政治的行動である。なぜならライス長官は最近、右派の攻撃に晒されたいたからである」。この発言は、元国務省の担当者の言葉として紹介されていますが、かなり信憑性が高いのではないかと思います。

ボルトンはチェイニー副大統領の強力な後押しを受けています。彼が国務次官に就任したのは、チェイニーの推挙によるものです。当初、パウエル前国務長官は、ボルトンを次官にするのを渋りましたが、とてもチェイニーに抵抗できる状況ではありませんでした。その結果、ボルトンはホワイトハウスと組んでパウエル外しに動きます。先に触れたように、今回の人事でボルトンの国務副長官への昇格は見送られました。ライスは、もっと現実派で、昔からの付き合いのあるゼーリックを副長官に選んだのです。しかし、ボルトンは一言も辞任を口にしませんでした。そして、今回の人事です。これはまったくの推測ですが、当然、チェイニー副大統領の意図を感じます。ライス長官は、ある意味でチェイニー副大統領との政治闘争で負けたのかもしれません。ちなみに、ボルトンをブッシュ政権に取り込んだのはチェイニー副大統領でした。フロリダ州で選挙結果を巡る訴訟騒動が起こったとき、チェイニーはボルトンを予備、その対処に当たらせたのです。

ブッシュ政権の強硬派の中核は副大統領オフィスにいるのでしょう。そうしたグループが、ライス長官の動きをチェックし始めたのかもしれません。ライス長官の力は、ブッシュ大統領に近いことにあります。これは理由にはならないでしょうが、補佐官はホワイトハウス執務室の一角にオフィスを構えています。だが、国務長官は国務省にオフィスを置いています。その分、物理的にライスはホワイトハウスから切り離されることになります。それは同時に、チェイニー副大統領の力が増すことを意味しているのかもしれません。ある保守系の論者は、ブッシュ大統領は後任に最終的にチェイニー副大統領を選ぶのではないかと予測しています。確かにチェイニーには国民的人気はなく、選挙に勝てるかどうか疑問です。ただ、彼の隠然たる力は無視できないでしょう。今回のボルトン人事は、チェイニー副大統領オフィスとラムズフェルド国防長官のオフィスが組んだ結果かもしれません。が、これはあくまで私の憶測ですが。

ボルトンには、まだ克服しなければならない問題が残っています。それは上院外交委員会での承認です。ライス国務著官の承認もかつてないほど時間がかかり、上院総会での承認投票で過去最高の反対票がでました。ボルトンの場合はどうなるでしょうか。2001年の上院総会の票決は57対43でやっと承認されました。また、総会以前に上院外交委員会の承認を得なければなりませんが、同委員会は共和党10人、民主党8人で構成されています。もし共和党の委員が1人反対票を投じれば、委員長採決になります。2人が反乱すれば、否決される可能性もあります。

ボルトンの経歴や思想性についてもっと書くべきでしょうが、それは本ブログが長くなったので、次の機会に譲ります。

1件のコメント

  1. フェイスが「国防副長官」になってますよ。

    コメント by シャイロック — 2005年3月9日 @ 16:27

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