中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/4/18 月曜日

突出する日本の米財務省証券への投資:外貨準備増加は何を意味するのか

Filed under: - nakaoka @ 23:31

アメリカは膨大な額の貿易赤字と経常赤字を計上しています。それは、海外の政府や企業が膨大なドル資金を蓄積していることを意味します。ドル資金を得た企業は、それを売却してローカル通貨を手に入れるのが普通です。その時、為替市場でドルが売られることになります。もし金融当局の為替市場への介入がないとすれば、ドルは供給過剰になり、ドル相場はローカル通貨に対して下落します。しかし金融当局がドルを買い支えれば、そのドル資金はその国の外貨準備となります。中国のように人民元の相場をドルにリンクしている場合、金融当局は特定の相場を維持するために市場介入してドルを買い支えます。2003年から2004年初にかけ日本銀行は積極的に市場に介入しドルの買い支えました。金融当局が買ったドル資金は、通常、米財務省証券の購入に回されます。あるいは、機関投資家が海外の証券に投資するためや、企業が海外へ直接投資のためにドル資金を購入することがあります。こうして国内のドル資金は世界の循環プロセスに組み込まれていきます。そうした資金の流れの大半は、アメリカへ還流しています。こうした資金の動きが、為替相場や金利に影響を与えます。以下、財務省が発表した海外からの米財務省証券への投資の状況を説明します。

2月の外人によるアメリカ証券のネットの購入額は845億ドルに達しました。1月の920億ドルよりも減少していますが、高水準の還流が続いています。米国証券の中には、財務省証券、社債、株式などが含まれています。ただ、財務省証券は「ノート」と「ボンド」と呼ばれる中長期債だけが含まれていて、「ビル」といわれる1年未満の債券は含まれていません。それを含めると、表記の額を大きく上回ると思われます。

2月の全体の純証券購入は1月よりも減っていますが、財務省証券の純購入額は1月の307億ドルに対して425億ドルと大きく増えています。そのうち海外の中央銀行の純購入額は2月は113億ドルで、1月の76億ドルよりを大幅に上回りました。要するに、これは海外の中央銀行のドル買いが積極的であったことを意味します。民間投資家の米財務省証券の2月の購入額は316億ドルと、1月の227億ドルを上回っています。2月の外人投資家による米株式の純購入額は75億ドルでした。これは、昨年の10月以来最低の増加幅でした。なお1月の純購入額は164億ドルでした。

2005年2月末の海外の国別の米財務省証券の保有額の順位は以下の通りです(単位:10億ドル。以下同じ)。

日本           702.0
中国           196.5
英国           171.0
カリブ海の金融センター  103.6
韓国            67.1
OPEC            65.3 
ドイツ           59.5
台湾            59.1
スイス           53.2
総額          1995.8
このうち、公的機関が
保有する額       1180.5

上の統計から、日本が圧倒的な額の財務省証券を保有していることがわかります。また、保有者の大半は中央銀行であることも明らかです。日本の財務省証券の保有額は絶対額で突出しているだけでなく、増加額も多国を圧倒しています。以下に2000年末以降の残高を書きます。2005年のみ2月末の数字です。この4年間で、日本の財務省証券の残高は倍以上増えています。これは、2002年から2003年に行なわれた膨大なドル買いの為替市場介入を反映したものです。2005年に入って減少していますが、これは日本のドル買い支えの市場介入がなかったためです。

2005年   702.0
2004年   711.1
2003年   550.7
2002年   378.1
2001年   317.9
2000年   317.7

では、膨大な対米黒字を計上している中国と、最近、原油価格の上昇で外貨保有額の増加が予想されるOPECの場合の財務省証券保有額はどうなっているのでしょうか。

         中国      OPEC
2005年   196.5   65.3
2004年   194.5   59.8
2003年   158.4   42.1
2002年   118.4   50.2
2001年    76.6   46.8
2000年    60.3   47.7

中国は絶対額では日本に遠く及ばないものの、4年間の増加率は3倍以上になっています。OPECは、原油価格上昇があるものの、増加率はそれほど大きくはありません。これは、最近、OPEC諸国が外貨準備の運用先としてユーロの比率を増やしていることを反映したものだと予想されます。また、増加額の中に財務省証券の金利は高いため、増加分のうちにかなりの額の利息収入が含まれています。

それにしても日本の財務省証券の保有残高の大きさに驚きます。よく「日本がアメリカ政府の赤字を賄っている」といわれます。全体の財務省証券の発行額からすれば、それはやや誇張でしょうが、それでも日本が財務省証券を購入しなければ、アメリカの長期金利は上昇しているかもしれません。こうした”投資”あるいは”運用”は、常に為替リスクが伴います。ドルが安くなれば、円ベースで為替差損が発生します。ドルが強くなれば、逆に差益が出てきます。変動相場制の元では、こうした外貨準備を累積する意味はあまりないのです。

為替市場への介入によってドルを買い支えるということは、2つの意味がありました。1つは、為替市場でのドルの受給に影響を与え、円高・ドル安を阻止することです。これは、短期的には円高は景気動向にマイナスの影響を与えるために、そうした為替相場の動きを阻止する狙いがあります。もう1つは、市場でドルを買うことは、市場に円を注入することになります。通常のケースでは、為替介入で市場に注入した資金は、中央銀行が買いオペレーションを行なうことで吸い上げます。為替介入の国内への影響を中立化するのですが、これを”不胎化政策”といいます。しかし、ドル買いで注入した円資金を買いオペで吸収しないと、新たな資金を経済に注入したことになります。これは金融緩和を進めたことと同じ効果を持つことになります。日本は、為替市場介入による資金供給を吸い上げず、日銀のゼロ金利政策を結果的に支援してきたのです。

政府は「外国為替資金特別会計」で「資産」としてアメリカの財務省証券を持ちますが、ドルを買う円資金は「外国為替証券(通称「為券」といわれる)を発行して日銀あるいは短期国債市場から調達しているので、「負債」には日銀に対する債務が計上されます。ですから、日本政府の外貨準備が増えたということは、別に日本が「豊かになった」ことを意味するわけではないのです。ただ、輸出で得たドルを売った企業は円資金を得ているので、その分は企業の「資産」が増えたことになります。もし政府が介入してドルを買い支えなければ、ドル安円高が進み、企業の得る円資金の額が減っていきます。従って、金融当局が市場介入すること(ここではドル買い)は、結果的に輸出企業に”補助金”を与えていることに等しいのです。同時に、為替リスクを政府に転嫁することになります。

為替市場への介入をどう評価すべきかという問題があります。円高は輸出企業の収益に影響を与え、短期的に景気にマイナスの影響を与えると議論されています。ですから、政府・日銀は懸命に円高を阻止しようとしているのでしょう。しかし、円高は日本の交易条件を改善することで、国民の実質所得を高めることになります。安い商品を輸入することができるので、今まで通りの所得でも、購買力が増えることになるということです。原油価格が上昇し、ガソリン価格が上昇していますが、円高であれば、円建ての原油価格上昇は大きくなく、その影響も少ないことになります。どちらが国民経済にとって好ましい効果を持つのでしょうか。また、円高は国内の産業構造の転換を進め、非能率な産業の淘汰を進める効果も持っています。が、同時に短期的には強制的な雇用調整を招くかもしれません。

外貨準備の増加という現象の背後にも、検討しなければならない大きな問題がいくつもあるのです。

ちょっと教科書的な話になりましたが、いずれにせよ、日本の米財務省証券保有高は少し異常な気もしますが、読者はどう判断されるのでしょうか。

1件のコメント

  1. こんにちは。いつも興味深く拝見させて頂いております。
    日本当局の為替介入は為替変動率を小さくし、東京為替市場の参加者・取引金額の減少につながり、外資系銀行の為替部門の撤退が相次ぎ、一部で雇用調整を招いたという事実もありました。極端な為替変動は望ましくないとの見解も理解できるのですが、私は、リスクのないところにビジネスチャンスは存在しないとの考えです。
    結果的に増加した外貨準備についてですが、米国債を保有するのが最善だとの考えを持っています。

    コメント by 為替王 — 2005年4月20日 @ 12:18

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