中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/1/23 水曜日

政府投資ファンド(Sovereign Wealth Fund)の実態(3):ノルウェー政府年金基金の運用責任者に聞く

Filed under: - nakaoka @ 2:44

ノルウェー中央銀行は“Norges Bank”といいます。オスロの中心部から少し離れた場所にあります。普通のビルとまったく区別ができません。今まで日本銀行は言うまでもなく、アメリカの連邦準備制度の建物、ヨーロッパの幾つかの国の中央銀行を訪れたことがありますが、ノルウェー中央銀行ほど自然な感じの建物はなかった気がします。確か記憶では3階建てのビルで、入り口がどこにあるのか分からないほどでした。8月初、ノルウェーの「政府年金ファンド」の運用責任者のヒャール氏に会える目処も立たないままオスロに向かって旅立ちました。オスロに着いて彼の秘書と何度もメールのやり取りをして、インタビューが実現しました。以下、その一部です。

―― 最近、ソブリン・ウエルス・ファンドが急速に成長してきています。それに伴い同ファンドが世界に金融市場で撹乱要因になるとの批判があります。最初に、そうした批判に対してどう考えておられるか、お話いただけますか。
ヒャール ソブリン・ウエルス・ファンドが成長している背景には、まず石油価格の高騰があります。ノルウェーもその恩恵に浴しており、私たちのファンドの規模も今後、拡大していくと予想しています。もうひとつは、中国に典型的に見られるように巨額の外貨準備の累積と関連しています。しかし、全体の資金の規模から見れば、ソブリン・ウエルス・ファンド全体の規模はそれほど大きなものではありません。

 ―― ノルウェーの「政府年金基金」は、他の国のファンドとどこが違うのですか。
ヒャール それは分散投資を重視し、より高い利回りを求めていることだと思います。短に国債に投資するだけではなく、アセット・クラスや通貨の分散投資にも力を入れています。わが国のファンドと同じような石油収入をベースにするファンドの投資目的は、石油やガスの収入を将来の世代のために永続的な収入に変えることです。私たちは石油という資産を分散化しようとしているのです。石油収入を今消費するのではなく、金融資産にし、そこで得た利益を使うことができるのです。

石油は資産のひとつに過ぎず、しかもリスクの高い資産なのです。私たちは、長期的な観点から政府年金基金がもっと高いリターンを得ることができると期待しています。もし1900年に1ドルを株式に投資していれば、05年の現在価値は376ドルになっています。しかし石油に投資していれば、2ドルにしかなっていません。

 ―― ソブリン・ウエルス・ファンドの問題点のひとつは秘密性にあります。その点、ノルウェーの「政府年金基金」は他のファンドと比べて違うところがあるのですか。
ヒャール 大きな違いがあります。「政府年金基金」は運用の透明性を確保しています。誰でも同基金の投資戦略を知ることができます。また毎年の実際の投資内容も知ることができます。投資戦略の透明性が同基金に対する信頼性を高めているのです。他のファンドには、そうした透明性はありません。他のファンドには情報を開示しない別の理由があるのでしょう。私たちは、石油収入を今使ってしまうのではなく、将来の世代のために貯蓄するという合意を形成するためには、透明性が重要な要素だと考えています。

 ―― 運用の具体的な内容に入りたいのですが、毎年の投資パフォーマンスは財務省の設定したベンチマークを上回っています。その理由は何なのでしょうか。
ヒャール 確かに基金を設定したときから、ベンチマークを上回るリターンをあげてきました。それはビギナーズ・ラックかもしれません。しかし、好パフォーマンスは投資戦略から生まれたものです。

私たちは市場の動きを尊重してきました。市場は非常に効率的なものです。これは金融理論のCAPM(資本資産価格)モデルで証明されていることです。証券の期待超過収益率は、市場ポートフォリオの期待超過収益率と証券のベータの積に等しいのです。したがってポートフォリオを構築するとき、私たちは市場ポートフォリオに近いものを作り上げてきました。これは、指数をベースに運用することです。それによってマネジメント・フィーを抑えることができるのです。これは基本的にはインデックスをベースにした運用です。それをベースにし、アクティブな運用を行っています。

私たちは、特別なスキルを持つ外部のファンド・マネジャーを使うことで、異なったセクター、異なった国、異なった市場に対する優れた洞察と情報を手に入れています。また平均的なファンド・マネジャーよりも優れた内部のファンド・マネジャーを採用することもできます。私たちは約150以上のサブポートフォリオを持っており、そのうち70が外部のポートフォリオで、80が内部のポートフォリオです。各サブポートフォリオは非常に投資対象を絞り込んで運用しています。内部で非常に専門的なスキルを持ったグループを構築しようとしています。

また資金の規模の大きさも、「政府年金基金」の利点となっています。同基金はヨーロッパで最大の株式を保有しており、どの企業にもアクセスすることができます。調査能力を高め、企業とのネットワークを構築し、ポートフォリオの組み込んだすべての証券を評価できる体制を作ろうとしています。これが、リスクなしにベンチマークを常に上回る超過リターンを達成してきた理由です。

―― 財務省がベンチマークを決めていますが、もう少し詳しくベンチマークについてお話いただけますか。
ヒャール 株式のベンチマークはフィナンシャルタイムズの「FTSE中進国・先進国指数」を使い、債券は「リーマン・グローバル・アグリゲイト」を使って設定しています。財務省は、こうした指数を利用して株式に対する投資比率や、アジア・オセアニア、ヨーロッパ、アメリカといった地域別の投資比率を独自に決めています。

―― ベンチマークには予想リターンやファンドの具体的なアロケーションも含まれているのですか。
ヒャール ええ、そうです。ベンチマークでは、すべてのアセット・アロケーションが決められています。しかし、私たちはベンチマーク通りに投資をする必要はありません。ベンチマークと異なる投資決定を行うこともあります。特定の国に対する投資を減らしたり、特定の企業への投資を増やしたり、特定のセクターへは投資をしないと決めることもできます。しかし、ベンチマークから逸脱するような投資には、当然、限度があります。もっと株式投資を増やしたければ、増やすことができます。絶対に40%でなければならないというわけではありません。もしもっと日本株に投資したければ、そうしたポジションを取ることはできます。

―― 日本株に投資をしていて、株価が上昇して、日本株の保有比率が上昇した場合、日本株を売却することになるのですか。
ヒャール インデックス戦略からすれば売却することになります。しかし、実際にはそうした事態は起こらないでしょう。なぜなら同基金は常にニューマネーが入ってくるからです。ただ、ある市場が他の市場よりも値上がりしていたら、ニューマネーは値上がりしている市場よりも、新しい市場に投資されるでしょう。

―― 投資の判断基準に“倫理基準”があります。ウォール・マートが労働者を正当に扱っていないとの理由から、「政府年金基金」は同社の株式を売却しました。具体的に投資対象から除外する決定をするのは誰ですか。
ヒャール 財務省内に倫理審議会があり、政府が任命した専門的知識を持った5名の委員がいます。審議会は明確な判断基準を持っています。議会も議論します。同審議会が企業をスクリーニングして、財務省に勧告します。その勧告を受けて、投資対象から除外したり、株式を売却するかどうかの決定は財務省が行います。中央銀行投資運用局は投資家であって、企業が倫理的に良いか悪いかの判断を下す能力はありません。倫理的な判断は政治に関わる問題です。

投資家として私たちにできることは、株主として企業経営者に適切なコーポレート・ガバナンスを実現するように要求することです。私たちは、良く組織化され、取締役会が株主に責任を持ち、経営者が取締役会に説明責任を果たすことで、企業は長期的に優れた業績を実現できると信じています。多くの日本企業に投資しており、株主総会にも参加し、投票しています。私たちは今まで以上に“発言する株主”になるでしょう。もちろん日本企業に単に外国企業の物まねをしてもらいたくはありません。しかし、日本企業に良きコーポレート・ガバナンスが定着することを望んでいます。

―― 最近、日本企業は敵対的買収に対抗するためにポイズン・ピルを導入しています。これについてはどうお考えですか。
ヒャール そうした動きは日本企業に限ったことではありません。ただ基本的には経営者が十分な経営をしていなければ、企業は買収の対象になります。企業支配を巡ってすべての経営者は競争しなければなりません。どのような対応を取るかは株主が決めることで、経営者が決めることではありません。買収に対して“イエス”あるいは“ノー”と言うのは、株主の権利です。

1件のコメント »

  1. [...] 中岡望の目からウロコのアメリカ � 政府投資ファンド(Sovereign …りません。もしもっと日本株に投資したければ、そうしたポジションを取ることはできます。 ―― 日本株に投資を [...]

    ピンバック by 日本株 石油まとめ | 株式投資研究所まとめサイト — 2010年10月30日 @ 12:09

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