中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/9/29 金曜日

アメリカのメディアは安倍首相をどう評価しているか

Filed under: - nakaoka @ 17:39

大学の授業が始まりました。今学期は、国際基督教大学大学院で「国際経済」、武蔵大学で「アジアのビジネス」を教えています。「国際経済」は、フィリピン、モンゴル、中国、韓国、ウズベキスタン、ザンビア、スエーデン、オーストラリア、日本の学生の13名の学生が受講しています。「アジアのビジネス」は、フランス、アメリカ、イギリスの学生と日本人学生の合計6名が受講しています。いずれも英語での授業で、国際色豊かななかで議論を楽しんでいます。今回は、安倍政権に対する海外メディアの反応をまとめて見ました。大半は9月26日付けの記事で、組閣発表前後に書かれたものです。海外から見た安倍首相の評価、内閣の評価を少しは理解していただけるでしょう。

【一般的な評価・論評】
首相就任前に書かれた記事ですが、「Newsweek」誌(9月18日号)は「Asia’s Mystery Man」として安倍首相を紹介しています。同誌の論点は以下の通りです。

今回の総裁選挙では、北朝鮮のミサイル発射がタカ派の安倍に幸いした。元々、同氏は2002年に北朝鮮の拉致問題で北朝鮮に厳しい態度を取ったことで注目されるようになった人物である。同氏の外交分野以外の政策、たとえば経済改革などは曖昧な内容である。同氏の2つの大きな目標は、憲法改正とアジアにおける中国の覇権を阻止することである。安倍陣営は、安倍氏の真面目なイメージを作ろうと努力しているが、現実は、彼には未熟なところがあることは隠せないのが実情である。たとえば、北朝鮮のミサイル発射の際に同氏は北朝鮮に対する“先制攻撃”に言及して人々を驚かせたが、その後はトーン・ダウンしている。これも、同氏の未熟さがなせるところである。靖国問題に対してはもう少し巧妙で、首相として参拝するかどうか明言していない。同氏は、アメリカ流の安全保障会議(NSC)の設置を計画している。ただ、彼の強硬姿勢が逆に柔軟な対応の妨げになり、危機に際してどう対応するか不明である。安倍晋三について知るには、実際の仕事が始まるまで待つ必要がある。

アメリカ政府系のメディア「Voice of America」(9月13日)は、安倍首相に対して以下のコメントを掲載しています。

安倍氏は優れた政治家のDMAを引き継いでいる。小泉氏をビル・クリントン前大統領に喩えることができるとすれば、安倍氏はジョージ・ブッシュ大統領に似ている。自民党内では、安倍氏が急速に権力の座に昇りつめたため、まだ軽量級の政治家であるとの見方もある。メディアは、安倍氏をタカ派で、短気な政治家と見ている。また、北朝鮮に対する先制攻撃を主張するなど、軽率で挑発的な失策を犯すきらいがある。

大手メディアである「Washington Post」(9月24日)はAP記者Hans Greimel の「Japan’s Abe Fights in Koizumi Shadow」を掲載し、小泉と安倍の比較、および安倍氏を評価しています。

同記事は、安倍晋三は日本で最も人気のある政治家である。ただ同氏の問題は、前任者が彼以上にいまだに人気があることだ。安倍首相は意欲的な政策や沈着な行動を取ることで、小泉前首相の影から劇的な離脱を図ろうとしている。問題は、保守主義者の安倍氏が、小泉氏の長い影から抜け出すだけの実力とカリスマ性を持っているかである。コロンビア大学のジェラルド・カーチス教授の「彼はスタイルで小泉には敵わない。何か実質のある方法で何かを訴える必要がある。しかし、その内実がどこにあるのか分からない」と指摘しているように、安倍氏の最大の弱点は党内に自分の政策を実現させるための強力な地盤がないことだ。安倍氏は、過去には靖国神社に参拝しているが、今後、参拝するかどうかでは明言することを拒否している。第二次世界大戦についても、彼は日本の行動を正義に反するものであると批判することを避け、日本はいつまでも謝罪し続けなければならないのかと問い、戦争に関する判断は歴史家に任せるべきであると言っている。また、修正主義者の教科書を支持し、生徒に日本にもっと誇りを持つべきだと教育すべきだと主張している。また、彼は日米同盟を支持している。ただ、多くの人は、彼の指導者としてのスキルに疑問を呈している。

経済紙の「Wall Street Journal」(9月26日)は「Abe Elected Prime Minster of Japan」と題する紹介記事を掲載しています。その中で、安倍首相の進める政策として、アメリカとの同盟関係の強化、憲法改正、積極的な外交政策の展開、公立学校における愛国教育であると紹介しています。

安倍首相の最大の課題は、10年に及ぶ不況からの景気回復を維持することと、急速な高齢化問題、中国、韓国との関係を改善することである。麻生外務大臣の「新首相誕生で私たちは日中首脳会談開催に向けて努力している」という言葉を引用し、「首脳会談の機は熟しつつある」と述べている。人物論としては、安倍首相は政府内での経験が浅く、2002年の拉致問題で指導力を発揮するまで知名度は低かったと、軽く触れているだけである。

【内閣の評価】
「New York Times」(9月26日)は、新内閣の評価を行なっています。内容は以下の通りです。

同誌は、安倍首相はpopular nationalistであると規定し、日本が国際社会でもっと断固たる行動を取ることを主張し、内閣に社会的・外交的な保守主義者を登用している。安倍新政権の最初の一歩は、多くの首相補佐官を登用することである。その発想は、官邸に日本の“コントロール・センター”の機能を持たせることである。すなわち、アメリカの安全保障会議に相当する組織を作ることである。補佐官の任命で最も注目された1つは、小池百合子を安全保障担当の補佐官に任命したこと。同女史は北朝鮮制裁に賛成していた。また、山谷えり子を教育担当の補佐官に任命したが、同女史は男女同権のジェンダー教育を批判している人物である。塩崎泰久の官房長官任命は、ホワイトハウスの首席補佐官と同格の位置づけである。ただ、経済担当では見るべき人物はいない。それは小泉改革からの離脱を意味している。大田博子の任命は、小泉改革に新しいものを付け加えるのではなく、それを継続するという意味合いしかない。また、安倍首相は、憲法改正し、自衛隊のPKOのための海外派兵を可能にし、アメリカとの軍事関係をさらに緊密にすることを狙っている。安倍首相は、悪化している対中、対韓の関係改善を希望している。しかし、その一方で学校での愛国教育を主張するなど、隣国を怒らせるリスクも犯している。

「Los Angels Times」(9月26日)の新内閣の政策を以下のように分析しています。

安倍首相は愛国教育を支持し、政府の最初の仕事は教育基本法の改正であると語っている。これは紛糾し、単に国家主義的になっている雰囲気を強化するだけであろう。内閣の寿命は、経済問題の処理にかかっている。すなわち、消費税引き上げ、歳出削減について決断しなければならない。また、多くの日本人が小泉改革によって格差が拡大したと心配しているなかで、自由市場改革を維持する方策を探し出さなければならない。また、国際化の中で自民党の伝統的な支持基盤が弱体化している。公共資金を使うことなく、こうした地域での地盤回復を図るという難しい問題に取り組まなければならないだろう。

「Detroit Free Press」(9月26日)はAP電の記事を掲載しています。以下、その内容です。

新内閣は憲法改正と積極的な外交政策、愛国教育を柱としていると指摘し、これに関する安倍首相は「こうした政策は日本のナショナリズムを盲目的に支持するものではない。日本が地域や世界でどのような役割を果たすべきかを問うものである」と述べている。安倍首相の最大の課題は、中国と韓国との関係改善である。ただ、北京もソウルも慎重な姿勢を崩しておらず、まず新内閣から関係改善のために対策を講じることを求めている。安倍首相は「中国は日本にとって重要な国であり、中国の発展は日本にとってプラスである」と語っている。また、首相が、直接政策を指示することになるだろう。ただ、まだ安倍内閣がどの方向に進もうとしているのか明らかでない。批判者は、内閣の布陣は専門家を集めたというよりも、安倍首相の仲間を集めた印象がある。今後の方向性を示唆するものとして、中川秀直を幹事長、中川昭一を政調会長に任命したことが、今後の政府の進む方向性を示唆している。

【政策論】
ネオコンの雑誌「Standard Weekly」に寄稿したChristopher Griffinの「Honest Abe」と題する記事。要旨は以下の通りです。

安倍氏は靖国神社参拝を継続すると語っているが、それはこれから日本がどこに進もうとしているかを示す指標となるだろう。安倍氏の北朝鮮のミサイル発射に対する先制攻撃の主張は新しい日本の安全保障政策に関する積極的な姿勢であると評価されるが、日本がアジアの安全保障でより大きな責任を果たすことに対する地域の同意はまだ得ていない。その最大の理由は、日本が歴史問題を処理する能力がないためである。仮に新首相が靖国参拝をしないと発言し、中国がこの問題で態度を軟化したとしても、日本は地域における地位を確保するためには、日米防衛協力の障害となっている憲法改正など改革を進めていかなければならない。アメリカは安倍新首相の憲法改正の試みを歓迎すべきである。憲法論議とは別に、日本は日米同盟強化のために2つのことを行なうべきである。1つは、集団的自衛権の解釈問題である。安倍新首相が憲法改正を主張しているのは、集団的自衛権を行使しようとしているからである。集団的自衛権の行使に関して、内閣法制局に解釈を改めるように圧力をかける余地がある。もう1つは、防衛予算を増やすことである。安倍氏は財務省にもっと現実的な防衛予算を組むように主張できる強い立場にある。

「Forbes」(8月14日)は、オックスフォードを中心とする専門家が中心である戦略コンサルタント集団Oxford Analyticaの分析を紹介しています。記事のタイトルは「US-Japan Tie Could Deepen Post-Koizumi(日米の結びつきは小泉後も強まる可能性がある)」です。

ブッシュ政権は、日米同盟の強化は外交政策の勝利の1つであると考えている。しかし、日米同盟を単に両国の利益だけでなく、北東アジア全体の利益の観点から構築すればもっと生産的かつ緊密になる可能性がある。国務省は、日米安全保障関係がアメリカのアジア政策の中核であると判断している。小泉政権は、連続テロ事件以降、戦略的な意思決定をし、無条件でブッシュ政権を支持した。これは小泉首相とブッシュ大統領は、両国の間に本当の友情を創り上げたように思える。ただ、今後は日米関係の新しいベースが必要となるだろう。問題は、小泉首相の後継者がブッシュ大統領と同じような良好な関係を構築できるかどうかにかかっている。日米政府の間に担当者レベルで数多くの会議がもたれているが、日本政府がブッシュ政権の政策決定にほとんど影響を与えていない。また、日本政府のブッシュ政権支持もレトリックの域を出ていない。日米軍事同盟関係が存在していたからこそ、小泉政権は中韓との関係を悪化させることができた。日本の中韓に対する姿勢は、ブッシュ政権の東アジア政策を複雑にしてしまった。小泉首相の後継者である安倍官房長官は、中韓との緊張を高めることは日本の利益に適わないこと、アメリカ政府が今までのように沈黙を守らないことを知っとくべきである。安倍氏が中韓との関係改善の努力をし、それに成功すれば日米関係はより大きな基盤を得ることになるだろう。小泉政権下の日米関係は実質的な関係よりもレトリック優先であった。もし新首相が中韓とより建設的な関係を構築すれば、アメリカ政府は日本と東アジア全域との結びつきを強めることができるはずである。

「Los Angels Times」(9月26日)は同紙の東京特派員Michael Zielenzingerの記事「Simmering Discontent in Japan(沸騰する不満)」と題する記事を掲載しています。要旨は以下の通りです。

タカ派の新しい指導者である安倍首相は、アジアにおける中国の野望を封じ込めるためのパートナーを求めているブッシュ政権に励まされて、長い間抑圧されてきたナショナリズムを再び蘇らせ懸念を呼び起こしている。安倍首相は軍事力を強化するために憲法改正を望んでいる。安倍首相は、既に強力な東京とワシントンの結びつきをさらに強化しようとしている。ホワイトハウスとペンタゴンは、日本が北朝鮮の潜在的な脅威や中国の台頭に対抗するために軍事力を増強することを歓迎するだろう。しかし、再軍備し、核潜在力を持った日本がもっと独立した外交政策を主張するためにワシントンとの結びつきを断ち切る日が来るのは、そんなに遠い先のことではないかもしれない。それがアジア太平洋を平穏に満ちた場所にすることになるのか、あるいはもっと危険な場所にすることになるのであろうか。日本は、その将来をアメリカから切り離し、歴史問題を解決し、アジアの長期的な経済的パートナー、特に中国と新しい一体化した関係を構築するために行動する必要がある。安倍首相は、最終的にアジア全体を不安定にする軍事競争と瀬戸際外交の引き金を引くことになるかもしれない。

「Christian Science Monitor」(9月25日)は「Japan’s next PM to Keep Focus on Reform」という記事を掲載しています。その中で興味深いのは、安倍内閣の命運は国内問題にかかっているという指摘です。こうした指摘は、他の記事では見られないものです。以下、要約です。

日本の専門家は、安倍首相は最初に国内問題に照準を合わせると予想し、もし国内問題(社会保障制度、健康保険問題、経済、教育)の処理に失敗すれば、内閣は10ヶ月も持たないと指摘している。また、モルガンスタンレー証券のロバート・フェルドマン氏の「大臣に4人以上の民間人を登用すれば、首相が改革プログラムを継続するというメッセージを送ることになる」という言葉を引用している。中国関係では、安倍首相はベトナムでのAPECでの首脳会談開催のメッセージを中国に送っている。小泉前首相と違って、安倍氏は選挙公約に靖国参拝を掲げていない。しかし、彼のナショナリスチックな言動に中国は懸念を抱いている。北京の人民大学教授の「もし安倍首相が関係改善のために妥協すれば、日中首脳会談は開催できる」という言葉を引用している。当面の国内政策では、官邸機能の強化、ペット・プロジェクトである教育改革に注力するだろう。教育改革は、サッチャー英首相の政策を真似て、全国規模の能力検定試験の実施、学校のランキング、教師の再任制などを行なうだろう。また、外人労働者の受け入れにも前向きに対応するだろう。全体として積極的な評価が目立つ。

【報道記事の評価】
アメリカのメディアは極めて詳細に安倍首相を分析しています。全体としてバランスの取れた記事が多いという印象です。ただ、まだ人物論の紹介が主で、政策論を詳細に分析した記事は少ないようです。多くの記事は安倍首相を一様に“ナショナリスト”と規定しているのも大きな特徴です。また、共通に新政権の主要な政策は教育基本法の改正、憲法改正だと紹介しています。靖国神社参拝問題と日中、日韓関係も、どの記事でも言及されています。ある記事は「政策を評価するのはまだ早すぎる」と書いていますが、具体的な政策が出てくるまでは、理念的な記事が主体とならざるを得ないでしょう。かなり思い込みや誤解の記事もありますが、これらの記事を通して海外の新首相に対する見方をしることができるでしょう。

1件のコメント

  1. うまくまとめられていますね。既読のものもありますが参考になります。

    コメント by 星の王子様 — 2006年9月30日 @ 17:20

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