中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/1/26 月曜日

オバマ政権の景気刺激策を分析する:「アメリカ復興・再投資法」の内容

Filed under: - nakaoka @ 8:11

1月20日にオバマ大統領の就任式が行われます。しかし大統領就任前からオバマ経済チームは景気刺激策を検討してきました。1月8日、大統領選挙党戦後、オバマ大統領は初めて自らの経済政策を明らかにしました。具体的な数字には触れませんでしたが、総額で8000億㌦を上回る規模の景気刺激策を講じて、300万から400万の新規雇用を創出するという方針を示しました。アメリカ経済は急激に悪化しています。金融危機が起こった9月以降、12月までに失業者数は200万人も増えています。失業率も12月に7.2%となり、「このまま政府が何もしなければ失業率は二ケタ台になる」(オバマ大統領)見通しです。こうした急激な景気悪化を受けて、民主党は「2009年アメリカ復興・再投資法」を議会に提出しました。内容は総額8250億㌦で、個人と企業向けの減税が2750億㌦、公共事業が5500億㌦です。アメリカの2007年のGDPは約13兆㌦ですから、この景気刺激策はGDP比で約6%に相当します。ただ公共事業は数年にわたって行われるので、すぐにそのままの額が支出されるわけではありません。今回は下院民主党の提案した「アメリカ復興・再投資法」の内容を紹介しながら、その効果について説明することにします。なお同様の内容の法案も上院で提案され、順調にいけば2月中旬には成立する見通しです。下院案には減税に関する詳細な規定はなく、1月27日に上院財政委員会に「The American Recovery and Reinvestment Tax Act of 2009」が提案され、その中に詳細な減税案が盛り込まれています。その部分は別の機会に説明します。

【アメリカ経済の現状】
アメリカ経済は急激に悪化しています。経済成長率は、2008年は1%強程度に留まりそうです。2007年が2.2%成長でしたので大幅な落ち込みです。昨年の成長率の推移を見ますと、第1四半期が0.9%と低成長でしたが、第2四半期は2.8%と高い成長率を実現しました。これは「経済刺激法」に基づき1000億㌦の減税を行った効果がでたものです。しかし、減税効果は短期的で、第3四半期にはマイナス0.5%成長と再び急激な落ち込みを記録しました。第4四半期の数字はまだ発表になっていませんが、相当大きなマイナス成長になることは避けられないでしょう。2009年の第1四半期はマイナス5%になるとの予想もあります。モルガン・スタンレー証券は2009年の成長率はマイナス2.40%と予想しています。1960年以降、アメリカ経済がマイナス成長になったのは4度あります。74年のマイナス0.45%、75年のマイナス0.6%、80年のマイナス0.3%、82年のマイナス2.1%です。もし2009年が予想通り2.4%のマイナス成長になれば、アメリカは最も深刻な不況に見舞われることになります。

特に雇用問題が深刻になっています。リーマン・ブラザーズが破綻した9月以降、特に景気の落ち込みが鮮明になっています。それは雇用情勢に最も端的に現われています。非農業部門の総就業者数は9月から12月までに200万人減っています。2008年全体では260万人の雇用が喪失しています。これは1945年以来、最高の減少になります。12月の雇用喪失は52万4000人で、雇用減は12カ月連続になります。ちなみに11月の減少は58万4000人で、月間での減少数では1974年以来最高です。製造業部門では14万9000人の雇用削減が行われ、ビッグ3の経営危機もあり自動車メーカーや自動車部品会社で2万1000人の雇用が削減されています。建設部門では10万人強の雇用減少がありました。その結果、2006年のピークと比べて、90万人の雇用減になっています。従来、安定的だと見られていたサービス部門にも雇用調整が及んでおり、さービス部門で合計27万3000人の雇用が喪失しています。金融部門も大手金融機関で雇用調整が行われ、雇用数は1万4000人減っています。小売部門では6万6000人の雇用減がありました。消費者の買い控えでレジャー関係などでも2万2000人の従業員が解雇されています。日本では非正規雇用の解雇が問題になっていますが、アメリカでも同様で派遣社員は8万人以上減っています。唯一増えている部門は医療部門と教育部門で合計で4万5000人の増加となっています。

雇用調整が全産業に及んでおり、失業率も12月は7.2%になりました。4月の段階で5%程度でしたので、労働市場は急激に悪化しているといえます。戦後で最高の失業率を記録したのが1982年と1983年でいずれも9.5%でした。今年は予想では失業率は10%台にまで上昇する懸念があります。オバマ大統領も1月6日に行った演説で、「政府が何もしなければ、失業率は2ケタ台に上昇するだろう」と語っています。昨年の12月のFOMC(連邦公開市場委員会)でも、「失業率は“大幅に”上昇する」という報告が行われています。

【オバマ大統領の就任演説と経済問題】
アメリカの経済情勢、雇用情勢は日本よりも遥かに深刻なようです。1月20日にオバマ大統領は就任演説を行いました。その中でオバマ大統領は次のように経済について語っています。「我が国経済は極めて弱体化しています。それは一部の人々の欲望と無責任の結果ですが、同時に私たちが厳しい選択をすることや新しい時代にあった国家を作ることに失敗し結果でもあります。住宅は失われ、雇用は削減され、企業は倒産しています」。さらに続けて「経済情勢に対処するためには大胆で迅速な行動が必要です。新しい雇用を生み出すだけではなく、成長の基礎を作るためにも、私たちは行動しなければなりません。道路や橋梁、配電所、そして経済活動を促進し、私たちを結びつけるデジタル・ラインを建設します」と語っています。

1933年に誕生したフランクリン・ルーズベルト大統領は、金融危機を収め、様々な公共事業を展開し、SEC(証券取引委員会)を設置して株式市場での取引を規制し、労働組合の団体交渉権を認め、失業保険制度などを作り、アメリカ経済の枠組みを変えました。この政策は「ニューディール政策」と呼ばれています。オバマ政権にも「新ニューディール政策」を求める声があります。オバマ大統領も就任演説で「道路や橋梁を建設する」と語っています。長い間、メインテナンスされなかった道路や橋梁は相当痛んでいます。そうしたインフラの再整備を政策の柱の一つに掲げているのです。

では、具体的にどのような政策を実施するのでしょうか。既にオマバ政権の経済政策を実施するための法案が議会に提出されています。「アメリカ復興・再投資法(American Recovery and Reinvestment Act)」と呼ばれるものです。減税と公共投資を柱とする景気刺激策です。当初、民主党首脳部はオバマ大統領が就任するまでに議会で法案を成立させ、大統領の最初の仕事を同法案に署名することにする計画でしたが、1月6日に招集された新議会ではまだ具体的な議論は行われていません。が2月中旬までには法案を成立させたいというのがオバマ政権の意向です。オバマ大統領の首席補佐官のラーム・エマニュエルは「迅速な行動を取る必要がある」と繰り返し語っています。それは深刻化する危機をチャンスに変えて政策を実現すると同時に、現実の経済情勢が一刻の猶予もないことをしめしています。

【2009年アメリカ復興・再投資法の概要】

そこでオバマ政権の経済政策を理解するために、以下で「アメリカ復興・再投資法」の概要を説明することにします。法案は1月14日に下院歳出委員会に提出されています。同委員会では数週間にわたって同法案を審議する予定です。

デーブ・オベイ同委員長は法案の要約を発表していますので、それを元に概要を説明します。まず同要約は「経済は大恐慌以来の深刻な時代に直面している」と現状の厳しさを指摘しています。「信用は凍結し、消費者の購買力は低下し、この数カ月に雇用は200万人減少し、さらに300万人から500万人の雇用喪失が予想される」と分析しています。そうした事態に対処するために、300万人から400万人の雇用を創出し、再び経済成長を取り戻すために本法案は最初の重要なステップであると位置付けています。そして同法案は「経済回復のための減税2750億㌦、明確な優先順位に基づく投資5500億㌦」を柱とすると説明されています。さらに「同法案が成立しなければ失業率は12%近くまで上昇する。同法案が成立すれば、今後何年かにわたって巨額の財政赤字に直面することになる」と巨額の景気刺激策のもたらす財政赤字の拡大のリスクを指摘しながらも、景気刺激策の必要性を訴えています。ちなみにアメリカの2008年度の財政赤字は1兆㌦を超えています。

同法案の目的は「短期的には何百万人の雇用喪失を阻止し、経済を成長させること。長期的には、平均的な中産階級の所得を増やし、子供たちのための将来を構築することができるように必要な投資を行うことである」としています。

では具体的にどんな政策が盛り込まれているのでしょうか。8本の政策の柱が掲げられています。①クリーンで効率的なエネルギー開発、②科学と技術に基づく経済への転換、③道路や橋梁、交通、水路の近代化、④21世紀に向けた教育、⑤雇用創出のための減税、⑥医療費の削減、⑦失業で職を失った人の支援、⑧公共部門の雇用の確保です。

① クリーンで効率的なエネルギー開発=ここでは人々に雇用の機会を与えると同時に海外の原油に対する依存度を低下させること、風力などの再生可能なエネルギー供給を倍増すること、公共の建物のエネルギー効率を改善するための改築の推進などが挙げられています。具体的には電力の配電システムの改善や再生エネルギーの開発のために320億㌦、エネルギー効率を改善するための公共の建物の改築に160億㌦などが主な項目になっています。
② 科学や技術を使った経済への転換=科学者の研究助成と最先端技術部門での雇用創出を企業の国際競争力を支援することが目的である。研究所への助成金が100億㌦、企業の競争力を強化するためのインターネットのブロードバンドの整備に60億㌦を支出する。
③ 道路、橋梁、交通、水路の近代化=高速道路建設に300億㌦、公共インフラ整備に310億㌦、水質改善、食品管理、環境回復に190億㌦、交通渋滞改善に100億㌦などが主要な項目です。
④ 21世紀に向けた教育=地方の学校への助成金410億㌦、地方政府支援に790億㌦、学費補助に156億㌦、高等教育の近代化に60億㌦を支出。
⑤ 減税=アメリカ人の95%を対象に減税を行うと同時に、企業の投資促進のために2750億㌦の支出を行う。具体的には一人当たり500ドルの戻し税(一家族で1000㌦)、企業の過去の赤字の繰り延べ期間の延長、失業者を雇用した企業への補助金など。個人減税は1250億㌦、企業減税の総額は1500億㌦が想定されている。
⑥ 医療費の引き下げ=医療情報の情報処理のための技術開発に200億㌦、予防医療のために41億㌦を支出し、最も効率的な医療を実現する
⑦ 失業者に対する支援=失業給付金や職業訓練のために430億㌦、失業して保険料を払えなくなった人のために390億㌦の支援、貧しい人のための食券を支給するために200億㌦などが柱です。
⑧ 公共部門の雇用確保=州政府は財政難から雇用調整を行い、必要なサービスが提供できなくなる懸念があるため、州政府に財政支援を行う。低所得者向け医療の増加分を支援するために870億㌦、地方政府の治安対策などのために40億㌦を支出する。

【オバマ政権の財政刺激策をどう考えるか】
問題は、この財政刺激策に効果があるかどうかです。たとえば、ノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学のポール・クルーグマン教授は極めて批判的で、特に減税は行うべきでないと主張しています。同教授は失業保険制度や公的医療保険の拡充を行うべきだと、オバマ政権の刺激策を批判しています。

ヘッジファンドのマネジャーで億万長者でもあるジョージ・ソロスは米国市長会の会合で「アメリカ市民を支援するために刺激策は必要だが、現在提案されている刺激策では経済の悪化を食い止めることはできない」と厳しいコメントをしています。「経済は崖から落ちている。現状は1930年代に匹敵する。問題ははるかに深刻であることを認識すべきだ。アメリカは大恐慌の再来を阻止するために過激で非正統的な政策を講じるべきだ」と語っています。

オバマ政権が発足してまだ数日、本当に新ニューディール政策と呼べるものが出てくるのかどうかまだ判断できません。今提出されている8250億㌦の財政刺激策は非常に大きな額です。しかし、上で見たように特に目立った政策は見られません。「グリーン革命」などエネルギー、環境関連の政策も多く取り上げられていますが、即効性は期待できないでしょう。今後、議会で審議が進みます。議会はオバマ大統領に対して比較的好意的ですが、そのハネムーンがいつまで続か分かりません。ただ言えることは、オバマ政権は今の経済を回復させるための決定的な切り札を持っていないのではないかということです。

2件のコメント »

  1. こんにちは、いつも応援しています。
    今日はご挨拶だけしにきました。

    ブログの更新楽しみにしています!

    コメント by かなみ — 2009年1月31日 @ 23:01

  2. アメリカは苦しいのだろうけど、オバマさんが国民を奮い立たせているような・・・

    日本は閉塞感がありますが、アメリカは「ゼロからの出発。頑張るぞ。」っていう雰囲気がありますよね。

    日本も、根拠がなくても雰囲気を良くしてくれる人が現れるといいなぁと思います。

    コメント by 履歴書特技 — 2009年2月24日 @ 11:19

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