中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/4/29 日曜日

シティグループの世界戦略:日興コーディアル買収の背後にあるもの

Filed under: - nakaoka @ 17:25

4月もあまり記事をアップできませんでした。相変わらず原稿締め切りに追われ、さらに大学の授業も始まりましhタ。前期は国際基督教大学(ICU)で、「現代アメリカ経済論」(受講生は10名)と「Business and Society in Japan」(受講生は51名で半分が留学生、英語で授業)、日本女子大で「経済学概論」と「比較社会論」でそれぞれ40名程度、さらに武蔵大学で「Asian Fianance」(留学生2名と日本人聴講生数名)と「アメリカ社会と文化」(英語で授業、受講生は20名弱)を教えています。多忙ですが、結構、忙しさを楽しんでいます。さて、今回はアメリカの大手金融会社シティグループの世界戦略についての記事をアップします。本記事は3月中旬に雑誌『選択』に寄稿したものです。執筆後1ヶ月以上経っていますが、まだ興味深い内容だと思います。シティグループな日興コーディアルグループのTOB(株式公開買い付け)を行い、4月27日に日興コーディアルの発行済み株式の61.08%を取得し、同社を子会社化しました。その背後にあるシティグループの世界戦略を分析したものです。

シティグループ(以下、シティ)が、新たな拡大路線を取り始めた。同社は、総資産でバンク・オブ・アメリカ(BOA)、JMモルガン・チェースに次ぐ3位であり、株式の時価総額ではトップのアメリカを代表するメガバンクである。同社の経営戦略の最大の特徴は、意欲的な国際戦略にある。BOAが国内市場に軸足を置いた経営戦略を取っているのに対し、シティは世界100カ国で営業を展開、リテール業務を担っているシティバンクは約1400支店を持ち、その半分は海外にある。

しかし、ここ数年、シティは厳しい状況に直面していた。同社は、サンフォード・ワイル前会長の強力な指導力の元で積極的な企業買収による拡大路線を取り、急成長を遂げてきた。しかし、意欲的な経営戦略と奔放なコーポレート・カルチャーは時には行き過ぎ、様々なスキャンダルを引き起こしてきた。エンロンやワールドコム、アデルフィア・コミュニケーションズの粉飾スキャンダルに関与したり、アナリストと投資銀行の間の不適切な関係が発覚するなど相次いで不祥事が発覚し、SEC(証券市場委員会)に巨額の罰金を課せられた。またFTC(連邦通商委員会)からも消費者金融部門の営業手法を批判され、05年3月にはFRB(連邦準備制度理事会)によって企業買収の実質禁止処分を受けるなど、
ワイル流の拡大路線は頓挫した。

ワイル時代の“負の遺産”を引き継いで03年に会長に就任したのがチャールズ・プリンスである。同会長は、積極拡大路線を大きく転換し、管理体制の構築、社内倫理の確立、当局との関係改善、企業イメージ回復といった内向きの課題に取り組んできた。さらに98年に合併した生保会社トラベラーズ・ライフや資産運用会社を売却するなど膨れ上がった経営規模の縮小を進めてきた。ワイル前会長がプリンスを後任に選んだ最大の理由は、彼が弁護士であり、スキャンダルにまみれたシティの体制の立て直しに最適と判断したからである。しかし、話はそこでは終わらなかった。両者の経営手法や経営観は大きく違っており、利益最優先のワイル前会長に対してプリンス会長は「企業は収益マシーンではなく半公的な組織である」と語るなど、闇雲な拡張路線に対して批判的な立場を取っている。そうした考え方の違いは、経営戦略にも反映してきた。

プリンス会長は弁護士を登用し、社内に様々な監視組織を作り上げ、スキャンダルに傷ついた企業イメージの回復に努めた。しかし、倫理重視の政策のため、新製品の投入などが遅れるという事態も起こり始めた。そのためプリンス会長と旧ワイル派のスタッフとの間に軋轢が生じ始めていた。内部体制の整備を優先する経営政策のもとで業績の低迷は余儀なくされた。最大の収益部門の国内カード事業は苦戦を強いられ従来から維持していたトップの座から3位にまで滑り落ちている。06年にリーマンブラザーズやメリルリンチは証券部門で20%を越す増益を達成したのに、同社はわずか3%の増益に留まった。M&Aの分野でもゴールドマンサックスの後塵を拝するなど、かつての輝きは失われていた。自社株買いを進め株価維持をはかったが、プリンス体制が始まってから株価の低迷が続き、活況を呈する株式市場から完全に取り残されていた。

業績と株価低迷を背景に株主にプリンス会長の指導力に対する疑問が噴出し、戦略転換を求める圧力が高まっていた。そうした情勢を背景に今年1月に同会長は行動に出た。経営手腕に疑問がもたれていたサリー・クラウチェックCFO(財務最高責任者)をポストから外した。さらにワイル前会長の子飼いといわれる富裕層の資産運用部門責任者トッド・サムソンを解任したのである。サムソンは、プリンス会長の経営戦略に公然と異を唱えていた。ウォール街は、サムソン解任によってワイル体制の息のかかった経営陣はほぼ一掃され、プリンス体制が名実ともに確立したと好意的に評価し、株価も敏感に反応して上昇した。

こうした人事に続いて1月31日に開催された同社の「フィナンシャル・サービシス・コンファレンス」の場で、プリンス会長は新戦略を打ち出した。この数年、同社は企業買収が禁止されたため“オーガニックな成長”すなわち組織の自律的な成長を優先する戦略を取ってきた。またワイル体制の縦割り組織から“ワン・シティ戦略”に基づいて横断的な組織作りを行ってきた。すなわち顧客に“ワン・ストップ・ショッピング”サービスを提供する態勢作りが行なわれてきた。さらに国際的投資も重要な戦略と位置付けられてきた。今回、同会長は、新しい方向として国内市場では引き続きオーガニックな成長を図る一方、海外市場では企業買収を柱に積極的な拡大を図る方針を明らかにしたのである。これは昨年、企業買収禁止が解除されたのを受けた転換でもあった。

シティにとって海外展開は不可欠な戦略である。国内市場での競争は激しく、高成長を維持するのは難しい。06年の業績では国際部門は収入と純益はいずれも全体の44%を占めている。増益率では国内部門が5%に留まったのに対して、国際部門は13%の増益を達成している。ちなみにBOAの国際部門の占める収益は全体の5%に過ぎない。プリンス会長は、成長戦略として海外部門の収入比率を60%に引上げる目標を掲げている。目標を達成するには、海外市場での企業買収は避けられない。06年に国内市場では1件も企業買収はなかったが、海外市場では金融機関5社の買収を行っている。

将来の成長が望める中国市場では、500支店を持つ広東発展銀行の株式を85%収得している。上海浦東発展銀行の株式を約4%から約20%まで買い増している。中国のスタッフを年内に25%増やし、積極的なシェア拡大を狙う方針を明らかにしている。さらに中南米で消費者金融会社、カード会社、イギリスで投資顧問会社、トルコでも買収を成功させている。現在、台湾の華僑銀行の買収交渉を行なっており、順調にいけば6月には交渉はまとまる見通しである。今後こうした買収案件がさらに増えてくることは間違いない。また、ロシアでは買収ではなく、自前の拠点作りに注力し、シェア拡大を図っている。

シティが重視しているのは、日本市場である。プリンス会長は日興コーディアルの買収に関して「この買収はわが社の成長を加速するまたとない機会である」と買収に並々ならない意欲を示している。現在、日本市場の収益は全体の5%程度にすぎない。市場規模からすれば、あまりにも少ない。日本市場で成功しない限り、国際部門の収益を60%にするという目標の達成はおぼつかないだろう。

日興コーディアルの完全子会社化は、こうしたシティの世界戦略の中で位置づけることで初めて理解できるものである。既に同社は積極的な対日戦略を打ち出している。日本の業務のローカル化を進めるために、銀行持株会社と現地法人の新銀行を7月までに設立する計画を明らかにしている。銀行持株会社設立によって銀行店舗の開設を弾力的に行なえるようになる。またシティの東京株式市場への上場も対日戦略の中に入っている。

こうしたローカル化に更に拍車をかけると期待されているのが、日興コーディアルグループの子会社化である。同社は3月6日に子会社化を視野に日興コーディアルグループと包括的戦略提携で合意し、共同プロジェクトチームを設立して業務調整の検討を始めることが決まっている。カード事業の展開や法人部門の連携強化が大きな課題になるだろう。また両社の部門間の“クロス・マーケッティング”を強化することでシナジー効果も期待している。

ただ思惑通り対日戦略が成功するかどうか、多くの不確実な要因がある。最大の懸念は、日興の顧客ベースを引き継げるかどうかである。かつて山一證券はメイルリンチ証券の従業員を再雇用し、顧客の取り組みを図ったが、業務が始まったとき顧客は散逸していた例がある。シティはメリルの失敗から多くを学んでいるはずだ。もしシナジー効果が発揮できれば、従来にない新しい金融機関が日本に誕生することになるだろう。

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