中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/7/9 水曜日

原油、穀物高の本当の要因を分析する:長期的なドル安と原油・農業投資の不足が最大の要因

Filed under: - nakaoka @ 19:26

人はいつも、今の状況がそのままいつまでも続くものだと思い勝ちです。バブルの最中は、市場メカニズムの存在など誰も信じることなく、永遠に価格上昇が続くと思い込んでしまいます。1980年代末の日本のバブルの時も、冷静であるべき同僚の記者たちがダウは5万円どころか10万円まで上昇すると言っていたのを思い出します。アメリカの住宅バブルも同じで、賢明であるべきグリーンスパン前FRB議長もバーナンキ現議長も「住宅バブルではない。実需に基づいたものだ」と言っていました。今また、石油価格1バーレル=200ドルを唱える聡明なエコノミストもいます。中国やインドなど新興国の需要増加があり、供給制約が加わり、原油価格の上昇は続くという議論です。マスコミも、こうした議論に乗っています。また投機資金がもう一つの要因で、規制論も盛んに議論されています。ちょっと冷静に分析する必要があるようです。今回は原油や穀物価格の上昇要因を分析してみました。なお本記事は6月中旬にある雑誌に寄稿したものです。

1970年代に2度の石油ショックが襲い、著名な学者たちが「ローマ・レポート」で石油の供給制約、あるいは枯渇が迫っていると指摘しました。誰もが、原油価格が永遠に上昇し続けると信じ、多くの経済学者は「ゼロ成長論」を展開しました。今振り返ってみると、いかに間違った分析をしていたかが分かります。以下で、今の原油高、コモデティ価格上昇の要因分析をしてみます。原油価格は7月に入って下落に転じています。以下の分析は参考になると思っています。

なぜ昨年から原油価格が急上昇し、それに続くように農産物価格の急騰が始まったのだろうか。最も一般的な説明は、中国やインドなどの途上国の急激な経済成長の結果、需要が急増したというものである。確かに途上国の経済成長には目を見張るものがある。人口増加も顕著である。しかし、それが昨年来の急激な原油価格と農産物価格上昇の主因と言えるのだろうか。

急激な経済成長によってエネルギー需要が増え、人口の増加と生活水準の向上によって農産物の需要が増加することは想像できる。しかし、そうした要因だけでは、なぜ昨年から急騰が始まったのかを説明するには、不十分である。いかに人口が増え、米などの農産物需要がある日突然、急激に増加するとは考えられないからだ。需給を反映し、長期的に価格が上昇していくなら理解できる。あるいは何かの外的なショックによって供給が急激に減少したために、充康関係が崩れて価格が暴騰するということなら理解できる。

確かに2005年に気候不順から世界的に農産物は不作になり、2006年の穀物の生産量は前年比で3・6%減少したが、だからといって米価が過去3年間に倍以上上昇した理由にはならない。もっと何かの要因があるはずである。結論から言えば、2つの要因が考えられる。ひとつは農業政策の失敗であり、もう一つはドル安である。

政策的失敗は、農業生産の増加で2004年まで価格下落が続き、投資収益率の低下で農業分野での投資が減少したことである。特に主食となる穀物分野での投資が減少している。また価格下落で在庫水準が大幅に低下したことも、価格上昇の間接的な要因となった。不作に伴って農産物輸出国は農産物の輸出制限を実施した。米の輸出国であるインドやエジプトは米の輸出規制を実施。また輸入国のフィリオピンなどは米不足を懸念して在庫の積み増しを行なったのである。

トウモロコシ価格の上昇の場合、明らかに政府の政策の失敗が背後にある。アメリカ政府の政策が価格上昇を招いたと考えられる。アメリカ政府はバイオ燃料開発のために巨額の補助金を出しており、それが過剰なバイオ燃料分野への参入を招き、穀物市場でのトウモロコシ不足を招いた。さらに降雨不足がトウモロコシの収穫量が減ったことも価格急騰の要因となった。EUも2020年までに運輸用エネルギーの10%をバイオ燃料で供給する政策を打ち出している。そうした政策は中東の原油に対する依存度を下げる“エネルギー安全保障”としては意味があっても、必ずしも経済的な合理性はない。

米などの一次産品の世界在庫は過去最低の水準にまで低下しており、こうした動きも価格急騰の引き金となった。一次産品価格のボラティリティ(変動率)が高まったため、ヘッジファンドなどが高収益を求めて積極的な運用を始め、投機的な需要増加を招いた。メディアや各国政府は原油や農産物の価格急騰の犯人は投機的資金だと非難しているが、それは原因ではなく、結果なのである。

こうした政策の失敗に加えて、原油や農産物価格の上昇を招いたのはドル安であった。5月20日にドナルド・コーンFRB(連邦準備制度)副議長が原油や農産物価格の急騰に関する演説を行なっている。少し長くなるが、その一部を引用する。「一部の専門家はFRBの利下げが一次産品価格上昇の重要な要因であると指摘している。その通である。金利低下とともに一次産品価格が上昇している。アメリカの金利が諸外国の金利よりも低下した結果、ドルが下落し、ドル建ての一次産品価格の上昇を招いた。ただ、一次産品の価格はドル建てだけでなく、他の通貨建てでも大幅に上昇している。要するに低金利とドル価値の下落が原油や他の一次産品価格の上昇を引き起こす役割を果たしたかもしれない」。ただ、コーン副議長は続けて「しかし、ドル安が果たした役割は小さいかもしれない」と、そうした分析の妥当性を留保している。

しかし、ドル相場(言い換えるとドルと他の通貨の金利差)と一次産品を含む国際市況商品の間に密接な関係が存在することは間違いない。たとえばドル相場の長期的トレンドが強かった1979年末から2001年の間に米価格は累積で52%下落している。ドル安が始まる2001年から2007年の間に米価格は累積で127%も上昇している。もちろん、需給が価格に大きな影響を与えることは疑問の余地はない。しかも農産物の場合、急激に供給を増やすことができないため、超過需要が発生すると価格が急激に上昇する傾向がある。

もうひとつの農産物価格の上昇の大きな要因は、原油価格の上昇である。もちろん原油価格の上昇の最大の要因はドル安がある。原油価格の上昇は飼料やエネルギー費用の上昇を通して農業生産コストを高めることになる。

ではドル安がなぜ原油高に結びつくのであろうか。大半の原油はドル建てで取引されている。産油国からすれば、ドル安は原油価格の値下げと同じ意味を持つ。すなわちドル安はドルの購買量の低下を意味し、原油輸出によって蓄積されたドル資産の価値も目減ることになる。

こうした事態に対して産油国は目減り分を補填するために原油価格の引き上げを求める。また累積したドル資産の運用を迫られることになる。産油国が積極的に政府系ファンドの運用に乗り出しているのも、一面ではドル安に対応する政策と考えられる。あるいは一部の産油国は自国通貨のドルに対するペッグ(釘付け)制を廃止する動きを見せているのも、こうした背景があるからである。もしドル価値が上昇するなら、産油国はあえて資産運用の分散化を考える必要はない。原油を初めとする一次産品価格の急騰は、需給関係の変化が直接の原因ではないのである。需給関係に基づくファンダメンタルズは長期的に価格に影響を及ぼすが、短期的な急騰を説明することはできないのである。

過去において何度もマルサスの「人口論」的な視点から食糧問題が議論されてきた。すなわち農業生産の増加率は人口の増加率に追いつかず、食糧供給が人口増加を規制するという考え方である。今、議論されているのは、こうしたマルサス理論をベースにしたものである。しかし、こうした議論に基づく予想はいずれも実現することはなかった。農業の生産性はまだまだ向上する余地がある。先に指摘したように、急激な農業生産性の高まりが農産物価格の下落を招き、農業投資の伸び率を低下させたのである。農産物価格上昇は、再び投資を刺激し、農業生産性の向上に結びつくだろう。しかし、それは長期的な議論である。短期的な農産物価格の上昇は、ドル金利やドル相場の動向から説明すべきである。

では一次産品価格はどう推移するのだろうか。少なくとも現在の価格水準は異常であることは間違いない。不作や低在庫、投機などの要因で均衡価格から大きく乖離していると考えられる。市場原理が働く限り、こうした要因はやがて剥落するものである。超価格は需要を抑制することになるだろう。その限りでは価格はファンダメンタルズに添った水準に落ち着いていくものと思われる。その限りでは超高値からの価格修正は十分にありうる。問題は、大きな価格上昇要因となっているドル相場の動向である。

ドル下落を阻止するにはドル金利を引上げるしか手段はない。それは同時にアメリカ経済の成長を鈍化させ、需要を減退させることになる。現状ではアメリカ政府がそうした本格的なドル防衛策を取る可能性は小さい。その意味では本格的な一次産品価格の調整が行なわれるには時間がかかるかもしれない。

2件のコメント »

  1. 大学の授業でアメリカ農業論をとっているので、この記事はとても参考になりました。ありがとうございました。

    質問なのですが、どうして穀物価格の変動の差は地価、原油価格、株価の変動よりも小さいのでしょうか?
    表を見れば、トウモロコシ、エタノールの先物市場の相違を見れば、結構推移していると思いますが、原油価格の推移に比べると変動の差は小さいように思えます。なにか理由があるのでしょうか?
    そして、先生が考える穀物価格を支える最大の要因とはなんだと思いますか?
    よろしければ、教えていただきたいと思います。

    コメント by 青木宏二 — 2008年11月26日 @ 17:48

  2. 自給率が大事です。

    コメント by 消費者金融 — 2009年2月26日 @ 17:58

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