中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/6/29 月曜日

日米関係の新しい局面:衰退する日系アメリカ人、増加する中国系、韓国系アメリカ人の影響力

Filed under: - nakaoka @ 8:47

日本の世界的な存在感はますます希薄になってきています。特にアメリカ社会では、そうした傾向は顕著です。アメリカ社会での日系アメリカ人は数の上でも、社会的影響力でも明らかに衰退する傾向を見せています。そうした中で韓国系アメリカ人と中国系アメリカ人の存在感は強まっています。日米問題は、日系アメリカ人の存在を抜きに語ることはできません。日系アメリカ人の存在感が少なからず今までの日米問題に大きな影響を与えてきたことは事実です。しかし、そうした日系アメリカ人社会の衰退は、日米問題の将来に大きな影響を及ぼすかもしれません。それは同時に日本の対米政策の問題をも明らかにしています。日米双方でお互いに対する興味と関心が薄れています。従来とは違った観点から日米問題を取り上げてみました。なお以下の文章は、「選択」に寄稿した記事の元原稿です。

アメリカにおける日本の存在感はますます希薄になってきている。それは既に危機的な水準に達していると言っても過言ではない。アメリカを代表する日本研究家であるケント・カルダー・ジョンズ・ホプキンス大学教授は近著(『日米同盟の静かなる危機』)の中で「日本がワシントンを重視せず、アメリカも無関心だったことから、首都ワシントンの日米関係は静かであるが、危険なほど消滅している」と書いている。

ヒラリー・クリントン国務長官がアジア歴訪の最初の訪問国に日本を選び、共同記者会見の席上、「日本はアメリカのアジア政策の要石である」と語り、それを受けて中曽根弘文外務大臣は「クリントン国務長官が最初の訪問国に日本を選んだのはオバマ政権が日本を重視している証左である」と答えた。だがアメリカにおける日本の影響力の低下は目を覆うばかりであり、同時にアメリカの日本に対する興味の喪失には愕然とするものがある。

次期駐日大使人事は当面の日米関係の大きな焦点のひとつである。ジョセフ・ナイ・ハーバード大学教授が最有力との情報が流されていたが、まったく無名の弁護士であるジョン・ルースが指名された。これはオバマ政権の対日政策を象徴的に示す人事かもしれない。伝統的に駐日大使はアメリカの政界、学界、ビジネス界の大物の中から選ばれてきた。日本では言うに及ばず、アメリカでもまったく無名の人物が駐日大使に就任するというのは異例の事態である。

オバマ政権の閣僚の中に3名のアジア系アメリカ人が選ばれた。日系アメリカ人からエリック・シンセキが退役軍人長官に任命された。中国系アメリカ人から前ワシントン州知事のゲーリー・ロック前ワシントン州知事が商務長官、ノーベル物理学賞を受賞したスティーブ・チョーがエネルギー長官に任命された。シンセキ長官は日経アメリカ人としてはブッシュ政権(父親)の時に運輸長官に就任したノーマン・ミネタに次ぐ2人目の入閣であるが、中国系アメリカ人二人のポストと比べると、その重要性は低い。中国系アメリカ人としてはクリントン政権時代の司法次官のビル・ラン・リーやブッシュ政権(息子)のイレーン・チャオ労働長官、国務長官の補佐官のフィリップ・ユンなどがいる。

韓国系アメリカ人の影響力の増大も見られる。弱冠24歳でオバマ大統領の特別補佐官に就任したのは韓国系アメリカ人二世のユージン・クワンである。彼は1月のニューヨーク・タイムズ・マガジンで他の有力閣僚と並んで1ページの写真入りで「オバマ大統領が最も信頼する人物」として紹介されている。また次期最高裁判事候補に同じく韓国系アメリカ人二世のハロルド・コーン・エール大学法律大学院学部長の名前が挙がっている。最初の韓国系アメリカ人最高裁判事は実現しなかったものの、この一〇年、中国系アメリカ人と韓国系アメリカ人の活躍が目立つようになっている。

日本のアメリカ社会での影響力の低下は日本経済の低迷に加え、日系アメリカ人の政治的パワーの衰退もある。かつて日系アメリカ人は日系、中国系、韓国系アメリカ人なかで最大の数を誇っていた。それが政治的な力の基盤でもあった。80年まで日系アメリカ人の数は中国系アメリカ人を上回っていた。だが、現在では日系アメリカ人は中国系のみならず韓国系アメリカ人よりも少なくなっている。国勢調査局が行った2007年コミュニティ調査では中国系アメリカ人は353万人に達しており、続いて韓国系アメリカ人が155万人であるのに対して日系アメリカ人は122万人と中国系、韓国系アメリカ人の数を大きく下回っている。韓国系アメリカ人は70年から7年の間に27倍も増えている。

数は政治的な力の源泉である。しかも日系アメリカ人は中産階級化し、分散化しているのに対して中国系アメリカ人はチャイナタウンに、韓国系アメリカ人はコリアタウンに集中して暮らしている。したがって中国系、韓国系アメリカ人は選挙で大きな影響力を発揮することになる。そうした政治的影響力を行使した最初の例が、2007年の議会での従軍慰安婦に対する「日本批判決議」である。この決議案を扱ったのが下院外交委員会で委員長のトム・ラントス議員はカリフォルニア州の第12選挙区選出の議員である。同議長は、民主党リーダーのナンシー・ペロシ下院議長が賛成すれば同決議を採択すると語っていたが、ペロシ議員も同州の第八選挙区選出の議員である。

第8選挙区にはチャイナタウンがあり、中国系アメリカ人の有権者が多数存在している。また韓国系アメリカ人の数も多い。選挙区全体で白人が43%であるのに対しアジア系アメリカ人は29%を占めている。ラントス議員の選挙区も同様な比率である。要するにペロシ議員もラントス議員も中国系、韓国系アメリカ人の有権者を無視できなかったのである。

ロサンジェルスには日系アメリカ人が住むリトル・トウキョウがある。わずか数ブロックと狭い地域で、そこに住む日系アメリカ人の数は3万人に過ぎない。だがコリアタウンは13平方㌔という広大に地域にあり、韓国系アメリカ人の数は34万人に達している。

韓国系アメリカ人は90年代初以降、政治的なパワーの構築に積極的に取り組んできた。92年にロサンジェルスで黒人暴動があり、居住地域が重なる韓国系アメリカ人と直接対立する事態が起こり、韓国系アメリカ人はアメリカ社会の無関心さを痛感する。当時の新聞は政治団体韓国系アメリカ同盟のジェリー・ユーの「アメリカ人が冷淡な反応しかしないのは、我々韓国系アメリカ人に政治力がないからだ」という発言を紹介している。急激に増加する韓国系アメリカ人の勢力を背景に、彼らは着実に政治的なパワーを構築していった。韓国系の新聞は、その象徴的な勝利が従軍慰安婦問題での議会決議であったと指摘している。韓国系アメリカ人や中国系アメリカ人は単に彼らのアメリカにおける社会的地位のみならず、本国の政治的なメッセージをアメリカ社会に向けて発信する役割も積極的に担っている。

こうした中国系、韓国系アメリカ人の影響力の増大と対照的に日系アメリカ人の影響力は低下している。アメリカでは日本よりも中国や韓国に対する関心が高まっているのである。海外に留学しているアメリカ人の学生の数は2006年時点で中国に1万人以上(前年比25%増)であるのに対して、日本に来ているアメリカ人留学生は5012名(同13%増)に過ぎない。逆にアメリカに留学している学生の数では中国が第二位で8万人強(同20%増)、韓国が三位で7万人弱(同11%増)、日本は3万人強(同4%減)と日本からの留学生は減少している。

ハーバード大学では1998年まで日本人留学生が中国と韓国の留学生を上回っていたが、2008年には中国人学生が421名、韓国が305名であるのに対して日本人学生は107名に過ぎない。ブルキングス研究所などの研究機関でも日本専門家の数は激減している。他方、韓国国際交流財団は豊富な資金を背景に韓国専門家を要請し、大学での韓国関連講座を着実に増やしている。アメリカの日本に対する関心が低下しているのと同時に日本のアメリカに対する興味も大幅に退行しているのである。

『コリア・タイムズ』(2009年2月11日)は「韓国系アメリカ人のパワーは小さいが確実にアメリカの政治に影響力を与えつつある。韓国系アメリカ人は韓国のフロンティアである」と書いている。いつかユダヤ系アメリカ人のようにアメリカの政治に決定的な影響を与えたいというのが、韓国系アメリカ人と韓国政府の大きな戦略である。日本のアメリカにおける影響力の低下は、日系アメリカ人社会の停滞に加え、日本が明確な戦略を持っていないことが重なったためである。

3件のコメント »

  1. アムステルダム、ロンドン、シンガポール、香港に1990から2005年まで住み、現在東京に戻っておりますが、同感です。
    日本が肩で風を切っていた頃から目にしておりますので、この凋落は悲しいものです。
    どうしてこうなったのか、という分析はなされていませんでしたが、お考えをお聞かせください。
    小生は教育と考えております。
    1)製造業に適した「小さく前にならえ」教育の限界
    2)どうして日本がプレゼンスを(一時期は)持てるようになったのかの歴史教育の欠如(いつも第一次世界大戦の前くらいに終わる歴史)
    3)機会損失:これは、つまり、お金がある時に人間に投資せずにロックフェラーセンターを買ってみたりと空回りしたことや、せっかく1980年代に国外で育ってのびのびとした教育を受けた子供たちが帰国すると英語が喋れることを隠れキリシタンのように秘匿したり、英語の先生にわざと下手に発音したり、「変な日本人」とイジメられたり、と、せっかく異なる価値観を体験してきたのに悉く潰されてしまったことなど全てをさします。お金を持っていた頃に子供をスイスの学校に送るなど、中国人や韓国人の富裕層が普通にやっていることをバブル期の日本人がしなかったのは、それが国内では通用しない、あるいはマイナス(いじめ)になるからだと考えたからかもしれません。
    惜しいと思います。

    コメント by 戸田光太郎 — 2009年6月29日 @ 11:11

  2. アメリカへの留学生を増やせばよいと言う問題でしょうか?
    日系人達は本当に日本の国益になるように意思疎通の出来た人たちなのでしょうか?
    そもそもこれからもずっとアメリカが中心であり続けるのでしょうか、また、
    それが絶対的に良いことなのでしょうか。
    帰国子女というのはそんなに悪い目で見られていたとは初耳でした。
    日本への高感度と言うのは民間レベルでは世界的に上がり続けている印象を受けていますが、今のままでは本当に危機なのでしょうか?
    天邪鬼なコメントですが、率直に。

    コメント by 福原幸也 — 2009年7月1日 @ 05:10

  3. 言いたいことが多すぎて文章にすると何ページにもなってしまいそうなので要件だけ。

    中韓の増加は「変わらない社会環境」に見切りをつけて逃げ出す数が多いから

    日本のコンビには中韓人ばかり、自国で正社員になるより高収入だと聞きました。

    日本が出て行かないのは「苦しくても、我慢すればギリギリ生きていける」から

    一番の問題は日本人の「覇気の無さ」
    水から、ゆっくり温度が上がるナベに入ったカエルは
    ゆだって死ぬそうです。

    一方、欧米におけるアジア人が増え続けるのか?
    依然として人種差別の激しい白人は多く、これ以上増えるなら排除に向かうと思う

    板汚しごめんなさい

    コメント by 七誌 — 2009年7月17日 @ 07:38

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