中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/7/15 火曜日

ポールソン財務長官の金融制度改革案:FRBの権限強化で金融危機に対応

Filed under: - nakaoka @ 0:52

7月10日、ポールソン財務長官とバーナンキFRB(連邦準備制度理事会)議長が下院の金融サービス委員会で証言をしました。証言でポールソン財務長官は将来金融危機が起こるのを阻止するためにFRBの情報収集や行政権限を強化することを求めました。今回は時間の関係で同長官の証言内容を紹介できませんが、実は3月に同長官は大胆な金融制度改革案を発表しています。今回の証言も基本的には同改革案を下敷きにしたものです。ブッシュ政権の任期もあと半年になりました。新政権が誕生すれば金融制度改革に対する基本的な政策も異なってくると思います。その意味でポールソン案が実現する可能性は低いのですが、議会の中には今回のサブプライムローン問題は制度的な欠陥が背景にあったとの意見も根強くあります。細部では修正が行なわれるでしょうが、FRBの権限を強化するという方向は残るかもしれません。今回の記事は3月に書いたものですが、内容的には変っていないと思います。

サブプライムローン問題で始まった金融危機は、依然として解決の目処が立っていない。金融市場では投資家のみならず大手銀行さえ資金繰りが厳しくなるクレジット・クランチが発生している。RFB(連邦準備制度理事会)は大量の流動性を市場に供給し、同時に政策金利であるフェデラル金利の引き下げを進めてきた。しかし、市場の状況は改善の兆しを見せていない。4月13日にワシントンで開催されたG7のコミュニケでも、金融情勢の一段の悪化が指摘されている。またバーナンキFRB議長も議会証言で米国経済が今年の上半期にリセッションに陥る可能性を示唆している。

こうした状況の悪化に対して金融規制が十分でなかったとの批判の声も出ている。特に議会では有力議員たちがFRB批判を強めている。たとえばバニー・フランク下院金融委員会委員長は、FRBは94年に成立した「ホームオーナー・エクイティ・プロテクション法」で不健全な住宅ローンを規制する権限が与えられたのに十分に活用せず、今回のサブプライムローン問題を招いたと批判している。

そうした状況の下で3月31日、ポールソン財務長官は218ページに及ぶ「金融規制構造の近代化のためのブループリント」と題する規制案を発表した。ポールソン長官は「この提案は現在の金融危機に対応するためのものではない」と説明している。確かに財務省内で改革案の検討が始まったのはサブプライムローン問題が顕在化する前の昨年6月であった。米国の資本市場の競争力を強化することが議論の発端であった。しかし、サブプライムローン問題が深刻度を増すにつれて、米国の複雑で統一性の欠けた規制構造が明らかになってきた。同改革案はポールソン長官が言うように当面の危機に対する対策として出てきたものではないかもしれないが、現在の規制が不十分であったことがサブプライムローン問題を招いた事実は否定できない。それだけに改革が実現すれば金融規制構造が大きく変ることは間違いない。

今回の改革案は大恐慌以来、最も包括的な規制改革案であると言われている。米国の金融制度は複雑である。議会が国法銀行法を成立させたのは南北戦争の頃である。FRBが設立されたのは、1913年。ルーズベルト大統領はニューディール政策の旗印のもとに預金保険公社が設立さるなど、その時々の要請に応じてパッチワーク的に出来上がっている。
規制面では、国法銀行はFRBの監督の元にあるが、州法銀行や住宅ローン会社、保険会社は州政府の監督下にある。FRBだけでなく、通貨監督官も銀行業務を監督している。預金金融機関を監督する連邦機関は5つあり、さらに州政府レベルでの監督も行なわれている。証券業務はSEC(証券取引委員会)とCFTC(証券先物取引委員会)がそれぞれ証券市場と商品市場を監督し、さらに屋上屋を重ねるように州政府でも証券業務を監督する機関が設置されている。米国には英国の「金融サービス庁」のような中核的な機関は存在していない。横の連絡のないまま金融規制が行なわれていたことが、今回のようなサブプライムローン問題を引き起こしたと言っても過言ではない。いずれにせよ、統一性に欠け、重複した規制制度の見直しが必要になっていた。

「ブループリント」では短期、中期、長期の目標が列挙されている。短期的な目標としては、現在は形式的な存在である「大統領作業グループ」の権限を強化し、金融政策に関連する事柄を調整する機能を持つように提案されている。さらに住宅ローン金利の評価や各州の住宅ローン会社の許認可や規制に関する報告を行なう機関として「モゲージ・オリジネーション委員会」の設置も提案されている。

FRBの貸出機能の強化も謳われている。基本的にFRBから資金調達できるのは連邦準備制度のメンバーで預金金融機関に限定されているが、新提案では非預金金融機関にも借入の道を開くべきだとしている。これは今回の信用逼迫の教訓が反映しているものと推測される。その見返りとしてFRBは非預金金融機関に情報提供を求め、場合によっては立入検査を行う権限を付与するように提案されている。規制改革が実現すれば、FRBが住宅ローン会社などに対しても監督権限を持つことになる。

中期的な目標として、州法銀行の連邦機関による監督の強化が挙げられており、FRBか連邦預金保険公社のいずれかが州法銀行の規制見直しの研究を行なうように推奨している。保険業務に関しては、議会に直ちに財務省内に「保険監査局」の設置を認めるように求めている。同局は保険の国際業務や規制問題を担当することになる。「ブループリント」は、こうした改革によって保険業界の効率的かつ一貫した規制が可能になり、業界のイノベーションを促進することになると指摘している。

証券業務では大胆な提案が行なわれている。それは証券市場と先物市場の統合が必要であり、両業界の改革と統一した監督と規制を行なうべきだと提案している。そのためにSECとCFTCの合併が提案されている。

財務省は現行の規制は不十分であるとして、長期的目標として新しい規制構造は「マーケット・スタビリティ規制当局」「プルーデンシャル規制当局」「ビジネス・コンダクト規制当局」の3つの機能を持つ規制当局で構成されるべきであると主張している。具体的にはFRBが市場の安定を維持する責任を負い、他の連邦機関と協力して企業や市場の情報収集や情報開示を求める権限が与えられることになる。「プルーデンシャル担当当局」は、金融機関が十分な資本を維持しているか、投資限度を越えていないか、十分なリスク・マネジメントを実施しているかなどを監督する権限を持つことになる。「ビジネス・コンダクト規制当局」の大きな機能のひとつは「消費者保護」である。提案では、同機能はSECとCFTCの機能の大半を引き継ぐものであると説明されている。さらに同当局の役割は、消費者と投資家に十分な保護を与えることにあるとしている。

財務省は、短期、中期、長期と3段階に分けた規制改革を提案しているが、改革の核心は“FRBの機能”の強化にあるといって間違いない。ポールソン財務長官は記者会見で「FRBは金融制度全班にわたって資本、流動性、主要な業務を評価し、それが金融の安定に与える潜在的な影響を評価できるようになる」と説明している。要するに今までの制度と違い、FRBは商業銀行だけでなく投資銀行、保険会社、ヘッジファンド、先物業者などから情報を収集するだけでなく、金融市場の安定性に脅威となると判断した場合、金融機関に立入検査を行なうことができるようになるのである。

こうしたFRBへの権限集中に対して懸念を示すグループが存在する。米国の制度の最大の特徴は権力や権限の分散にある。権力の集中がチェック・アンド・バランスを崩す可能性がある。他方、他の国と比べると、改革が行なわれたとしても権限の集中は不十分であると主張するグループもいる。「ブループリント」の発表を受けて、今後、激しい議論が展開されるだろう。ただ今年は大統領選挙の年であり、来年1月に新政権が発足する。そうした状況では、短期目標さえ実現するのは難しいかもしれない。その一方で議会から厳しい規制を導入するよう圧力が高まっている。

ポールソン長官は「現在の金融市場の混乱が収まるまで金融規制の改革は実現しないだろうし、すべきではない」と語っており、改革案が実現するのかどうか、今の段階で判断するのは難しい。ただ、米国が新しい金融規制制度に向けて歩き始めたのは間違いない。

1件のコメント »

  1. サブプライム問題からファニー・メイ、フレディマックの
    問題に広がり米国の金融危機は予想以上ですね。グリーン・スパン
    も100年に1-2度とか言っていますね。ジョージ・ソロスも
    戦後最大の危機とか前に述べてましたね。昨年末にロンドンのPEのTerra Firma から本が贈られてきました。John Kenneth Galbraith 「The
    Great Crash 1929」でした。創業者のGuy Hands が書いた投資家向けのレターが同封されていました。愛読書で当時の状況が参考になるとの
    内容でした。読んだときに欧米人は今回の問題をかなり深刻
    に考えていると少し思いました。今年、数年先はもちろんタフ
    かも知れないが投資機会がかなりあるような文面でした。

    コメント by シギー — 2008年8月5日 @ 15:37

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