中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/9/18 日曜日

アメリカにおける「進化論」を巡る論争再論(1):ブッシュ大統領が「インテリジェント・デザイン」論を支持

Filed under: - nakaoka @ 0:53

以前、本ブログでアメリカでは今でも進化論を巡る論争が続いていることを書きました。保守派のキリスト教派は“インテリジェント・デザイン(ID: intelligent design)”という概念を持ち出し、ダーウィンの「進化論」を批判しています。“インテリジェント”は「知性のある」といった意味合いがあります。“デザイン”は「設計する」を意味します。保守派のキリスト教徒は“神”という概念を持ち出さないで(その理由は後述します)、“インテリジェント・デザイナー”という言葉を使い、それを「進化論」に対する「代替的な理論(alternative theory)」であると主張し、公立学校で進化論と一緒に教えるべきだと主張しています。日本人には、アメリカのこうした議論はなかなか理解しにくいものです。以下で、”インテリジェント・デザイン”とアメリカ社会の問題を分析することにします。

前回のブログを書いたとき、知人から「気持ち的にいえば進化論は信じたくない」とのコメントをもらいました。要するに生物は次第に進化し現在の形になったという進化論の一般的なイメージ、すなわち「人間の祖先は猿である」という考え方を受け入るのには抵抗があるということでした。もっと宗教性が強く、『聖書』がはるかに大きな影響を生活に及ぼしているアメリカでは、それだけ「進化論」に対する抵抗感も強いようです。

ギャロップ調査では45%のアメリカ人は「1万年前に神が人間を創造したと信じている」と答えています。35%の人が「進化論には根拠がない」と答えています。別の有名な世論調査であるハリス調査では、54%のアメリカ人は進化論を信じておらず、学校で「進化論」と同時に“インテリジェント・デザイン”を教えるべきだと答えています。また、ピュー(the Pew)調査では、42%のアメリカ人は「進化論」を信じておらず、人間は世界が生まれたときから何も変わっていないと答えています。

ただ、宗派によっては、考え方は異なるようです。エバンジェリカルのプロテスタントの70%は“インテリジェント・デザイン”を信じているのに対して、主流派のプロテスタントの32%、カトリック教徒の31%しか“インテリジェント・デザイン”を信じています。ただ、本ブログに何度も書きましたが、エバンジェリカルのプロテスタントは、現在、アメリカの政治的な状況、文化的な状況に非常に大きな影響を及ぼしています。しかも”インテリジェント・デザイン”を巡る動きは、アメリカの保守派の動きと重なっているのです。

『聖書』の「創世記」には、神は7日間で世界を創造したことが書かれています。それを信じる立場は「霊魂創造説(creationism)」と呼ばれています。クリエーショニストは、「進化論」を目の敵にしてきた歴史があります。なぜなら、「進化論」を信じることは、「霊魂創造説」を否定することになるからであり、それは『聖書』を否定し、神の存在そのものの否定に繋がるからです。

学校で「進化論」を教えることを巡って裁判で争いがありました。その一番有名なのが、1925年にテネシー州デイトンで行なわれた「スクープ・“モンキー”裁判」です。ジョン・スクープという高校教師が学校で進化論を教えたとして告発されたのです。当時、テネシー州には「バトラー法」という法律があり、神による創世を否定するような理論を教えることは禁止されていました。スクープは、その法律を犯したとして裁判にかけられたのです。判決でスクープに有罪が言い渡されましたが、裁判官は彼に100ドルの罰金を科しただけでした。スクープは判決では負けたのですが、実質的に勝利を得たのです。

テネシー州以外にも1923年にフロリダ州とオクラホマ州でも「進化論」を教えることを禁止する法律が成立していました。スクープの有罪判決を受けて、ミシシッピ州とアーカンソー州でも「進化論」を学校で教えることを禁止する法律が成立しています。しかし、実際に、こうした法律が適用されたケースはあまりなかったようです。それは、科学の教科書から「進化論」の記述が消えたからです。一説によると、出版社が、教科書の売上が落ちるのを恐れて、その記述を削ったからだといわれています。しかし、ソビエトとの科学競争が激しくなると「生物学的な進化論」の記述が再び教科書に蘇ります。一部の教師は積極的に「進化論」を教えるようになります。しかし、「進化論」を教える法律は依然として存在していました。そこで、スーザン・エパーソンという一人の教師がアーカンソー州は「国教禁止条項(the Establishment Clause)」に反していると訴えを起こしました。同条項は、「憲法第1修正(First Amendment)」が政府が国教を決めることを禁止した条項のことです。

ちなみに「憲法第1修正」は(1)政府が国教を決めることを禁止する、(2)宗教の自由を抑圧してはならない、(3)言論の自由を保障する、(4)集会の自由を保障する、(5)政府に対する請願権を認める、というのが内容です。特に(1)は、政教分離(separation of state and church)の根拠になっています。ただ、保守派は、アメリカの建国の父たちは、必ずしも「政教分離」を想定していないと、政府の宗教への関与を認めるように主張しています。

「エパーソン対アーカンソー州裁判」は、下級裁でエパーソンの勝利の判決が出、さらに最高裁判所に持ち込まれますが、最高裁は下級裁の判決を支持し、1968年に判決が確定します。その後、テネシー州は「バトラー法」を廃棄し、南部の州の学校でも正式に「進化論」を教えることが認められるようになったのです。これは、クリエーショニストの敗北でした。そこでクリエーショニストは、「憲法第1修正」の適用を逃れるために新しい戦術を考え出します。特定の「神」を持ち出せば、裁判で勝てないことが分かったからです。彼らは、「科学的クリエーショニズム」を唱え始めます。要するに宗教性を排除し、自らを科学と装うことで「進化論」に対抗しようとしたのです。「進化論」の代替的な理論として、「科学的クリエーショニズム」を唱えたのです。

そのためには、『聖書』の「創世記」をそのまま持ち出すわけには行きません。そこで、彼らは、その“理論”がいかに科学的根拠があるかを説き始めたのです。『聖書』によれば、地球が誕生したのは6000年から1万年前です。そして、生物は突然かつ同時に地上に現れたと主張したのです。一部の種が絶滅したのは、地球規模で起こった洪水のためであるとも主張しました。『聖書』の「創世記」と矛盾しないロジックを作り上げたのです。また、それは同時に「進化論」の長時間を掛けえ、進化が進んだという考え方に対抗するものでした。その論理を作り上げたのが、ヘンリー・モリスという工学専門の教授でした。彼は「Institute for Creation Research」という組織を作り、「科学的クリエーショニズム」の“伝道”を始めます。しかし、その論理は奇妙なものでした。たとえば、古い地層から下級な動物の化石が発見され、新しい地層から高度な生物の化石が発見されるという事実に対して、高等動物は洪水を逃れるために丘に上がり、さらに山に登ったためだと説明したのです。

正常な科学者から見れば、お笑いのような理論ですが、彼らは真剣だったのです。1981年にアーカンソー州議会は学校で「進化論」と「科学的クリエーショニズム」を同等に教えることを要求する法律を成立させます。しかし、その法律はすぐに法廷で争われることになります。法律が違法だと訴えたのはウィリアム・マクリーンというメソディストの牧師です。したがって、この裁判は「マクリーン対アーカンソー教育委員会裁判」と呼ばれています。その裁判の結果、マクリーンが勝訴します。同法は憲法違反であり、「国教禁止条項」に違反しているという判決が出ました。また、同法は政府が過剰に宗教に介入しえちるとの判断も下されました。さらにルイジアナ州が教師に「科学的クリエーショニズム」を教えるように求めた「クリエーショニズム法」を成立させたことで、「エドワーズイ対アギラード裁判」が起こされ、最高裁は同法が憲法違反であるとの判決を下します。その後、裁判所は「憲法第1修正」を根拠に、学校で「クリエーショニズム」を教えることを禁止したのです。これによって、「科学的クリエーショニスト」の野心は完全に断たれました。

しかし、それでも彼らは教育の場で「クリエーショニズム」を教えるための方便を探し続けます。そして出てきたのが、生物学の教科書に「進化論を学ぶことは精神的な害を及ぼす」というステッカーを貼り始めたのです。これは、アラバマ州、アーカンソー州、ジョージア州で行なわれました。ジョージア州コブ郡で張られたステッカーには次のようなことが書かれていました。「この教科書には進化論に関する資料が含まれている。進化論は種の起源に関する理論であって、事実ではない。本資料はオープンな心で取り扱い、注意深く研究し、批判的に考察しなければならない」。このステッカーを巡って、裁判が起こされます。そして、2005年に裁判所は、ステッカーは「憲法第1修正」に反するとして、取り除くことを命令しました。クリエーショナリストは、再び敗北したのです。

そして、3度目のチャレンジが行なわれます。それが、”インテリジェント・デザイン”という考え方です。「クリエーショニズム」「科学的クリエーショニズム」はいずれも憲法違反であると排除されたのに対して、表面的には宗教性をさらに隠蔽し、「進化論」を排除するのではなく、「進化論」と同様に”インテリジェント・デザイン”を学校で教えるという戦略を取ったのです。論理構成も、さらに巧妙に仕上げていきました。

そして、”インテリジェント・デザイン”を採録した教科書の採用を巡って、再び裁判が起こるのです。ペンシルバニア州ハリスバーグの裁判所で同州ドーバー郡の公立学校で進化論の教え方を巡る係争が起こっています。そんな中、ブッシュ大統領が8月に「学校で進化論とIDを一緒に教えるべきだ」と語ったことで、論争がさらに燃え上がっています。

長くなったので、一旦、ここで終わり、続きは(2)で書きます。

6件のコメント

  1. メディアリテラシーを磨くのに最適な産経新聞のID論翼賛記事
    前エントリで予告した内容。 産経Web【教育を考える】:「反進化論」米で台頭 渡辺久義・京大名誉教授に聞く の内容をトンデモウォッチャー的に見るという趣旨です。 「思考訓練と…

    トラックバック by 幻影随想 — 2005年9月29日 @ 04:11

  2. 科学と聖書(インテリジェント・デザイン) ロサンゼルスタイムズ 2005/9/28
    Science and Scripture

    ‘Intelligent design’ theory definitely belongs in biology class — as a history lesson in the evolution of thought.

    By Crispin Sartwell

    September 28, 2005

    科学と聖書

    「インテリジェント・…

    トラックバック by 社説で読むアメリカ — 2005年9月30日 @ 10:59

  3. アメリカで教えている進化論には、地球上での生物の自然発生説以外に、パンスペルミア説も教えているのでしょうか。私はたかが50億年の歴史しかない地球上での自然発生は信じられません。銀河系の1千億の第1世代の恒星(太陽はビッグバン後第2世代の恒星)近辺で自然発生したのち、恒星間をただよって地球にたどりついたと考えるほうが、ありそうなシナリオだと思います。これなら50億×1000億として5垓年あるので、充分な時間があります。
    ID説をやっきになって否定する人達というのは、科学主義者というより、実存主義者たちなのではないでしょうか。自分達が造られた者であるならば、自由が否定されてしまうと思っているのでは。

    コメント by kk75 — 2005年10月2日 @ 23:46

  4. うわ~、文学者って「進化論」を知らないのだな…というか、怖いかも…。
     産経新聞にこんな記事がありました。  京都大学名誉教授とかいう文学者が何も知らない進化論について語っています。進化論はなんの証拠もないというのは嘘で、ウイルス学とかの遺伝子分析にしろ、古生物学にしろ進化的な証拠はどんどんあがっております。そりゃあ、だ?..

    トラックバック by 新装開店☆玉野シンジケート! — 2005年10月4日 @ 03:51

  5. インテリジェント・デザイン論に腰を抜かすその4:これが選挙で最高に票を稼げる方程式なんだよ!!

    (前回からの続きです)
     まとめてみたい。
     人間には信じたいものを信じたいだけ信じる自由が本質的にあり、それ故に宗教を信じる自由や信じない自由や無関心でいて構わない自…

    トラックバック by 冒険野郎マクガイヤーの人生思うが侭ブログ版 — 2005年11月8日 @ 03:20

  6. [...] ‚≪ƒ<ƒ‚у…•™‚蚊ID茫–絨�…ャゃ„‚≪ƒ<ƒ‚‰号œ‰•馹ŒŒ‚‚Š障™€‚ ゃ障‚Š€ ‚≪ƒ<ƒ‚–タ羇‹茫後›純с”Ÿ‰€峨Œ–—€—‘–‚Š–鴻Œ‹‚Š•†“€‚ ‚≪ƒ<ƒ‚сˆ篋冴„鐚”‰蚊Œ€Œ”Ÿ‰€峨Œ–茫–‚Š€”ˆŸ€„†腟žœŒ鐚’鐚鐚鐚•綛眼”莠ƒ茯炊Ÿ祉уˆゆ˜�€‚ †”宴€‚„‚Šƒ㏍ƒ若ƒž‚ƒˆƒƒƒ‚ƒ—ƒ㏍ƒ†‚鴻‚帥ƒ潟ƒˆ•馹Œ⑳儸‚’蚊‚‚茹c鏆…荀Œ‚‚Š†с™€‚ 障Ÿ€ •™腱‘›御。”€ˆ違–≪—€ˆ違€ 絖Œ冴Œ‹‡•™腱‘›吾‚’。”с‚‹‚≪ƒ<ƒ‚€ƒˆƒƒƒ—ƒ€‚ƒ喝ф。”•‚Œ‚‹茱炊茫後›純•„‚‚‚‚‹†с™€‚ 菴‘綛眼с˜†吟–違—„€Œƒ㏍ƒ若‚冴ƒ“ƒ•™‚峨”“>š篋‹篁吟€鐚ˆ鐚’鐚鐚鐚“€œ鐚’鐚鐚鐚”綛器‰€‚ 障Ÿ€茖ˆゃ—œ‰ƒž‚ƒƒ若ƒ活ˆゃ€‚ “‚Œ‚‰ゃ„膣違賢絏≧œ››‹‚‰‚ƒ㏍‚潟‚≪ƒ<ƒ‚‚泣‚ゃƒˆ‚’荀‹‚‹‚ˆ‹‚Š障™€‚ [...]

    ピンバック by 絖≧•™‚蚊賢с‘絖—•™ | ‚ƒ‚祉ƒ潟ƒˆƒƒ若‚‚[Crescentworks] 絨弱�‚›†絎WEB‚泣‚ゃƒˆˆ銀œ篌š腓 — 2009年9月16日 @ 20:43

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