中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/5/1 月曜日

アメリカ最大の自動車メーカーGMの経営危機の真相

Filed under: - nakaoka @ 13:56

4月から大学の授業が始まりました。国際基督教大学では、「現代アメリカ経済論」(受講者数9名)と「日本の社会と企業」(受講者数60名、英語での授業)、日本女子大では「比較社会論」(受講者数110名、アメリカの女性の中絶権を巡る論争を取り上げています)と「経済学概論」(事項者数40名)の4コースを教えています。また、4月に執筆し、これから出る雑誌原稿に月刊『テーミス』(5月1日発売)に「アメリカ経済論」と『中央公論』(5月10日発売)に「フランシス・フクヤマ論」を寄稿しました。というわけで、相変わらず多忙で、ブログの新原稿のアップがなかなか行なえません。が、今回は4月中旬に書いた「GMの経営危機の真相」をアップします。このテーマに関しては、7月に『世界週報』で再度詳細に議論する予定です。

赤字転落で経営危機が囁かれるGM問題の真相

私は1993年にデトロイトに行き、GMやフォードの自動車工場を見学する機会に恵まれた。そのとき、ルネッサンス・タワーにあるGM本社にも取材で行っている。80年代に米国の自動車メーカーは、日本の自動車メーカーの挑戦を受け、クライスラーが倒産の瀬戸際まで追い込まれて、政府の融資保証を得てかろうじて生き残るなど、深刻な事態を経験していた。米国の自動車メーカーは必死に自己改革を図っていた。90年代初めは、そうした経営努力が実を結びつつある時期でもあった。視察に行ったデトロイトの自動車工場はいずれも清潔で、整理整頓が行き届いていた。「カイゼン」や「ジャストイン・タイム」という言葉が普通に語られていた。

デトロイトからテネシー州ナッシュビルに移動し、GMのサターン工場も視察した。工場は広大な敷地に配置され、建物から建物に移動するのに車が必要であった。サターン工場の広さは、そこから車で30分くらい離れたところにある日産の工場の狭さと比べると更に印象的であった。サターン工場には、GMの各工場から選ばれた最も優秀で忠誠心の高い労働者が集められていた。同工場の食堂は、まるで大学のキャフテリアを思わせるような洒落た場所であった。私は、米国の自動車産業は日本の自動車との競争から多くを学び、積極的に自己改革を進めているとの印象を得た。

それから10年以上経った。そして今、再び米国の自動車産業の衰退が議論されているのである。特にGMの凋落は目を覆うものがある。同社は、伝統的な米国資本主義を代表する最後の企業であるといっても過言ではないだろう。かつては「GMにとって良い事は、アメリカにとっても良い事だ」とさえ言われた。「フォーチュン企業ランキング」で37年間、トップの座に座ってきた。しかし、そのGMの社債は、ジャン債と同じ「B2」(ムーディ社格付け)に格付けされているのである。「B2」は、「倒産しても不思議ではない」格付けである。最近時点の企業ランキングも3位に転落している。

昨年の業績は、売上が1926億ドル(前期1935億ドル)と減収になったうえ、約105億ドルの赤字(前期28億ドルの黒字)に陥ったのである。それに追い討ちをかけるように、同社が決算報告の修正を行なったことで、SEC(証券取引委員会)が調査に乗り出したり、米国最大の部品会社で、元GMの一部門であったデルフィ社との取引に不正があった可能性があるとして大陪審がGMを召喚するなど、とても米国を代表する企業とは思えないスキャンダルにも見舞われている。

直接的な業績悪化の要因は、ガソリン価格上昇の直撃を受けたことだ。同社が得意とする車種は大型SUVや大型トラックであるが、ガソリン価格上昇で消費者に敬遠されたことが響いた。大型SUVの販売台数は19%と大幅に落ち込んでいる。全体の台数ベースでは前期比で5%強減少しているが、特に高収益車種の販売不振で採算が悪化したことが、赤字転落の最大の原因であった。

しかし、業績悪化がガソリン価格上昇による一過性の要因なら、経営危機が囁かれることはないだろう。実は、GMが抱えている問題は、もっと根が深く、深刻なのである。まず、同社の米国市場でのシェアは確実に低下してきている。95年のシェアは33%であったが、05年には26%にまで低下している。シェア低下の傾向は、今年に入っても続いている。たとえば06年3月と05年3月のシェアを比較すると、GMは3・2ポイントと大幅に落ち込んでいるのである。ちなみにフォードも0・3ポイント落ち込んでおり、逆にトヨタは1・3ポイント増えている。人気車種トップ10のうち、米国車は一台しか入っていない。要するに、GMに限らず消費者の米国車離れが続いているのである。その中で特にGM車の落ち込みは顕著で、米国の消費者にとってGM車にはもはや過去の栄光のイメージはなく、まったく魅力のない車と映っているようだ。消費者の間では、同社の車のデザインはダサイヤという印象が定着している感さえある。同社は、デザイン部門をテコ入れするために元クライスラーの責任者をスカウトしているが、その成果は上がっているとはいえない。

さらに、価格競争でもGMは劣勢に立たされている。同社は一台の車を作るのに23時間かかるのに対して、日産ではわずか18時間に過ぎない。いわばGMは低生産性企業なのである。こうした生産性の低さに加えて、GMの経営を圧迫しているのが同社の労働者に対する健康保険と年金制度である。GMは、単に売上規模だけではなく、その優れた経営理念によっても米国資本主義を代表する企業であった。昨年亡くなった経営学者ピーター・ドラッカーは1年以上にわたってGMの経営分析を行い、その結果に基づいてGMの経営に対して「労働者を大切にする企業」であれという勧告を行った。

その勧告に基づいて、現在のGMの労使関係が構築された。おそらく全米自動車組合(UAW)とGMの関係は、良好であると言っていいだろう。GMの健康保険制度はきわめて労働者に手厚いので知られている。同社では、健康保険制度の対象者は現職の労働者だけでなく、退職者にも適用される。05年の対象者数は110万人で、その費用総額は54億ドルにも達している。GMの労働者の時給は26ドルで、一般の製造業の労働者の賃金よりも70%高い水準になる。これに健康保険と年金経費を含めると、時間当たり賃金は約70ドルに達するという推計もある。そのコストを一台当たりに換算すると、1500ドルに相当する。米国で生産している日本の自動車メーカーの場合、約450ドルであるから、いかにGMの製造コストが高いかが分かるだろう。

さらに米国の自動車メーカーでは、レイオフ(一時帰休)された労働者は“ジョブズ・バンク”に登録され、賃金が支払われているのが普通である。GMでは、そうした労働者が7500名いるといわれる。こうした費用も、GMの高コスト構造の要因となっている。

もう一つ、GMが直面している深刻な問題がある。それは元GMの一部門で、GMの最大の部品供給会社デルフィ社の倒産がある。同社は昨年11月に「改正破産法11条」に申請し、現在、更生手続きに入っている。同社がGMから分離するとき、GMはUAWとデルフィ社が労働者に医療・年金の支払いができなくなったときは肩代わりするという協定を結んでいる。デルフィ社は協定の見直しや賃金引下げを行なうために裁判でUWAと争っているが、場合によってはストライキという事態も起こりうる。その場合、GMは部品を調達できなくなる可能性もある。デリフィ社問題は、費用負担に加え、部品供給の問題も引き起こす可能性がある。

04年のGMの「年次報告書」は、GMの直面する状況を「国際的な過剰生産能力、価格下落、健康保険費用の増大、ガソリン価格の上昇、競争の激化である」と分析している。GMの経営陣は、何が問題か理解しているのである。市場シェアの低下が続けば、GMは可能設備を抱え込むことになる。こうした事態に対応するために、昨年11月に08年までに労働者を3万人削減し、12工場を閉鎖する計画を発表している。さらに、配当の減配、役員報酬の削減、ホワイトカラー職員の年金削減など再建策を相次いで打ち出している。また、GMの利益の80%を稼ぐ金融子会社GMACの持分51%を売却して140億ドルの資金を調達し、リストラ費用に充当する方針を明らかにしている。

かりにGMが再生を果たしても、それはもはや昔のGMでなく、単なる自動車メーカーになることは間違いない。GMの没落は、物造りをベースとする古き良き米国の資本主義の終焉を意味するのだろう。

5件のコメント

  1. ????åХ
    ά??????????

    トラックバック by ナンパ★ビックバン — 2006年5月4日 @ 23:12

  2. 保険で大損する人たちへ!
    保険屋が支払いを拒んだ『鞭打ち(むちうち)症』が、1年で20,371,804円になった!保険会社に支払いを拒まれても 、もう心配しないでください !!

    トラックバック by 絶対大損させない交通事故保険交渉マニュアル! — 2006年5月5日 @ 21:04

  3. 今日からは夢の続き
    有難う御座います、期間限定ですが、公開させて下さい。

    トラックバック by 一億円プロジェクト — 2006年5月9日 @ 14:23

  4. ???
    ??????¦?ι?κä????Τä?褦???Τ????礦

    トラックバック by ??Х — 2006年5月9日 @ 21:47

  5. ガソリン高がまっているアメリカブッシュ政権の横暴
    原油高、商品相場高が急激にすすんでいる。

    ガソリン価格にはすでに反映されてきており、電気・ガスの値上げにも間近い。

    いろいろな製品価格にも影響を与えてくるだろう。たとえば、合成ゴム・天然ゴムも高くなるので、タイヤも高くなる。石油から作られているもの…

    トラックバック by м?б?ĤĤ??ä??? — 2006年5月10日 @ 09:22

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