中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/3/24 木曜日

ウォルフォウイッツ国防副長官の世界銀行総裁就任の意味を問う(1)

Filed under: - nakaoka @ 10:43

本ブログでブッシュ政権の人事について何度も触れてきました。第2期ブッシュ政権の人事で最大の焦点は、ライス安全保障担当補佐官の国務長官就任でした。その次に大きな人事はウォルフォウイッツ国防副長官の世界銀行総裁への指名とボルトン国務次官の国連大使指名でした。さらに、ブッシュ大統領に最も近い存在といわれるカレン・ヒューズの国務次官指名(この人事については後で詳細を書いてみるつもりです)、カール・ローブのホワイトハウス副首席補佐官への昇格などがありました。ウォルフォウイッツとボルトン人事に関しては「ブッシュ政権内でのネオコン」の影響力の変化に関連して、本ブログの中で取り上げました。今回は、その続編でもあります。なお、余談ですが、先週末に「ローレライ」という映画を見てきました。比較的評判の良い映画なので期待していたのですが、正直、がっかりしました。緊張感もストーリー展開のリズム感も臨場感もない映画でした。これでは韓国映画や中国映画、アジアの映画に勝てないと痛感しました。いつかちゃんとした映画論を書いてみたいと思いますが、ここでは1つだけ。映画で一番大切なのは”脚本”だと思います。でも、日本では脚本家を大切にしていないのではないかなと感じました。

一般の人からすれば、世界銀行総裁というポストがそんなに重要なのかと疑問に思われるのではないかと思います。そもそも世界銀行とは一体何かという疑問を持たれる人が多いのではないかと思います。少なくとも日本に関連して世界銀行がニュースになることはまずありません。銀行ですから、融資業務を行なっています。基本的には途上国に対する融資活動が世界銀行の主な業務ですが、日本との関連でいえば、東海道新幹線の建設資金を世界銀行から借りたことがあります。10年くらい前でしたか、日本が新幹線建設で借りた資金の返済を終ったとき、小さなお祝いのパーティが開かれました。日本は急激な経済成長を遂げ、国際機関から資金を借りる必要がなくなっていますが、たとえば、中国は国内開発プロジェクトについて世銀から多額の資金を借りています。

世界銀行は、各国が出資する公的な国際機関です。最大の出資国はアメリカで、その比率は16.41%です。この出資比率は世銀の理事会の投票権に対応します。次が日本で7.87%です。続いて、ドイツの4.49%、イギリスの4.31%、フランスの4.31%と続きます。残りが、各加盟国に配分されています。ですから、日本は世銀の”大株主”なのです。加盟国は、出資比率に応じて理事会での票決権を持っています。現在、加盟国は184ヶ国で、理事会は24ヵ国で構成されています。常任理事国は5ヵ国で、日本もその1つです。日本が同銀行に加盟したのは、52年です。

もう少し世銀について説明しますと、世界銀行というのは通称であって、正式名称ではありません。戦後の世界の経済的な仕組みを「ブレトンウッズ体制」といいます。それは第二次世界大戦の教訓から、保護貿易を排除し、自由な取引を行なう必要があるとの認識から、1944年にアメリカのニューハンプシャーのブレトンウッズで連合国の代表が集まり会合が開かれました。そこで決まったのが、IMF(国際通貨基金)の創設とGATT(関税と貿易に関する一般協定)と国際復興開発銀行の設立でした。GATTは、その後発展的に解消し、現在のWTO(国際貿易機構)になっています。各国の短期の資金のニーズに対応するのがIMFで、長期の開発資金などを融資するのが国際復興開発銀行です。

国際復興開発銀行は45年に設立されています。同グループには、そのほかに国際開発協会、国際金融公社(IFC)、国際投資保障機関(この機関は88年に設立され、初代総裁は日本人でした)などがあります。一般的に、国際復興開発銀行と国際開発協会をまとめて「世界銀行」と通称で呼んでいます。ですから、正式には「世界銀行」という組織は存在しないのですが、便宜的に「世界銀行」と呼ぶようになりました。今では、国際復興開発銀行という言葉が使われることは少なくなり、世界銀行のほうが通りが良くなっています。世界銀行が主に政府を対象に融資をするのに対して、IFCは民間部門を対象に融資を行なっています。その際に政府保証も要求せず、世界銀行と比べるとよりコマーシャルベースでの融資活動を行なっているといえます。またプロジェクトによっては、IFCは少数株主として参加することもあります。

世界銀行の使命は、十分な開発資金を持たない発展途上国や貧困国に対して低利で資金を融資することです。こうした国々は国際金融市場で資金調達する能力がありません。また、仮にできたとしても、高金利を払わないことには、資金を調達することができないのが実情です。世界を安定化させるためには、こうした国々の経済成長を促進する必要があります。そのために各国は「ODA(Official Development Aid:政府開発援助)」と呼ばれる資金援助を行なっていますが、同時に世界銀行やアジア開発銀行などの地域国際金融機関をとおして資金を提供しています。世界銀行は資金を金融資本市場から調達しています。ただ、世界銀行の株主が先進国政府であることから、倒産リスクがないために、低利で資金を調達することができるのです。資金調達では「世銀債」を発行しています。そうして低利で調達した資金を発展途上国政府に貸しているのです。IFCも原資は加盟国の出資金と加盟国からの借入に加え、民間市場からの資金調達によるものです。

ブッシュ大統領がウォルフォウイッツを次期世界銀行総裁に指名したとき、大きな反響がありました。ライス国務長官の来日に先立ってブッシュ大統領と小泉首相の電話会談がありました。そのときブッシュ大統領が要請したことは、牛肉輸入の解禁ではなく、ウォルフォウイッツの世界銀行総裁就任を支持するように要請したことです。ブッシュ大統領にとって、この問題のほうがはるかに優先順位は高い問題だったのです。だが、ヨーロッパ諸国と発展途上国は、一世にウォルフォウイッツ人事に異議を唱えました。世界銀行は通常の銀行であり、その総裁人事がなぜ大きな問題になっているのでしょうか。

少し昔の話に戻ります。1985年にレーガン政権のベーカー財務長官がソウルで開催されたIMF世界銀行総会で「ベーカー・プラン」を発表しました。80年代は発展途上国の累積債務問題が深刻になったときです。債務返済に窮した途上国を救済するために、INFや世界銀行が緊急の流動性供給や開発融資を行いました。「ベーカー・プラン」では、融資を行なう条件として、経済の自由化や貿易の自由化、構造改革、緊縮財政を融資条件に掲げました。これは、いわば”レーガン革命”を発展途上国に適用するという色合いも持っていました。厳しい融資条件(これを専門用語では”コンディショナリティ”といいます)を課して、途上国の経済のみならず、政治にまで影響を及ぼそうとしたのです。「ベーカー・プラン」(同プランの後に「ブラドリー・プラン」が発表されます)が成功したかどうかを本ブログで論じる余裕はありませんが、アメリカは自国の政治経済政策を世界銀行を通して発展途上国に移植しようとしたことは間違いありません。

ですから、世界銀行は単に途上国に対する融資機関に留まらず、ある意味では”政治的な色彩”も持っているのです。ですから、イラク戦争の仕掛け人であり、ネオコンの”世界的なミッション(使命)”を持っているウオルフォウィツが世銀総裁に就任すれば、世銀が再びアメリカの政治の道具になってしまうのではないかという懸念を産み出したのです。特にイラク戦争でアメリカと対立したヨーロッパは強烈に反応しましたし、イスラム色の強い発展途上国も反発しました。イギリスの『フィナンシャル・タイムズ』紙は、ウォルフォウイッツの世銀総裁人事とボルトンの国連大使人事を「ネオコンの世界陰謀(World Neocon Conspiracy)」と呼んでいます。ネオコンと呼ばれる人々には、「アメリカ的民主主義を世界に広げることが使命である」と考えいます。ですから、ブッシュ政権は国連と世界銀行に名うてのネオコンを送り込むことで、自らの外交政策の目的を実現しようとしていると受け止められたのです。

そうした批判に対してウォルフォウイッツはロイター通信とのインタビューで「世銀を政治的な目的に使う気はないし、政治よりも経済を重視する」と答えるなど、懸命にヨーロッパ諸国と発展途上国の不安を払拭しようとしました。その結果、数日前にドイツは「ウォルフォウイッツ氏の世銀総裁就任を阻止することはしない」と正式に発表しました。実は、ヨーロッパにも強硬に反対しにくい状況があるのです。それは、欧米の間には、IMFの専務理事はヨーロッパの国から、世銀総裁はアメリカから選出するという暗黙の了解があるからです。

とは言っても、4年前にIMFの専務理事選出に際してアメリカ政府がドイツが出してきた候補者に異議を申し立て、撤回させたこともありました。が、ヨーロッパからIMF専務理事が選出されるという暗黙の了解は変わりませんでした。ですから、ウォルフォウイッツ人事に反対してもいいのですが、イラク戦争で生じた亀裂がブッシュ大統領訪欧で和解の糸口ができたところなのに、それを台無しにするリスクを犯す必要がないとドイツ政府は判断したのでしょう。ですから、ドイツ政府の表現も「阻止するようなことはしない(not try to block)」という表現になったのでしょう。

しかし「ちょっと待て」と読者は思われるかもしれません。世界銀行の第二の大株主は日本です。IMFに対する出資も日本の比率は高く、本来ならもっと発言権があっていいはずではないか・・・。90年代に一度、当時の大蔵省はIMF専務理事に日本人の候補者を擁立しようと画策したことがあります。私の記憶に間違いなければ、当時、候補に取り沙汰されたのが、行天豊夫元財務官でした。しかし、欧米を向こうに回して国際舞台で立ち回れるほど、日本の大蔵省には外交力も人材もいなかったようで、そのまま立ち消えになりました。

ドイツがウォルフォウイッツ人事を支持したことで、彼の総裁就任はまず決まったといえます。3月31日に世界銀行の理事会が開かれます。そこでの投票で、正式にウォルフォウイッツ総裁が誕生します。

では、『フィナンシャル・タイムズ』紙が指摘した「ネオコンの世界陰謀」はどうなってしまうのでしょうか?それは、次回(2)で詳細に議論します。

2件のコメント

  1. 着々と進む国際機関の無力化、韓国は何処へ、台湾独立デモ
     ブッシュ大統領の政策の1つに「国際機関を無力化する」目的があることを、以前から日高義樹氏が指摘していたことは前にも紹介した。それが今、次々と具現化しつつあるようだ。

    トラックバック by log — 2005年3月26日 @ 00:05

  2. 着々と進む国際機関の無力化、韓国は何処へ、台湾独立デモ
     ブッシュ大統領の政策の1つに「国際機関を無力化する」目的があることを、以前から日高義樹氏が指摘していたことは前にも紹介した。それが今、次々と具現化しつつあるようだ。

    トラックバック by log — 2005年3月26日 @ 00:06

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=94

現在、コメントフォームは閉鎖中です。