中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/3/17 木曜日

グリーンスパン連邦準備制度理事会議長の国際金融講義(3):ドル安とアメリカの貿易赤字の関係

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相変わらず忙しい日が続いています。2月23日の「グリーンスパン連邦準備制度理事会議長の国際金融講義(2)」を書いて、もうすぐ1ヶ月経ちます。その続きを書く前に、いろいろな出来事が起こり、そちらの原稿を先に書くということが続いていたために、連載(3)の執筆が遅れてしまいました。仕事が一息ついたので、連載(3)について書きます。その前に「トリビア」を1つ。グリーンスパン議長は来年1月31日に議長を辞めることを発表しています。なぜ1月31日なのか。実は理事会の理事の任期は全員1月31日に切れるのです。ただ、任期は14年間と長期ですが、途中で辞任すると、後任の理事は辞めた理事の残りの任期を務めることになります。例えば、残りの任期が2年で辞めた理事の後任の理事の最初の任期は2年で、それは2年後の1月31日になります。その後、再任は可能なので、長期にわたって理事の座に留まることができます。中央銀行の独立性を守るために、政府は勝手に理事を辞めさせることはできません。ということで、グリーンスパン議長の理事の任期が来年1月31日に切れ、理事として再任を求めないことは、自動的に議長も辞任するということになるわけです。さて、連載(3)に移ります。

2月、3月はグリーンスパン議長の議会証言や演説が続きます。その分、その発言が注目されることになります。3月初めの下院銀行委員会の証言で、財政赤字問題を解消するには歳出削減と増税が必要であり、年金制度を改革するためには消費税に基づく制度を導入すべきだと発言し、民主党やリベラル派の総反発を買っています。彼の発言は極めて政治的なところがあります。時の流れ、政治の動向を読むのに敏なところがあります。だからこそ87年に議長に就任して、長期にわたってワシントンで影響力を維持してこれたのでしょう。

さて、講義のほうですが、(2)では輸出業者がドル安にも拘わらず利益率を圧縮してアメリカへの輸出品の輸出価格を引上げを避けている状況を説明しました。ですから、為替調整が起こっても(すなわちドルが安くなっても)、アメリカの輸入品に対する需要が減らず(価格効果が発揮されない)、なかなかアメリカの貿易赤字が減らないという事態になります。その付随効果として、まずアメリカはドル安にも拘わらず、輸入物価が上昇しないため、インフレ(物価上昇)が起こらないのです。本来なら、輸入物価上昇が国内のインフレを促進させることになりますが、すくなくとも現状ではアメリカはドル安を要因としたインフレ問題には直面しています。もう1つの付随効果は、アメリカ企業の輸出採算は確実に上昇するということです。アメリカの輸出企業は確実にドル安を享受できるのです。アメリカ企業の業績が改善しているのは、輸出増と海外の子会社のドル換算利益が増加しているのが大きな要因の1つです。また、輸入価格が上昇しないため、実質輸入はあまり変わりません。この限りでは、アメリカはドル安が進んでも差し迫って困らないのです。

ドル安が問題になるのは、1つは輸入物価が上昇し、それが国内のインフレに火をつけることです。もう1つは、膨大な経常赤字(あるいは貿易赤字)が海外の投資家を慎重にさせ、対米投資を抑制させるか、あるいはドル資産での運用から撤退し始めることです。この2つの事象は、同じ経済問題を引き起こします。それは金利上昇です。まずインフレが高進すれば、予想インフレ率が高まるため、長期金利は上昇し始めます。また、外国の投資家がドル資産での運用を抑制するか、あるいは売却して撤退を始めると、長期金利が上昇します。長期金利の上昇は、アメリカ経済の成長にマイナスの影響を及ぼします。特にアメリカ経済を支えてきた住宅投資を冷え込ませるかもしれません。また、企業も資本コストが高めるために、設備投資を抑制することになります。さらに、膨大な財政赤字を抱えている政府も、財務省証券の金利が上昇し、利払い負担が増加します。それは財政状況をさらに悪化させることになるかもしれません。

しかし、輸入インフレが起こらず、輸出企業の採算性が改善し、多国籍企業の業績が改善するなら、ドル安はアメリカ経済にとって特に悪いわけではないのです。アメリカ政府が口では「強いドルが好ましい」といいつつも、具体的なドル安阻止策を取らないのも、その必要性を感じていないからです。緩やかにドル安が続くことは、ある意味では、アメリカにとってそう悪いことではないのです。こうしたドル安容認政策を”ビナイン・ネグレクト政策”と呼ぶことがあります。ビナインというのは「慇懃」という意味ですが、直訳すると「慇懃にドル安を無視する政策」という意味になります。要するにドル安放任政策です。2002年以降、ドル高修正が始まりました(言い換えれば、ドル安相場が始まりました)。しかし、その後、一貫して名目貿易赤字は拡大し続けています。最近時点の経常赤字も大幅なものになっています。

でも、そうした状況がいつまでも続くわけではありません。グリーンスパン議長は「そうしたやり方は転換点に近づきつつある」と語っています。アメリカに製品を輸出している業者は、緩やかに続くドル安に伴う輸出採算の悪化に次第に耐えられなくなってきます。国内の生産性向上がドル安によるマイナスを埋め合わすことができれば、輸出価格を維持しても、採算は悪化しませんが、生産性向上はせいぜい年間で数パーセントが限度です。ドル安のペースは、それをはるかに上回っています。要するに経済合理性が生きている世界では、いつか調整が起こるのです。最近、グリーンスパン議長は行なった講演の中で「国際経済ではアダム・スミスの”神の見えざる手”が働いている」と述べています。タイム・ラグがあっても、”市場機能”は働くと言っているのです。その意味で、彼は為替調整効果を信じているのです。

では、最終的にアメリカの輸入価格が上昇し始めたら何が起こるのでしょうか。教科書的な説明をすれば、市場で価格効果が働けば、アメリカの輸入需要は減り、輸出需要は増え、最終的に貿易赤字は縮小に向かうことになります。ただ、先に触れたように、2002年から2004年の期間を見る限り、そうした為替の価格調整効果は働いてきませんでした。その理由は既に述べましたが、グリーンスパン議場ばアメリカの貿易赤字が減らないのはさらに幾つかの要因があると指摘してます。1つは、90年代後半からのドル高の遺産が残っていることだといいます。ドル高の局面で、アメリカの輸入の増加は輸出の増加を50%も上回りました。すなわち、ドル高のもとでアメリカの輸入は大幅に増加し、輸出の伸びを大きく上回ったのです。したがって、ドル安で名目貿易赤字が縮小するためには、輸出は輸入の倍のペースで増えない限り、貿易赤字は縮小しないのです。世界経済の譲許を見る限り、アメリカの輸出が輸入を大幅に上回るような伸びを期待するのは無理でしょう。世界は依然として対米輸出に依存しています。国際経済の成長率が大幅に高まらない限り、アメリカの輸出が急増することはないでしょう。

もう1つの要因は・・・・・、と書きたいところですが、これから外出しなければなりません。続きは連載(4)で書くことにします。明日か、明後日になると思います。

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