中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/7/6 水曜日

「フィリバスター(議事妨害)」は反民主的行為か?:日米の議会審議の違いはどこにあるのか+ボルトン人事の行方

Filed under: - nakaoka @ 11:29

以前、本ブログで日本の政党の「党議拘束」が問題だと書いたことがあります。昨日の衆議院での「郵政法案」の表決に際して、この「党議拘束」が大きな焦点になりました。「政党政治だから党が党内手続きを経て決めた政策に反対することは許されない」というのが「党議拘束」の考え方なのでしょう。また「反対なら党内で十分に議論すればいい」というのも、「党議拘束」を正当化する議論なのでしょう。アメリカの政治には、そんな「党議拘束」は存在しません。ましてや「党議拘束に違反すれば処罰したり、党公認を認めない」なとどいう議論はまったく出ません。政治家を目指す候補者は選挙区の”予備選挙(プライマリー)”に立候補して、勝利すれば党公認になるのであり、党の執行部の意向に気を配る必用がないからです。また議会の投票でも、それぞれの議員が自分の信念に基づいて投票します。野党議員が政府案に賛成することもあれば、与党議員が反対することも頻繁に起こります。今回は「フィリバスター(filibuster)」と呼ばれる「審議引き伸ばし」「審議妨害」について書きます。本ブログで何度も取り上げた次期国連大使に指名されてるボルトンの議会承認が民主党の「フィリバスター」で立ち往生しています。またブッシュ大統領が指名した裁判官の承認も「フィリバスター」に直面しています。議会のあり方を考える上で、こうした日米の議会の現状と相違を考えてみるのも面白いと思います。追記:ボルトン承認の最新の情報を追記しました。

戦前の映画ですが「スミス都に行く」(1931年作、ジェームズ・スチュアート主演。ちなみに同じ年に「風と共に去りぬ」が制作されています)というのがあります。正義感に燃える青年が偶然連邦議会の議員になります。しかし、そこで見たのはボス議員の腐敗でした。また地元の公共事業も議員と地元の企業とメディアが組んで不正を行なっていました。それを知ったスミス議員は、その事実を告発することを決意します。しかし、新米議員にはまったく影響力もありません。資金もありません。そこで彼は、議会の審議を通して、不正が行なわれている事実を明らかにしようとします。その手段が「フィリバスター」でした。彼は、延々と演説を続けます。演説中に席に座ると、「フィリバスター」を中止しなければならず、疲労困憊しながらも、演説を続けます。「憲法」の条文などを延々と読み続けます。最初は彼を無視していた世論が、少しずつ彼の主張に耳を傾け始めます。そして不正の事実を知ることになるのです。彼の発言を押さえつけようと選挙区では、ボスたちがメディアを使って猛烈な誹謗中傷のキャンペーンを行います。しかし、地元でも次第に彼を支持する人々が増え始めます。尊敬され、潔癖に見える議員が、実は地元の企業やメディアと癒着しています。最初はスミス議員を抑えにかかったのですが、やがてスミス議員の正義感に恥じ、最後に自殺します。スミス議員の「フィリバスター」によって不正は暴かれ、議会に正義が戻るという物語です。今、見ても十分に面白い映画です。日本では内容が刺激的すぎるということで、上映が禁止されたそうです。後で説明しますが、アメリカの政治には、それに似た事実があるのです。要するに「フィリバスター」は、長時間にわたって演説することで審議の時間切れを狙う議会戦術のことです。

「フィリバスター」は映画の世界の物語ではありません。今現在、上院におけるボルトンの国連大使承認や裁判官の承認が「フィリバスター」によって阻止されているのです。まずボルトン問題のその後から書きます。与党共和党は6月中にボルトンの国連大使人事を承認しようとしましたが、民主党のフィルバスターに会いました。共和党は民主党の「フィリバスター」を終らせるために「審議打ち切り」を求める「クローチャー(clotureあるいはclosure)投票」を5月26日と6月20日に行いました。規則によれば、議員の6分の1の発議により、5分の3の議員、あるいは60名の議員が賛成すれば、「フィリバスター」を中止しなければなりません。もっと具体的にいえば、「フィリバスター」は議員が長時間演説をすることで議事進行を阻止するものですが、「クローチャー投票」が成立すれば、発言議員は投票から1時間以内に演説を止めなければならないのです。しかし、共和党は2度の「クローチャー投票」でいずれも60名の支持を得ることができず、ボルトン承認の投票を行なえない状況が続いているのです。

民主党は猛烈にボルトンの国連大使人事に反対し、別の人物を指名するように要求していますが、ブッシュ大統領はボルトン人事を変更する意向はまったくありません。議会の審議状況を見ている限り、ボルトン人事は容易に決着しないと思われます。そこで、ボルトンの国連大使任命の裏の手が考えられています。現在、アメリカ議会は独立記念日で休会に入っています。議会が再会するのは11日ですが、この休会期間中に大統領は指名人事を強行することができるのです。議会が休会中にブッシュ大統領はボルトンを国連大使に任命することができます。これを「休会中の任命(recess appointment)」といいます。元々、緊急事態に備える手続きで、この”裏の手”を使うと、ボルトンを議会の承認なしで18ヶ月の間、国連大使に任命することができるのです。ホワイトハウスのマクレラン報道官は「リセス・アポイントメント」の可能性は除外されないと語っています。

民主党は依然として、ホワイトハウスに対してボルトンに関連する書類の提出を求めています(詳細は以前のブログに書いてありますので、ご一読ください)。しかし、ホワイトハウスはこの要求を拒否しており、事態は膠着状況にあります。ブッシュ大統領に残された道は、もう「リセス・アポイントメント」しかありません。今まで、ブッシュ大統領は以前、最高裁判事の息子を労働省の法務官に任命するときに、この手法を使っています。それ以外にも、3度、「リセス・アポイントメント」を発動しています。ですから、ボルトンの任命で「リセス・アポイントメント」を行なっても不思議ではありません。また、レーガン大統領もオット・ライシュを国務次官補に任命するときと、アラバマ州司法長官を連邦上訴裁判所判事に任命するときに、「リセス・アポイントメント」を行なっています。

もしボルトンが「リセス・アポイントメント」によって国連大使になると、18ヶ月間すなわち2006年末まで国連大使の地位に留まることができます。ブッシュ政権は国連改革を目玉政策の1つに挙げており、大使不在がアメリカにとって不利になるとの判断を持っています。そのためには、できるだけ早く国連大使を任命したがっています。18ヶ月という猶予付きでも構わないと判断するなら、ブッシュ大統領はボルトンを「リセス・アポイントメント」する可能性は十分にあります。ただ、議会の承認を得ていない国連大使が、国際社会でどれだけ信頼されるかという問題もあります。いずれにせよ、来週までに、その結論が見えてくるでしょう。

追加:7月6日付け『フィナンシャル・タイムズ』紙と『ワシントン・ポスト』紙の報道
本ブログを執筆後、ボルトン承認を巡る状況に変化が出てきたようです。最高裁のサンドラ・デイ・オコーナー判事が辞任の意向を発表しました。それを受けてホワイトハウスの最大の関心事は、次期最高裁判事の任命に移ってきています。現時点でも、民主党はブッシュ政権が任命した下級裁判所の裁判官の承認をフィリバスターで阻止しており、最高裁判事の承認となると、さらに厳しい姿勢を取ると予想されます。そうした状況の中でボルトンのリセス・アポイントメントを強行し、民主党との関係をさらに悪化させるのは得策ではないとの判断が、ホワイトハウスのスタッフの中で出始めているということです。したがって、ホワイトハウスはボルトンが自発的に指名を辞退することを考え始めていると同紙は報道しています。これに対して『ワシントン・ポスト』紙は、ブッシュ大統領はまだボルトンを諦めておらず、共和党首脳に民主党との交渉を継続することを求めていると伝えています。従って、独立記念日のリセス・アポイントメントの可能性はなく、夏休み休会にはいる8月まではリセス・アポイントメントを発動しないだろうと報道しています。

以上はボルトン人事が議会における「フィリバスター」によって阻止されている状況について説明しました。アメリカ議会だけでなく、日本と同じ議員内閣制をとっているイギリスでも「フィリバスター」は、正当な行為として認められています。議会における少数党の役割をどう位置付けるかという問題があるようです。日本の状況を見ると、少数政党が政府与党に抵抗する方法は限られています。「牛歩戦術」や「審議拒否」「関係閣僚の不信任案提出」など、審議を引き延ばす方法は限られています。かつては「牛歩戦術」が「フィリバスター」と同じように効果を発揮した局面もありました。しかし、最近の日本の国会では、野党の審議引き延ばしは、どうも旗色が悪いようです。

”常識”を売り物にする大手メディアは、野党の審議拒否などに対して「国会の審議の場で堂々と議論を展開し国民に訴えるべきだ」と批判的です。テレビのコメンテーターなどは、概してこの種の「良識論」に終始しています。「正々堂々と議論」するというのは、政府与党もちゃんと議論に耳を傾け、必要があれば法案を修正する可能性がある場合でしょう。ましてや「党議拘束」のように党内ですら強制的な手段でコントロールしなければならないような政党に修正や妥協を期待するのは無理でしょう。すべての議論が、形式的な手続きでしかないのです。そこには緊張感もなにもありません。

ただ、これは何も自民党ばかりの問題ではありません。民主党も公明党も、もし与党になれば、結局、自民党と同じ行動パターンを取るのではないかと思います。また共産党は、最近はあまり耳にしませんが、以前は「民主集中制」という議論をしていました。党中央が決めたものは”絶対”であるという議論です。それに反対する者は離党すればいいという強引な議論です。アメリカでは議員一人一人の重みが違います。なぜなら、新人議員でも、”スイングボート”を持っているからです。議会が与野党拮抗しているとき、一人一人の議員が自らの判断で行動することで、政治状況を大きく変えることができるのです。日本の議員のように投票マシーンの一部ではないのです。

いずれにせよ、そうした日本の政治の状況を見る限り、野党が国会の場で争う実質的な手段はないといえます。日本の法で可能かどうか分かりませんが、日本でフィリバスター的な議事妨害を行なえば、メディアの総攻撃を受けることは間違いないでしょう。日本では「スミス議員」は決して誕生しないというのが現実です。この国では「多数決の原理」が”絶対善”なのです。

そこで、アメリカにおける「フィラバスター」の歴史を見てみることにします。「フィリバスター」という言葉は、西インド洋の海賊が使っていた船から来た言葉だといわれています。「フィリバスター」は、議会での少数野党の「権利」なのです。南北戦争中の1841年に上院のスタッフの解雇を巡って行なわれた「フィリバスター」では、デラウエア州選出のウィラード・ソウルスバリー上院議員は武装した軍曹に銃口を突きつけ、彼を射殺すると脅しています。また、1841年にジョン・カルフォーン上院議員は奴隷制を守るためにフィリバスターを行なっています。

1908年の通貨法を巡る「フィリバスター」では、ウィスコンシン州選出のロバート・フォレッテ上院議員は、上院の食堂から牛乳と卵を取り寄せまる1日フィリバスターを行ない、最後にはそれに毒物を入れて飲んでいます。1935年にはヒュー・ロング上院議員は、国家回復局の人事に反対して15時間半に渡って演説を行っていますが、その時に牡蠣の料理のレシピとフリードリッヒ大王の生涯を延々と読み上げています。彼は「最初に上院議員の皆様に煮出し汁は何かについて説明させていただきます」と語り始め、煮出し汁の作り法について詳細な説明を始めています。最近では、2003年11月に裁判官の任命を巡って、ハリー・ライド上院議員が9時間にわたって「フィリバスター」を行なわれています。同議員は、「木製のマッチの効用」について説明をし、さらに自著を読み続けたのです。一番長い「フィリバスター」は、1957年民権法に反対してストーム・サーモンド上院議員が24時間18分です。

こうした「フィリバスター」を規制する動きもありました。1917年までは「フィリバスター」を終らせる手段はありませんでした。1917年に新ルールができて、3分の2の投票で「フィリバスター」を終了させることができるようになりました。しかし、実際にはこのルールで「フィリバスター」を終了させることはできず、1975年に5分の3か、60票の投票で「フィリバスター」を終了させることができるようにルールが変わりました。

現在、ブッシュ政権はボルトンの承認と裁判官の承認で、少数派の民主党の「フィリバスター」による抵抗に会い、人事案件が滞ったままになっています。与党共和党は、人事案件に「フィリバスター」を使ってはいけないなど、ルールの修正を求めていますが、民主党は応じる気はないようです。少なくとも、アメリカでは「フィリバスター」は少数党が審議を遅らせたり、あるいは阻止する”権利”であると認められているのです。多数党は「フィリバスター」は民主主義をハイジャックするものだと批判しています。ただ、これは党派の思想とは関係ないようです。なぜなら民主党が与党多数派のときは、今の共和党と同じ議論をしていました。『Filibuster in the Senete』という本を書いている学者フランクリン・バーデッテは「議事妨害は武器である。すべての武器と同様、それは危険なものである」と書いています。民主主義と少数意見の問題を真剣に考えると、少数派の抵抗権を認めるべきなのでしょう。元ニューヨーク州知事で民主党大統領候補と目されたことのある有力な政治家のマリオ・クオモは「フィリバスターは上院での200年に及ぶチェック・アンド・バランスを維持するシステムの核心的な部分である」と言っています。

小選挙区制であれ、選挙で投票するのは個々の候補者であり、それは政党に白紙委任状を委ねたことではないのです。最後は、個々の議員が自分の信念と良心で投票することができるシステムが重要なのです。自衛隊のイラク派遣を巡る法案の投票で、自民党の野中広務元幹事長が「歴史に対する個人の責任が問われる投票であり、党議拘束を掛けるべきではない」と述べ、反対投票を投じたことがあります(記憶が定かではないのですが、”棄権”だったかもしれません)。議員が、陣笠議員などと呼ばれる”投票マシーン”になりさがるのではなく、もっと主体的に投票することが政治家として本当に必要なことなのでしょう。そうすれば、もっと政治が生き生きとし、面白くなってくることは間違いないでしょう。ボルトン承認問題も、上院外交委員会で一人の共和党議員が反対したことで起こったものです。良いか悪いか、いろいろ議論があるでしょうが、それぞれの議員が自分の信念に忠実であるというのは、政治にとって重要なことなのです。

3件のコメント

  1. サンドラ.ディ.オコナー最高裁判事が引退表明しました.私にはちょっと意外でしたね.もっと高齢な判事や病気の長官がいるのに.1日の金曜から米国メディアの目は、一斉に後継者にブッシュさんが誰を指名するかに移りましたが、民主党がフィリバスターするかどうかも注目されてますね.ある意味ではブッシュの二期目でもっとも重要な政治的イッシューでしょう.このテーマについてエントリーして下さいね.期待しております.

    コメント by M.N生 — 2005年7月6日 @ 14:29

  2. 今回のエントリーと直接関係ないのですが、この1週間くらいのブッシュ政権からみの話題でちょっと気になるのがCIAエージェントの氏名漏洩にからむジャーナリスト収監と、カール・ローブ補佐官に関する疑惑です.これがどうも判りにくい.前者の問題について言えば、ジャーナリストが取材原を明らかにしないのは基本的な原則で、これを法定侮辱罪で収監するのは非常に問題と思います.保守、リベラル双方のコラムニストが非難するのは当然と感じます.ただ、これが中岡さんがニュースウィークの記事取り消し事件のエントリーで述べられたように、ジャーナリズムに対する保守派の攻撃という近年の米国の政治潮流の中で解釈すべきものか、ウォーターゲート事件のように大統領側近がからんでいると睨んだ特別検察官とホワイトハウスの対立の構図の中で解釈すべきものなのか、どうなんでしょう.もう一つのカール、ローブ(この人については中岡さんが中公で良い紹介記事を書かれました)に関する疑惑、これは私はくすぶっているが火事にはならないと思うのです.というのはCIA工作員の身分を明かしたという事実関係そのものがあやふやで証拠がないし、そもそも本当に工作員だったかの確証もない(ウィルソン大使夫人が工作員だと言い出したのが、保守派コラムニストのノヴァック氏と言うことも腑に落ちない)と思います.要は、メディア、ジャーナリストを巻き込んだ今回の騒動の背景にはあるものを知りたいですね.単なる大統領選の後遺症とは思えないんですが.

    コメント by M.N生 — 2005年7月13日 @ 16:19

  3. [...] http://www.redcruise.com/nakaoka/?p=125 >> The Tea Party’s Other Half http://www.cato-at-liberty.org/the-tea-partys-other-half/ [...]

    ピンバック by >> 「1169」2010アメリカ中間選挙ガイド 日本では誰も語らないティーパー… « 学問ノート — 2010年11月4日 @ 21:20

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=125

現在、コメントフォームは閉鎖中です。