中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/3/25 金曜日

ウォルフォウイッツ国防副長官の世界銀行総裁就任の意味を問う(2)

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前のブログは「フィナンシャルタイムズの『ネオコンの世界陰謀』はどうなるのでしょうか」という文章で終りました。このブログは、その続きです。その前に、今、緊急情報で入ってきた情報です。生命維持装置を外すかどうかで紛糾しているテリー・シェエアボ問題で、最高裁が生命維持装置を再度つけるという命令を出すことを拒否したというニュースです。今、午前1時半ですが、CNNはこの問題を取り上げて放送しています。実は、アメリカ社会で最高裁が果たす役割は極めて大きいものがあります。議会で成立し、大統領が署名した法案を「憲法違反である」とした判決を何度もしており、議会は法案の修正を迫られるというのは日常的にあることです。日本の裁判所と違って、アメリカの司法制度は現状追認をするのではなく、時代を作り上げていく役割を果たしてきました。女性の中絶権を最初に認めたのは最高裁でした。いつかアメリカの司法制度について書いて見たいと思っています。手元に『Men in Black』という本と『A Court Divided』という本が置いてあります。保守とリベラルがそれぞれ最高裁のありかたを論じた本です。このテーマは将来取り上げたいと思っていますが、ここではウォルオウイッツの世銀総裁就任について書きます。

ウォルフォウイッツの世銀総裁就任問題は、2つの観点から議論されるべきでしょう。1つは、彼が世銀総裁としての資格があるのかどうかということです。もう1つは、世銀はブッシュ政権の政策を実現する手段なのかということです。さらに、ブッシュ政権の中のネオコン派であるウォルフォウイッツ国防副長官とボルトン国務次官が政府を去るこことは、ネオコンの影響力の低下なのか、新たな国際政治舞台へのネオコンの新たな挑戦なのかということです。これに関して、「ブッシュ政権の2つの人事の謎を解く」でも触れました。そのブログを踏まえて、今回のブログを読んでいただくと分かり易いと思います。

ボルトン人事、ウォルフォウイッツ人事が発表されてからのアメリカのメディアの報道を見ていると、見方が大きく分かれているのが印象的です。それは2つの意味で分かれています。1つは、この一連の人事を歓迎するという論調と反対する論調、もう1つはブッシュ政権の中でのネオコンの影響力が低下しているという論調と、ブッシュ政権が新たな国際戦略を展開し始めたことで、必ずしもネオコンの影響力の低下を示すものではないという論調です。アメリカのメデフィアでは、さすがにファイナンシャル・タイムズのように「ネオコンの世界陰謀」といった刺激的な表現は見られません。

批判的な立場の代表格は『ニューヨーク・タイムズ』紙で、「イラク戦争を指導した強硬派のウォルフォウイッツを世銀総裁に指名するのは国際社会に平手打ちを食わせるようなものだ」と書いています。これに対して意外なのは、リベラル派新聞と見られている『ワシントン・ポスト』紙は「ネオコンの個人的な事柄(personification)は理解されないままに批判されており、ウォルフォウイッツは反感を買っている」と指摘したうえで、「ウォルフォウイッツ指名はブッシュ政権の世銀重視を示しているものだ」と好意的な評価を加え、「日欧の指導者は彼を歓迎すべきだ」と述べています。保守派の『ウフォール・ストリート・ジャーナル』紙は「ウォルフォウイッツの世銀総裁就任は世銀に改革をもたらすことになる」とし、「彼はいつも資金拠出国をケチだと批判する傾向がある世銀を変えるべきだ」と書いています。アメリカ国内に、世銀や国連に対する不満が溜まっています。そうした意味で、政治力を持ち、ブッシュ政権とのつながりの強い人物を、世銀や国連に送り込むことに好意的なコメントが見られます。

そこでまず、最初の問題に触れます。「ウォルフォウイッツは世銀総裁の資格があるのか」ということです。ブッシュ大統領は3月16日の記者会見で、この問題に触れて「彼は大きな組織を運営する支援をしてきた。世銀は大きな組織であり、国防省も大きな組織である。彼はそうした組織の運営に関与してきた」と、世銀総裁としての運用管理能力が十分にあることを訴えています。さらに、彼の経歴も、途上国開発問題に取り組むだけの実績があると指摘しています。過去の経験とは、彼はレーガン政権の時に東アジア担当の国務次官を務めたり、インドネシア大使を歴任しており、途上国問題にまったくの素人でないということです。ウォルフォウイッツ自身も、今回の世銀総裁人事に関連して「インド洋津波の後にインドネシアに視察に行き、世銀総裁の職務に興味を持った」と語っています。また、インドネシア大使の時、東チモールの人権侵害問題に積極的に取り組み、同地域の労働組合やイスラム組織を支援したと言われています。んだり、スハルト大統領の親族の腐敗に関連して食料援助を中止するなど途上国の人権・腐敗問題に取り組んできた”実績”を誇示しています。フィリピンの政変でも重要な役割を果たしたといわれています。

しかし、「National Human Rights Comission」などのインドネシアの人権組織は、「ウォルフォウイッツ大使はス亜hルト大統領とスハルト家族と極めて密接な関係にあった」とスハルト政権の腐敗に関与した可能性があると指摘し、「彼はインドネシアの民主化や人権問題にまったく関心を示さなかった」と批判しています。この辺りは”藪の中”で、真偽の程は分かりません。ただ、彼がインドネシア大使の経験を持つということは、重要なポイントかもしれません。ウォルオウイッツは「人々は私を理解していない。もし理解すれば、私が軍事問題だけでなくもっと多くのことを知っており、イラク戦争よりも多くのことを知っていること、私について書かれていることは、不正確な嘲笑に満ちたものであることをすぐに理解できるだろう」と語っています。

ウォルフォウイッツの世銀総裁の資格に関して、ノーベル賞経済学者で、世銀のチーフ・エコノミストとして世銀の内情を知っているジョセフ・スティグリッツの発言を聞く必要があります。結論からいえば、彼はウォルフォウイッツの世銀総裁就任に反対しています。スティグリッツは「私が心配しているのは、世銀がアメリカ政府の外交政策の手段となってしまうことである。たとえば、世銀はイラク再建で重要な役割を担うようになるだろう。それは、世銀の役割を損なうことになるだろう」と、アメリカ政府と世銀の関係について懸念を表明しています。さらに彼は「貧困に対する戦争を行なうために適格な将軍を選んだからといって、戦争に勝てるとは限らない。しかし、不適格な将軍を選べば確実に失敗する可能性は高まる」と語っています。言うまでもなく、それはウォルフォウイッツは”正適格な将軍”であることを意味しているのです。

イラク再建に関して、ウォルフォウイッツは微妙な立場にあります。それは、アメリカ政府、より正確にいえば、国防省はイラク再建にまず戦争に反対したヨーロッパ諸国を排除しました。さらに、世銀の関与も拒否したのです。もっといえば、2003年にイラク再建の資金面での権限を巡って国防省と国務省は対立しました。最終的に国防省が勝利して、資金使途の承認権限を握ったのです。国防省の中核にいたウォルフォウイッツが世銀総裁として、こうした問題をどう処理するのか興味あるところです。また、現在、イラクで下水処理施設などの建設のために世銀は4億ドル以上の融資を行なっています。イランの核開発問題に関連し、こうした融資をどう扱うのかというのも、大きな問題になるでしょう。

また、スティグリッツは、現世銀総裁のウォルフェンソンが行なってきた大規模プロジェクトよりもグラスルーツを重視した融資政策などが大きく変わるのではないかと懸念しています。また、ウォルフェンソンは、「ベーカー・プラン」的な緊縮財政や性急な自由化にブレーキをかけてきました。それがウォフォウイッツが総裁になれば、再び、以前と同じような厳しい政策(規制緩和、緊縮財政)と途上国に求めるようになる可能性もあります。

ウォルフォウイッツの資格の問題で、ベトナム戦争の時の国防長官で、その後、世銀総裁になったロバート・マクナマラとの比較がされています。マクナマラは、ベトナム戦争を悔い、涙を流しました。これに対して、ウォルフォウイッツは、イラク戦争を悔いるところはまったくないようです。マクナマラは、ベトナム戦争の教訓から、途上国に対して大きな共感を抱いていました。その点も、大きな違いでしょう。

また長くなりました。もっと書かなければならない問題がありますが、あと2つのポイントに焦点を絞ります。まず、今回の人事がブッシュ政権の中のネオコンの影響力の低下を示すものなのかどうか、もう1つはブッシュ政権の本当の狙いはどこにあるのかです。

ますネオコンのブッシュ政権内での影響力の低下の問題ですが、アメリカ国内でも見方は大きく分かれています。ネオコンと対立する保守派のパット・ブキャナンは「ボルトンが国務省を去り、ウォルフォウイッツが国防省を去ることで、ブッシュ時代のネオコンの時間は終焉に近づいている」と語っています。さらに、国防省では、ネオコンのフェイス次官に辞任は決まっており、さらにもう一人のネオコンのスティーブン・カムボン次官も辞任すると言われています。要するに、ネオコンと称される人物のかなりがブッシュ政権を去ることになるのですから、当然、これはネオコンのブッシュ政権内での影響力の低下以外なにものでもないということになります。

こうした見方に対して、ウォルフォウイッツはブッシュ大統領には嫌われていないという説もあります。ブッシュ大統領は、彼のことを”ウォルフィー(Wolfie)”と呼んで可愛がっています。今回の人事も、決して更迭人事ではないということです。共和党のヘーゲル上院議員は「国連と世銀の力を利用して、ブッシュの意に沿うように世界を明確にし、世界をトランスフォーム(作り変える)するために、彼らを重要な地位に置いた」と分析しています。

どちらが正しいのか、もうすこし時間が経ってみないと判断できません。ただいえることは、ラムズフェルド国防長官を支えてきたイデオローグが皆いなくなってしまうということです。ラムズフェルド長官には、政策はないと言われています。こうした若手のネオコンの政策に乗ってきた面があります。そうなれば、国防省の力は相対的に低下するでしょう。それとは逆にライスが率いる国務省の力が増すと考えられます。

長くなりました。ちょっと疲れたので、結論を手短に書いて、このブログを終ります。それは、ライス長官の上智大学での演説に関連します。その中で彼女は繰り返し「経済成長を遂げるためには民主主義や言論の自由が必要だ」と説いています(忘れている方は、もう一度読み返してみてください)。世銀は途上国(その多くは非民主主義国家です)の経済開発のために融資を行なっています。しかし、経済発展を図るためには、政治的なインフラの整備は不可欠です。それはブッシュ大統領が一般教書の中で”自由と民主主義を世界に広げる”と言っていることと附合してきます。ウオルォォウイッツは「世銀をアメリカ外交の手段にせず、経済開発を重視する」と言っていますが、ライス長官やブッシュ大統領は、経済発展と社会の安定のためには”民主主義”が必要であるいと考えているのです。ならば、ここで確実にブッシュ政権の外交政策とウォルフォウイッツの世銀総裁としての役割の間に関連性が生じてきます。その後の解釈は、読者に任せましょう。

最後に世銀も国連も改革が必要となっています。アメリカ議会では、世銀と国連の腐敗と非能率が大きな問題として取り上げられています。したがって、政治力のあるウォルフォウイッツとボルトンを世銀と国連に送り込むことで、大胆な改革に乗り出す可能性は十分にあります。ライス長官とウォフォウイッツの関係は良好であり、2人がタグマッチを組むのではないかという観測もあります。トリビアを2つ。まずウォルフォウイッツは2002年に離婚していますが、現在の恋人は世銀のスタッフで、”倫理上の問題”があるのではないかという議論があります。もう1つは、1975年に国連は「シオニズムは人種差別主義である(Zionism is Racism)」という決議をしています。ボルトンの最初の仕事は、この決議案を撤回させることだという”憶測”もあります。

少し長くなりました。もっと書くことはありますが、今回は、相当、疲れているので、ここで終わりにします。終わりのほうが、やや文章が雑になり、詰めが甘くなってしまいました。申し訳なし・・・です。

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