中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/1/20 土曜日

民主党支配の議会で何が変わるか?:ペロシ下院議長の”最初の100時間”の挑戦

Filed under: - nakaoka @ 13:30

アメリカの第110回議会(the 110th Congress)が始まりました。アメリカの議会は2年で1議会になります。昨年11月の中間選挙で民主党が両院で過半数(下院は民主党233議席、共和党202議席、上院は民主党52議席、共和党40議席)を獲得し、新議会でどのような議会運営を行なうのか、どのような法案を提出するのか注目されています。下院議長に就任したペロシ議員は、「最初の100時間」というスローガンを掲げ、一気に民主党ペースでの議会運営を軌道に乗せようとしています。ちなみに「最初の100時間」は、アメリカでは新政権が成立すると野党やメディアは「最初の100日」は批判を控えるという一種の“紳士協定”のようなものがある。たとえば、ルーズベルト大統領のニューディール政策の大半は政権成立後100日の間に成立しています。ペロシ議長の「最初の100時間」もそうした慣行を意識した表現である。以下、民主党が新議会で何をしようとしているかの報告です。

1月18日、ペロシ議長は次のような演説をしています。「米下院はアメリカを新しい方向に導き、議会の運営の仕方を変え、アリカ国民が直面している本当の問題に取り組むことを約束します。最初の100時間が勝負です。昨日、42時間25分で下院民主党は100時間で提案した法案の最後の法案である大手石油会社に対する補助金を打ち切る法案を成立させました」と述べています。ペロシ下院議長はアメリカ議会史上、最初の女性議長で、当初はその指導力に疑問が呈されていました。しかし、今のところ下院民主党をまとめながら、選挙公約を着実に実行しているようです。

まず民主党が中間選挙のときに掲げた政策課題を整理しておきます。民主党は昨年11月の中間選挙で「New Direction for America Six for ‘06」と題する政策綱領を掲げて、戦いました。

その6項目は、以下の通りです。
①内外の安全保障の確保(Real Security at Home and Abroad:イラク・中東政策の見直し、イラクからの軍隊の段階的撤退、オサマビン・ラディンとテロのネットワーク破壊のための特別部隊の設置など)
②よりよき雇用(Better American Job:具体的には最低賃金の引き上げと海外に雇用を移す企業に対する課税強化)
③全員を大学入学に入学(College Access for All:具体的には大学授業料の税額控除、学生ローン金利の引き下げなど)
④エネルギー自立(Energy Independence:具体的には海外の原油依存の低下と技術開発によるクリーンエネルギーの開発、バイオエネルギーの開発、大手石油企業に対する税制優遇の廃止など)
⑤健康保険制度の改革(Affordable Health Care:低所得者の医薬品処方箋料の見直し、薬価の引き下げ、幹細胞研究の促進など)
⑥退職後の保障(Retirement Security:社会保険の民営化阻止、CEOの腐敗や経営失敗から従業員の資金の安全を保障するように年金制度を改革するなど)

ペロシ議長は選挙公約の6項目を「最初の100日」で実現すると、民主党の方針を明らかにしています。下院民主党は、議会開催後34時間で5法案を成立させています。

1.民主党が最初に成立を期した最初の法案は、最初の選挙公約①の安全保障に関する法案で、投票は1月9日に行なわれ、299対128票の大差で成立しました。この最初の法案で、共和党議員からも多くの支持を得たのが注目されます。法案は、「9・11調査委員会」の勧告でまだ実現されていない部分を実行することを促すものです。これは「最初の100時間」の最重要政策課題の1つです。成立した下院法案では、3年以内に飛行機の上客と貨物の完全なチェックを行なうこと、5年以内に港でアメリカ向けの船荷を完全チェックすることなどが盛り込まれています。民主党幹部は、1月末までに上院でも同様な法案を提出し、成立を期待していると語っています。ただ、共和党が多数を占めていた前議会では、上院は同様の完全な検査を強制的に実施する法案を否決しています。また、米国商業会議所なども、この法案は非現実的であると反対の意向を明らかにしています。

2.政策公約②に関して、下院は1月10日に「最低賃金の引き上げ法案」を315対116票で可決しました。それによると2年以内に最低時給賃金は5ドル15セントから7ドル25セントに引上げられる。上院も同様な最低賃金引き上げの法案を準備しています。ただ、上院民主党の幹部は、最低賃金の引き上げと同時に中小企業に対する減税も法案に盛り込む意向を明らかにしています。最低賃金の引き上げは中小企業に一番大きな影響を与えると予想されるからです。最低賃金引き上げに反対する共和党がフィルバスター(議事妨害)を行なう可能性があり、それを打ち破るためには60票が必要です。そのためにも、共和党議員の支持が必要です。民主党議席(51議席)では不可能であり、共和党からの票を得るための妥協的な措置です。フィリバスターについては、本ブログに詳細を書いています(「フィリバスター(議事妨害)」は反民主的行為か?)ので、そちらを参照してください。なお、保守派の経済学者は、最低賃金制の引き下は雇用の喪失を招くと批判しています。現実には、最低賃金では十分な生活ができないのがアメリカ社会の現実であり、その引き上げも簡単ではないようです。最近の日本での議論を見ていると、賃金引下げが日本の競争力を強化するという議論が幅を利かせているようですが、そうした関連も踏まえてアメリカの議論を見てみるのも面白いでしょう。

3.選挙公約③に関して、下院は学生ローン(student loan)の金利を2011年までに現行の6・8%から3・4%に引き下げる法案を、1月17日に356対71票の圧倒的差で可決した。ここでも共和党の多くが民主党案に賛成票を投じているのが注目されます。同法案が成立すれば、政府にとって60億ドルの資金負担になるとの試算もあります。上院ではケネディ議員を中心にさらに包括的な法案の提出を検討しています。ただ、政府は同法案に反対の姿勢を明らかにしている。行政管理予算局は「同法案は学生に借入を促すだけである」「政府は低所得者の大学生に対して追加的な奨学金を与える努力を支持する」という声明を発表しています。(事実関係:「2006年財政赤字削減法」でローン金利は4.7%から6・8%に引上げられており、その調整の意味もある)。なおアメリカでは大学生は授業料を自分で稼いだり、ローンを借りるのが普通で、親掛かりというのは比較的少なく、student loanは必須となっています。以前、クリントン大統領は、卒業後、決まって期間、社会活動に従事すれば、ローン返済を免除する法案を提出したことがありますが、実現しませんでした。

4.公約⑤に関して、1月11日に下院は「幹細胞研究強化法案(The Stem Cell Research Enhancement Act of 2007)」を253対174票の大差で可決しました。ブッシュ大統領は2006年7月に同様な法案が議会で成立したのですが、拒否権を発動して法案成立を阻止しました。その背後にはキリスト教保守派の圧力がありました。上院民主党も、数週間以内に同様の法案を提出する意向を明らかにしています。大統領の拒否権をオーバーライドするには、下院では290票が必要です。ちなみに、今回の下院票決では民主党議員16名が反対票を投じています。ホワイトハウスは票決後、「同法案は人間の胎児を意図的に破壊するような研究に納税者の資金を強制的に使うものである」と反対の意向を明らかにしています。ちなみに、クリントン大統領は2000年に連邦政府が幹細胞研究のために資金を提供することを認めています。

5.公約⑤のもう1つの課題である薬価に関して、下院は1月12日に連邦政府に製薬会社と価格交渉を行なうことを求める法案が255対170票で可決されました。共和党議員24名が賛成票を投じています。現在、アメリカにとって医療保険制度は重要な問題になっています。同法案によって、政府は製薬会社と価格引上げ交渉を行なわなければなりません。ホワイトハウスは、同法案に反対の意志を明らかにしています。スノー・ホワイトハウス報道官は「大統領は拒否権を発動することになる」と語っています。当然、製薬会社も反対しています。

6.1月18日に大手石油会社に対する補助金を打ち切り、リニューアル可能なエネルギー開発に対する投資を促進する法案を264対163票で可決しています。ペロシ議長は、6項目の公約の実現に加え、ロビイストの活動の制限や議会の倫理規定の改革などに意欲を示しています。特徴的なのは、共和党議員が民主党法案に賛成票を投じていることです。1月中旬までの民主党の議会運営を見ると、比較的順調に進んでいると評価できる。ただ、下院と違い上院は議席数が逼迫しているため、民主党の思惑通りに議事運営が進むかどうか不明である。

下院議長は絶大な力を持っています。議会の審議は多数派の院内総務と下院議長によって決定されます。法案の審議と投票の日程は両者と小数派の院内総務が協議して決めますが、議長の果たす役割は非常に大きいのです。上院も同様です。今議会の上院の問題は、民主党と共和党の議席数が51対49と逼迫していることです。もし民主党議員が一人、党の方針と逆な投票をすれば、50対50になります。その際、上院議長が1票を持っているので、議長の判断で法案の運命が決まってしまいます。上院議長は副大統領が務めることになっており、チェイニー副大統領が議長ですので、民主党法案の成立を阻止することができるのです。

保守派のペロシ批判は強まっているようです。ただ、94年から続いた共和党の議会支配が崩れ、民主党が新しい議会運営を始めようとしていることは確かです。民主党は長い間、「政策のない政党」「財政拡大主義者」と批判されてきました。まだ、民主党がそうした批判に反駁できるほどの力はないようですが、議会が変わるというのは新鮮で良いことなのでしょう。日本も、もう一度、自民党が野党になるという状況が起これば、国会はもっと新鮮で面白くなるかもしれません。

最初に紹介したペロシ議長の演説の続きを紹介します。
「超党派の支持を得て、下院は政府の誠実さと公開性を取り戻し、財政規律を再構築し、国家安全保障を強化し、多くのアメリカ人にアメリカン・ドリームを実現するための本当の支援を提供するために多くの法案を成立させました。新しい民主党多数派は、すべてのアメリカ人のために現実の、永続的な成果を実現することを約束しています。この成功は、始まりに過ぎません。私たちは、110議会の基調を決定しました。それは、党派を超えた協調を同意、妥協です。民主党は、アメリカを安全かつ強くするために、最初の100時間を超えて目標を見据えています」

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