中岡望の目からウロコのアメリカ

2006/11/28 火曜日

米中間選挙結果の詳細分析:今後のアメリカの政治はどう変わるのか?

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アメリカの中間選挙は、ほぼ世論調査の予想に近い結果に終わりました。下院で民主党が過半数を占めるのはほぼ確実だと思われていましたが、最終的には上院も民主党が過半数を占めました。ただ、民主党の上院は無所属で立候補し、当選した議員が最終的に民主党と行動を共にすると決めたことで、51対49の僅差で過半数を占めたものです。今回の記事は『週刊東洋経済』(11月25日号、11月20日発売)に寄稿したものです。同誌のタイトルは「米中間選挙でブッシュ共和党大敗・それでもアメリカにリベラルの時代はこない」です。おそらくメディアに掲載された最も早い分析記事ではないかと思います。民主党が過半数を占めた要因と、今後のアメリカの政治を分析したものです。

保守主義運動の終焉?

11月7日に行われたアメリカの中間選挙は、両院の過半数を制した民主党の圧勝で終わった。選挙の興奮が去り、冷静さを取り戻したアメリカでは、今回の選挙が政治の大きな転換点になるのか、あるいは民主党の勝利は一時的なあだ花に終わるのか分析が行われている。

クリントン政権で首席補佐官を務めたジョン・ポデスタ氏は、民主党の勝利を受けて「リベラル派は保守主義運動の死亡記事を書いている」と興奮気味に語っている。本当にポデスタ氏が言うように、保守主義運動に終止符が打たれたのであろうか。そしてリベラリズムの復興が始まろうとしているのであろうか。それを知るために、選挙結果を詳細に分析してみる必要がある。
保守主義運動はアメリカにとって何だったのか。思想としての保守主義運動は戦後すぐに始まるが、政治の場での保守主義運動はバーリ・ゴールドウォーター上院議員が共和党候補として大統領選挙に立候補した64年から始まる。同議員はジョンソン大統領に惨敗し、保守主義者たちはアメリカ社会に保守主義が根付いてないことを痛感させられる。そこで彼らが選んだ道は、草の根運動を組織化し、保守層を取り込んでいくことだった。

そうした運動の地道な積み重ねが、80年の大統領選挙で結実する。保守主義者の理念である「小さな政府」「市場主義」「個人責任」「財政均衡」「大幅減税」を掲げるレーガン候補が大統領選挙で当選し、“レーガン革命”を通してアメリカは急速に保守化の道を進み始め、保守主義は政治の主流となっていく。

アメリカの保守化の流れはさらに大きなウネリとなって、94年の中間選挙で共和党は42年ぶりに両院の過半数を制するまでになった。ニュート・ギングリッチ下院議員に率いられ、「アメリカとの契約」を政策綱領に掲げて両院の過半数を獲得した共和党議員たちは、この勝利を「保守革命」と呼んだ。その流れはブッシュ政権に引き継がれ、政府も議会も共和党の支配下に置か、アメリカは名実ともに“保守主義の国”になったのである。

では今回の中間選挙の民主党の圧勝は、その保守主義の流れを止め、さらに逆転させる可能性を秘めたものなのであろうか。
民主党の勝利は94年の共和党の勝利と対比される。しかし、そこには重大な違いがある。94年の中間選挙で勝利した共和党議員たちは抑えきれないイデオロギー的な高揚感を感じながらワシントンに乗り込んできた。だが、今回、民主党議員の間に94年に共和党議員が味わったようなイデオロギー的高揚感は見られない。その理由を解くことが、今回の中間選挙の意味を理解し、今後のアメリカ政治の動向を判断する上で極めて重要なのである。

大量当選した民主党の新人議員

今回の中間選挙は、共和党と民主党の“ニューデモクラット”との争いであった。ニューデモクラットは、クリントン前大統領が標榜した南部保守層をベースにした民主党中道右派のことである。アメリカのテレビの報道番組で一人の評論家が、今回の選挙を「クリントンの勝利」と表現していたが、それは民主党勝利の要因を明らかにすることでその理由が明らかになる。

今回の選挙の結果を見てみよう。下院の議席(11月13日現在)は、民主党229議席、共和党195議席、党派未決9議席、選挙結果未確定2議席である。民主党は28議席増やし、過半数(218議席)を確保した。上院は、民主党が6議席を増やし、非改選を含めて51議席(民主党系無所属1議席を含む)の過半数を確保、共和党は49議席に留まった。

当選議員の内訳を見て見ると興味深いことに気が付く。それは、民主党の下院の当選議員40名、上院の当選議員9名が新人議員であることだ。民主党は、大幅に新人議員を当選させることで勝利を手にしたのである。これは05年の日本の総選挙のときの“小泉チルドレン現象”と似ている。

その背景には、民主党の選挙責任者のラン・エマニェル下院議員とチャールズ・シューマー上院議員の巧みな選挙戦略があった。彼らは、イデオロギーを基準にすることなく選挙に勝てる候補を最優的に選んだのである。共和党の地盤のカンサス州では民主党の候補者のうち9名は元共和党員であった。新人候補の多くは、中絶反対や銃規制反対を唱えるなど、明らかに伝統的なリベラリズムの思想から逸脱する主張を行っている。彼らの大半は、当選後、安全保障を強調する保守的な党内グループ「ニューデモクラット・コーリション」と財政均衡を主張する「ブルー・ドッグ・コーリション」に参加する意向を示している。

要するに民主党は伝統的なリベラリズムを前面に出して共和党とのイデオロギーの対立軸を鮮明にすることで有権者の支持を得たのではなく、穏健派に擦り寄ることで勝利を手にしたのである。そのことは、「ニューヨーク・タイムズ」紙の出口調査にはっきり出ている。穏健派の61%が民主党、39%が共和党に投票している。04年の選挙では民主党に投票した穏健派は53%、共和党は41%であったから、民主党は8ポイントも穏健派の支持を伸ばしたのである。

エマニュエル議員は近著『ザ・プラン』の中で「ルーズベルトからクリントンまでの民主党は中産階級の支持を得てきた。中産階級の支持がなくて民主党は選挙に勝てない」と書いている。そうした現状認識から、同議員は選挙戦略を中産階級の支持を取り戻すことに置いた。最低賃金の引き上げ、医療保険制度の改革、製造業の雇用の海外流出など中産階級にとって身近な問題を訴えることで中産階級への浸透を図った。中産階級は共和党政治のもとで格差が拡大していることに不安を募らせており、民主党の訴えに素直に反応した。

縮小した“ゴッド・ギャップ”

また02年、04年の選挙で民主党が大敗した理由に宗教票の動向があった。特に04年の選挙で中絶問題や同性婚問題を選挙の争点にすることで、共和党は宗教的右派の支持を得て勝利を確かなものにした。この宗教票の差を“ゴッド・ギャップ”と呼ぶが、今回の選挙で両党の宗教票の急速に差が縮まっている。それは、民主党が宗教的リベラル派の組織化に本格的に取り組み始めたことと、どちらかといえば非政治的な宗教的リベラル派が宗教的右派の過激な主張(中絶の全面禁止、幹細胞研究の禁止、進化論を否定するインテリジェント・デザインを学校で教えることを求める動きなど)に危機感を抱き、投票所に足を運んだことも差が縮小した大きな理由である。

宗教別でみると、民主党は04年の選挙で獲得したプロテスタント票は43%であったが、今回は45%と2ポイント増やしている。逆に共和党は57%から55%に減らしている。もともと民主党支持の傾向が強いカトリック票は04年の選挙で同性結婚などを理由に共和党支持に回ったが、今回は民主党に回帰している。民主党が得たカトリック票は56%で前回よりも7ポイントも増え、共和党は51%から44%へと減らしている。

もともと民主党の支持基盤であるユダヤ教徒の民主党候補への投票率は、前回の78%から88%に大きく増えている。これに対して共和党が獲得したユダヤ教徒の票は22%から12%へと減っている。04年の選挙で共和党に流れた票が民主党に戻ってきたのである。

中間選挙では全国的な問題よりも地域問題が争点となるのが普通である。だが民主党は、今回の中間選挙を「ブッシュ大統領の信任投票」と位置付ける戦略を取り、それが奏功した。大統領の支持率は40%を割り込むなど、共和党候補にとってブッシュ大統領の不人気は逆風となった。また、先の見えないイラク戦争に保守層は苛立ちを強めたこともブッシュ大統領の人気低下に拍車をかけ、共和党候補の足を引っ張った。

有権者の不満はブッシュ大統領だけに留まらなかった。議会での共和党の非妥協的かつ傲慢な態度は民主党との対決を激化させ、議会審議が行き詰まりを見せていることに、多くの有権者は共和党議会に不満を募らせていた。下院で共和党の現職議員が21名、上院で6名が落選したのも、有権者の共和党に対する不満の表明であった。これとは対照的に民主党の下院と上院の現職議員は全員当選を果たしている。

さらに共和党に大きな打撃を与えたのが、共和党議員を巻き込んだ一連のスキャンダルである。特に選挙直前の10月に大問題となったフォーリー下院議員の少年に対するセックス・スキャンダルが共和党の息の根を止めたといっても過言ではない。道徳を説く保守主義政党の議員がスキャンダルにまみれていたのであるから、有権者に与える影響は甚大であった。共和党の次席大統領出席補佐官カール・ローブ氏は「共和党が失った28議席のうち10議席はスキャンダルが原因である」と分析している。
 
保守主義は破綻したのか

では最初の質問に戻ろう。民主党の大勝は、保守主義運動の終焉を意味するのであろうか。共和党全国委員会のケン・メールマン委員長は「今回の選挙結果は保守主義の拒絶を意味するものではない」と語る。ローブ氏も「共和党の哲学はまだ生きている」と、保守主義運動終焉論に反論する。民主党の元上院院内総務のトム・ダッシェラ議員は「国民はブッシュ政権の傲慢さと政治スタイルに飽き飽きし、疲れてしまっている」と、共和党が国民から遊離した存在になっていると指摘している。

アメリカの多くの論者は、保守主義運動と共和党の敗北を切り離して分析している。要するに共和党の敗北はブッシュ政権と共和党が財政赤字を史上最大にまで拡大させ、保守主義の理念から逸脱したことで保守層が離反したのが原因であるという。さらに共和党が再生するためには、小さな政府実現など保守主義の理念に立ち返ることができるかどうかに掛かっているという。メールマン氏は「共和党が保守主義の理念に立ち帰ることができれば、今回の選挙の敗北は保守主義運動の一時的な中断に過ぎない」と指摘する。

では、共和党の敗北が保守主義の敗北でないとするなら、民主党の勝利をどう解釈すべきなのだろうか。先に指摘した選挙の勝利の中にイデオロギー的高揚感が欠如していたのは、民主党が新しい理念を打ち出すことで得た勝利ではないからであろう。むしろ民主党は選挙で勝利することで、逆に大きな問題を抱え込んだのかもしれない。

民主党はクリントン前大統領が敷いたニューデモクラットの路線を踏襲することで勝利を収めた。しかし、それは同時に民主党内に異質のイデオロギーを抱え込むことになった。新人議員の多くは共和党議員と同質の保守派が多い。それは、議会の審議で民主党が一体的に動けるかどうかという問題を引き起こすかもしれない。さらに新人議員の選挙区はもともと共和党が強い選挙区で、次の選挙で彼らが勝てる保障はない。

またイラク戦争即時撤退を訴えるブログで活動するネットルーツの反戦リベラルは、ニューデモクラットの立場とは明らかに異なる。さらにオールド・リベラル・グループも依然として党内で大きな影響力を持っている。民主党は共和党よりはるかに複雑な党内問題を抱え込んでいるのである。

今回の選挙で明らかになったのは中道穏健派が政治の帰趨を握っているということである。民主党、共和党ともに不動の支持層を持っている。しかし、選挙の結果を左右するのは無党派や穏健派の動向である。民主党は新しい政治理念を提示するのではなく、保守派に擦り寄ることによって無党派層を取り込んだ。だが、そうした戦略は長続きしないだろう。大きなグランドデザインを提示できない限り、08年の選挙で再び議会の少数派に転落する可能性も否定できない。

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