中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/6/29 木曜日

ゴールドマンサックスと米政府の間にある”緊密な関係”

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ブッシュ政権の3人目の財務長官が誕生します。ゴールドマンサックスの会長兼CEOのヘンリー・ポールソンの財務長官就任人事に関する公聴会が議会で開かれています。同氏の財務長官就任に関連して、今、ウォール街の勇ともいうべきゴールドマンサックスとアメリカ政府の間にある密接な関係が話題になっています。同社出身で、閣僚や政府の要職についた人物の数は、他の民間企業を比べると圧倒的に多いのです。中には、ゴールドマンサックスがウォール街の利益を代弁し、その利害を政策に反映させているのではないかという見方もあります。また、ユダヤ資本とアメリカ政府の結びつきを面白おかしく語る人もいます。今回は、過去において、ゴールドマンサックス出身者が、どのように政府と関わってきたか、またこうしたことに対するゴールドマンサックスの基本的ポールソンの財務長官就任に見るGS社と政府の緊密な関係について説明します。

ゴールドマン・サックスのヘンリー・ポールソン会長兼CEO(最高経営責任者)を次期財務長官に任命する人事承認の公聴会が行なわれています。ブッシュ政権の初代財務長官だったポール・オニールは閣内では“アウトサイダー”で政策決定過程でほとんど影響力を持つことなく、2002年に減税政策を巡る閣内の対立で解任されました。彼は、辞任後、著作のなかで、カール・ローブなどホワイトハウス内のブッシュ側近が政策決定に大きな影響力を行使している状況を説明しています。オニールを継いだ産業界出身のジョン・スノーも同様に影が薄く幾度も解任の情報が流れましたが、2004年の大統領選挙でブッシュ再選のために献身的に選挙運動を行なった功績が認められかろうじて首が繋がり、第二次ブッシュ政権でも財務長官の座に留まることができました。しかし、その役割はホワイトハウスの決めた減税政策を売り込む“セールスマン”でしかなかったといわれています。

こうした二代にわたる”無能な財務長官”に率いられた財務省の政府内での地位の低下には、目覆おうものがありました。ポールセンが財務長官に就任することで、財務省が政策決定過程で影響力を回復するのではないかと期待されています。それは、クリントン政権で国家経済会議の議長を務めた後、財務長官に就任したロバート・ルービンと姿が重なるからです。ルービンもクリントン政権に参画する前はゴールドマンサックスの共同会長の座にありました。ルービン長官、ローレンス・サマーズ副長官(元ハーバード大学教授で、世界銀行副総裁を務めたあと、クリントン政権に参画)のコンビで財務省は極めて大きな影響力を確立しました。ポールソンも、その手腕を発揮することで、巨額の財政赤字と貿易赤字問題、行き詰っている税制改革と福祉改革で手腕を発揮するのではないかと期待されているのです。

ポールソンが財務長官に選ばれた理由のひとつに、中国との密接な関係があったと言われています。スノー長官が中国の人民元切り上げで指導力を発揮することがなかったのに対して、ポールソンの“チャイナ・コネクション”が期待されているのです。スノー長官は、人民元問題で、「人民元の変動相場制移行は長期的な目標である」とか、「中国に圧力をかけるやり方は有効ではない」と、どちらかといえば現実的、あるいは中国に対してそれほど強硬な姿勢を示しませんでした。4月末の米中首脳会談でも、中国は人民元の切り上げの要求に応じませんでした。5月はじめの財務省が発表した「為替政策に関する報告書」の中でも、中国は”currency manipulator(通貨操作国)”に含まれませんでした。議会や一部産業界からみれば、スノー財務長官の姿勢は弱腰に映ったようです。

これに対してポールセンは、1990年以降、実に70回以上も訪中し、中国を良く理解し、独自の中国ネットワークを持つと言われているいます。ゴールドマンサックスのロバート・ホーマッツ副会長は「彼は中国の指導者を良く知っており、中国で活動するアメリカ企業についても熟知している」と語っているように、テロ対策一色のブッシュ政権のアジア政策に新しい展開をもたらすのではないかと期待されています。ただ、議会の公聴会では、人民元問題に関して、あまり言及していないようです。

今回の記事では、ウォール街と政府の関係、特にゴールドマンサックスと政府の関係に焦点を当ててみることにします。

2004年の大統領選挙でブッシュ大統領に対する企業献金を見ると、1位がモルガンスタンレー、2位がメリルリンチ、3位が会計会社のプライスウォーターハウスクーパー、4位がUBSアメッカンズ、5位がゴールドマン・サックスでした。他方、ケリー候補への企業献金では、1位がカリフォルニア大学、2位がハーバード大学、3位がタイム・ワーナー、4位がゴールドマンサックス、5位がシティグループでした。このランキングを見て気がつくのは、ブッシュ大統領の大口企業献金でウォール街の投資銀行が上位を占めていることです。またゴールドマンサックスが両候補の大口献金企業として登場しているのも興味深いところです。

ゴールドマンサックスと政府の関係は密接で、同社出身者の多くが政府の要職に就いています。レーガン政権のジョン・ホワイトヘッド副国務長官、ロバート・ホーマッツ国務次官補、クリントン政権のルービン財務長官は、いずれもゴールドマンサックス出身者である。

ブッシュ政権の要職にも、ゴールドマンサックスの出身者が多くいます。ブッシュ大統領の古くからの友人だったジョー・カード大統領首席補佐官の辞任を受けて行政予算管理局長から首席補佐官に昇格したジョシュ・ボルテンも、ロンドンのゴールドマンサックスの法務政府担当責任者を務めた経験があります。また、彼は首席補佐官に就任した二人目のユダヤ人でもあります。首席補佐官に就任した最初のユダヤ人はレーガン政権のケン・デューバースタインです。ボルテンはユダヤ人であることを誇りにしており、最初の閣議に出席した際にお祈りをするように求められたとき、英語とヘブライ語でお祈りをしています。これは推測の域を出ないのですが、彼が首席補佐官に就任したことで、今後、アメリカの中東政策に影響が変わってくるかもしれません。

意外なのは、前米通商代表部代表で、副国務長官のロバート・ゼーリックも、一時期、ゴールドマンサックスのシニア・インターナショナル・アドバイザーを務めていました。なお、彼はスノー長官の後を継いで財務長官になることを希望していたと伝えられます。しかし、ポールソンが次期財務長官に指名されたことで、国務副長官を辞任する決意をしたといわれています。

また、ルービンとゴールドマンサックスの共同会長であったジョセフ・フリードマンは、ブッシュ政権で国家経済会議の議長とブッシュ大統領の経済顧問を務めています。彼は、政府の職を辞したあとゴールドマンサックスに戻り、現在は、同社の取締役に就任しています。閣僚ではありませんが、ファニーメイ(連邦住宅抵当公社)総裁だったジェームズ・ジョンソンもゴールドマンサックス出身で現在、フリードマンと同様に同社の取締役の座にあります。輸出入銀行総裁のケネス・ブローディも、ゴールドマンサックス出身です。

これも閣僚ではありませんが、ニュージャージー州知事で、民主党の次期大統領候補として名前が挙がっているジョン・コーザインもゴールドマンサックスのCEOであった。詳細に調べれば、もっと多くのゴールドマン・サックスの出身者が閣僚以外にも様々な政府の要職に就いていることが明らかになるでしょう。

ただ、興味深いのは同社と政党の関係です。ルービンは民主党のクリントン政権の財務長官に就任し、ポールソンは共和党のブッシュ政権の財務長官に就任するなど、民主党と共和党の両党と同じような関係を維持しているのが興味深いところです。2004年の大統領選挙でゴールドマンサックスはブッシュ大統領とケリー候補の両方に献金をしているように、同社はアメリカ資本主義を代表する企業ですが、政治的には両党に等しく肩入れしているのです。

ちなみにルービンとポールソンの政治献金の内容を見てみるますと、ルービンは民主党候補に合計で26万ドルの献金を行ない、共和党候補にはゼロです。他方、ポールソンは共和党候補に32万ドル強、民主党候補にも1.5万ドルとわずかですが献金しています。ポールソンは生粋の共和党支持者で、2004年の大統領選挙ではブッシュ大統領のために2億ドルの政治献金を集め、選挙運動の“レンジャー”と呼ばれている(テキサス・レンジャーから取ったニックネームでしょう)。今回の財務長官任命も、こうした彼の“功績”に対する見返りという面も否定できないかもしれません。

ポールソンはゴールドマンサックスでの年収3800万ドルを捨てて、薄給の財務長官に就任することになるのですが、ルービンの時と同じように既に膨大な資産形成を済ませており、後顧の憂いなく新しい選択ができるのでしょう。彼は、ゴールドマンサックスの株式を300万株以上持っており、『ニューヨーク・タイムズ』紙は、その時価総額だけで5億ドルを超える価値と伝えています。

2005年のゴールドマンサックスの年次報告書の中に「当社の多く社員は政府や非営利団体の要職に就いており、優れた業績を上げています。それは社員全員の誇りであります」と書かれているように、同社のコーポレート・カルチャーの中には積極的に政府などの要職に就くことを奨励する雰囲気があるようです。同社は、「バンカーで生涯を終るような人材を求めていない」と語っています。意欲的で新しい世界を切り開く人材こそ必要というわけです。そうした雰囲気が、ゴールドマンサックス出身者が政府に参画している背景にあるのかもしれません。

もちろん、同社と政府の密接な関係に注目して、同社の“陰謀説”を唱える論者も後を断ちません。しかも、ルービンやボルテンなどゴールドマンサックス出身者にはユダヤ系の人物が多いだけに、同社と政府の関係を訝しく思うのも当然かもしれません。私は、そうしたユダヤの陰謀説には与しませんが、同社が持っている政府との太いパイプがビジネスに大きなプラスをもたらしていることは間違いないでしょう。

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