中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/6/2 月曜日

サブプライムローン問題とエマージング市場への影響

Filed under: - nakaoka @ 16:05

アメリカの住宅市場の低迷は依然として続いています。差し押さえ率は上昇を続け、住宅価格の下落もまだ底を打っていません。アメリカ経済は一般に予想されている以上に低迷が続くと予想しています。住宅市場の混乱はまず金融機関に影響を与えましたが、個人消費の低迷という実態経済への影響はこれから本格化してくると見ています。ただ多くの雑誌の特集で書かれているように「世界的な金融大恐慌」が起こる可能性は低いと見ています。FOMC(連邦公開市場委員会)の議事録を見ると、懸念されているのは景気低迷よりもインフレに移っているようです。今回はサブプライムローン問題がエマージング市場にどんな影響を及ぼすかを分析したものです。執筆は5月中旬で、ある雑誌に寄稿したものです。

高い成長、株価の低バリュエーションを背景にエマージング市場への投資は続く

サブプライムローン問題で先進国経済は大きく揺れている。金融機関は巨額の不良債権償却に追われ、自己資本を確保するために必死の努力をしている。金融市場はクレジット・クランチ(信用逼迫)の打撃を受け、金融機関の融資活動は低迷している。

金融市場の混迷は実態経済に波及し、米国を初め先進諸国の経済成長の鈍化は避けられない状況になっている。米国経済の第一四半期の成長率は0・6%とかろうじてプラス成長を実現したが、実質ゼロ成長という状況にある。利下げ効果と減税効果で景気は持ち直すとの楽観論もあるが、住宅価格の低下は続いており、住宅の差し押さえ件数も増加を続けている。成長の原動力であった個人消費にも陰りが出始めている。

そうした状況の中でエマージング国の動向が注目されている。昨年、世界経済は米国の景気低迷の影響をそれほど受けないという“ディカップリング論”が盛んに議論された。エマージング国の経済は米国経済への依存度が低下し、内需と地域貿易の増加によって高い経済成長を維持することができるというのが、その理論が主張するポイントであった。IMFは米国経済の低迷は各国の経済に大きな影響を及ぼすと予想しているが、エマージング国の成長率の鈍化はそれほど深刻なものではないと見ている。中国やインド、ブラジルの対米輸出は全体の20%程度に過ぎない。米国の景気悪化の影響で対米輸出が影響を受けるにしても、それは限定的なものに留まる可能性が強い。

アジア金融危機が起こった1997年当時と比べるとエマージング国の状況は大きく変っている。中国やインド、東南アジア、韓国などは巨額の経常黒字を計上し、潤沢な外貨準備を蓄えている。中国の外貨準備は1兆4000億ドルに達しており、エマージング国の全体の外貨準備は2・7兆ドルに達している。外貨準備が枯渇し、IMFなどの緊急融資を求めたアジア金融危機当時とは隔世の観がある。

また多くのエマージング国の財政状況は巨額の財政赤字に悩む先進国とは対照的である。エマージング国の中で財政状況が悪いといわれるインドでも財政赤字はGDPの8%に過ぎない。エマージング国の経済成長率も先進国を大きく上回る実績を上げ、今後、成長率が鈍化するにしても先進国よりも数ポイント高い成長率を維持すると予想される。先進国の景気低迷に対するエマージング国の抵抗力は一般に考えられている以上に強いと見て間違いないだろう。

エマージング市場の株価も先進国よりも高い値上がりを期待できる。今年のエマージング国の企業収益は15%程度の増益が見込め、PER(株価収益率)も12倍程度と先進国よりも低い。FRB(連邦準備制度)はサブプライムローン問題に対処するために大量の流動性を市場に供給すると同時にフェデラル・ファンド金利を2%にまで引き下げた。こうした金融緩和もエマージング市場に好影響を与えると予想される。

エマージング市場の株価のパフォーマンスを示す指数に「MSCIエマージング市場指数」がある。同指数では02年から07年までの5年間のエマージング市場の株価上昇率は383%であった。同期間のS&P500指数の上昇率は83%に過ぎなかった。エマージグ市場への投資は高い収益が期待できるのである。たとえばウォーレン・バフェットが運用する投資ファンドは、昨年、中国のペトロチャイナ株への投資で35億ドルの利益を計上している。

サブプライムローン問題が顕在化した昨年の8月以降7週間で米国からエマージング市場に流出した資金は240億ドルに達している。先進国の金融危機が深刻化する中で大量の資金がエマージング市場に流入したのである。それは短期的な現象ではなく、長期的な傾向でもある。たとえばロンドンに拠点を置くシュローダーの「グローバル・エマージング市場ファンド」は04年末時点で運用資産は38億ドルであったが、07年末には286億ドルにまで増えている。現在、米国にはエマージング市場の株式ファンドの数は約1700本あり、運用資産は1500億ドルに達している。07年だけで運用資産は410億ドル増えている。先進国からエマージング市場に投資されている資金は合計で2000億ドルを越えていると推定されている。

ただエマージング市場の株価も先進国の株価と同じようにサブプライムローン問題の影響を受けている。「MSCIエマージング市場指数」は昨年10月29日に高値を付けたあと下落に転じ、08年1月22日に安値を付けた。この間の同指数の下落率は22%強であった。また「MSCI世界株指数」は07年10月31日に高値を付け、08年3月17日に底値を付けている。その間の下落率は18%強であった。

これに対してダウ工業株平均は07年10月9日の高値から08年3月10日までの間に17%強の下落を記録した。またS&P500も18%強下落している。NASDQ総合指数は07年10月31日の高値から08年3月10日の安値まで24%強下落している。安値からの回復率は12%強であった。イギリスのFTSE100指数は07年6月の高値から08年3月17日の安値まで24%強下落している。ちなみに日経平均株価はサブプライムローン問題が顕在化する前の7月9日に高値を付けて下落に転じ、08年3月17日に付けた安値までに約35%下落している。

下落率を見る限りエマージング市場の株価下落は米国株よりも大きかったが、同時にエマージング市場の株価の回復は米国株よりも急激であった。安値からの最近時点までの上昇率はエマージング市場の株価は約16%、世界株は約11%であった。これに対してダウ工業株平均の上昇率は9%に留まっている。エマージング市場の株価は大きく値を下げたが、その分、値上が率も大きかった。大きく値を下げたNASDQ総合指数の回復率も12%強と大きかったが、エマージング市場の株価の回復率には及ばなかった。 

先進国経済の低迷が明らかになりつつあることから判断し、エマージング市場への資金流入が加速する可能性がある。一部の投資家はエマージング市場の株価はバブル状況にあると警戒感を強めているが、バリュエーションから見てまだ割安感がある。また多くのファンドは分散投資を進めており、エマージング市場への流入の基調に大きな変化は出てこないだろう。

シュローダーの「グローバル・エマージング市場ファンド」の国別のアセット・アロケーションは、ブラジルが約17%、韓国が約16%、中国が約14%、ロシアが約13%、台湾が約11%となっている。

ただエマージング国の情勢は必ずしも手放しで楽観視できない。まず原油価格の上昇が続けば、大きな影響を受ける可能性がある。BRICsのうち産油国であるロシアは大きな恩恵を得るだろうが、中国やインドは厳しい状況に置かれるだろう。インドの1日の石油消費量は260万バーレル、中国は700万バーレルに達しており、その半分を輸入に頼っている。こうしたことから中国やインドの株価の調整は大きくなっている。バブル懸念から短期的な修正が進むかもしれない。

しかしドルの低金利が続き、世界の流動性が増加し、米国経済が低成長あるいはリセッションに陥り、先進国の経済成長率が大きく鈍化する事態になれば、エマージング市場の相対的な魅力はさらに高まるだろう。また低バリュエーションから投資の魅力は大きいことから、投資資金の流入は続くだろう。

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