中岡望の目からウロコのアメリカ

2009/7/14 火曜日

誰にでも分かる一番易しい金融の話(1):短期金利の決定と金融政策

Filed under: - nakaoka @ 20:02

金融の話はなかなかわかりにくいものです。「金利がどうして決まるのか」と聞かれて、すぐ答えることができる人は少ないのではないかと思います。教科書に書かれていることも陳腐化しています。たとえば金融政策には3つの手段があるとほとんどの教科書に書かれています。すなわち(1)公定歩合政策、(2)公開市場操作、(3)預金準備率の変更です。しかし、実際の金融債策では、公定歩合政策はもはやまったく意味がなくなっています。また預金準備率も金融政策としては同様に死語になっています。という具合に現実の世界はどんどん変わっています。今回はやや趣向を変えて、金利の決まり方と金融政策について書きます。これは「短期金利」と「長期金利」について2回に分けて説明します。今回は「短期金利」の話です。

【景気動向と金利情勢】
世界大不況にも底打ち感が出てきたというのが一般的な見方になっています。最近のG8などの国際会議でも、今までのように景気刺激策を論じるよりも、超金融緩和や財政拡張という政策からどう転換するかという問題が議論されるようになっています。日本政府は世界で最初に不況脱出宣言をすると意気込んでいます。日銀も同様に景気観を修正し始めています。そうした政策転換を巡る議論は「出口戦略(exit strategy)」と呼ばれています。要するに、どうすればインフレや過大な財政赤字という後遺症を残さないように景気刺激策をより中立的な政策に転換できるかが次の課題になりつつあります。ただ日本にせよ、アメリカにせよ景気回復といっても急激に積み上がった在庫調整が終わったことで、あまりにも急激に落ち込みすぎた生産がやや持ち直したに過ぎません。その意味では確かに今までのような急激な景気の落ち込みは底をついたのでしょうが、では生産がこれから急激に増えるかとなると疑問です。なぜならGDP(国内総生産)の60%から70%を占める個人消費が急激に回復する気配はないからです。まだ雇用調整は終わっているとはいえず、アメリカでも10%台にまで上昇することは避けられないとの見通しが強くなっています。一時、楽観的な見通しを述べていたオバマ大統領も、ここにきて再び慎重な発言に変わってきています。日本政府の楽観論もやや政治的な配慮があるようです。先行きを楽観視することで雰囲気を明るくしたいというのが本音かもしれません。景気は底を打ったといわれますが、むしろ場合によっては、再度、景気が落ち込むリスクは依然として存在します。

その最大のリスクが金利動向です。日本、アメリカ、イギリスは大量の国債を発行して景気刺激策を図ってきました。財政支出分は景気下支え効果を発揮することは確かですが、ただ政府が主張しているほど効果があるかどうかは疑問です。そうした中で黄色信号がともり始めたのが長期金利の動向です。莫大な財政赤字で投資家の国債購入が用心深くなったり、将来のインフレを懸念して、長期金利が徐々に上昇する兆しが出てきています。今回は、「金利の話」をまとめてみます。

【公定歩合は死語】
金利には「短期金利」と「中期金利」「長期金利」があります。定義でいえば、期間が1年未満の金利を「短期金利」と呼び、1年から10年未満を「中期金利」、10年以上を「長期金利」と呼んでいます。まず短期金利ですが、その中心となる金利は、中央銀行が市中銀行に貸し出す基準金利です。以前、この金利は「公定歩合(discount rate)」と呼ばれていました。しかし日銀は2001年以降、「公定歩合」という表現を使わなくなっています。日銀の説明では「1994年に金利自由化が完了し、“公定歩合”と預金金利との直接的な連動性がなくなりました。現在は、こうした連動関係に代わって、各種の金利は金融市場における裁定行動によって決まっており、“公定歩合”は2001年に導入された補完的貸付制度の適用金利として、日本銀行の金融市場調整における操作目標である無担保コールレート(オーバーナイト物、翌日物)の上限を画するやく割を担うようになっています。現在の日本銀行の政策金利は、無担保コールレートであり、“公定歩合”には政策金利としての意味合いはありません」ということです。その結果、現在は「公定歩合」の代わりに「基準割引率および基準貸付利率」という用語が使われるようになっています。

【金利自由化と金利】
規制金利の元では日銀が公定歩合を変更すると同時に、銀行は預金金利を同じ幅変動させていました。しかし、金利自由化後、銀行は自社の資金ポジションや資金コストの状況に合わせて預金金利を自由に決定することができるようになったのです。ただ、現実には銀行のよる預金金利の差はほとんどないのが実情ですが、基本は預金金利も自由金利になったのです。しかし、銀行は、従来は「公定歩合」で日銀から資金を借りることができました。2008年12月19日以降、「基準割引率および基準貸付利率」は0.30%です。「割引率」というのは再割引適格手形を割り引く(買い取る)ときの利率で、「貸付利率」は貸すときの利率です。貸し付ける場合、日銀は担保を取るのが普通です。

日銀の説明にあるように、政策金利は「無担保コールレート」です。現在の「無担保コールレート」の目標金利は0.1%です。アメリカの中央銀行であるFRBが設定している政策金利は0%から0.25%です。アメリカの場合、フェデラル・ファンド金利が政策目標の金利として使われています。フェデラル・ファンド市場は日本のコール市場に相当する銀行間の貸借市場です。なおイギリスの政策目標金利は0.5%です。日米は実質ゼロ金利であり、世界は超低金利の状況にあるのです。ここで少し「コール市場」について説明しておきます。「コール市場」は「銀行間市場(interbank market)」とも言われます。銀行は預金を集めて貸し出しをするというのがビジネスの基本です。しかし、現実には資金が余っている銀行と足りない銀行が出てきます。資金が余っている銀行は短期の運用として資金の足りない銀行の資金を融通します。何らかの理由で資金の足りない銀行は資金を調達しなければならないのです。たとえば、毎日膨大な額の送金や決済が行われます。決済のために手形が手形交換所を通して手形が回ってきます。その支払いに応じなければなりませんが、時には銀行間の決済をする資金が不足する事態も起こりうるわけです。いかに資金繰りを考えていても、その通りに行くとは限りません。そんなときは銀行間市場を通して他の銀行から借りることになります。不足額を日銀から借りてもいいのですが、それは銀行にとって不名誉なことで、最後の最後に借りることになります。そのため日銀のことを「最後の貸し手(lender of last resort)」と呼びます。

【預金準備率とは何か】
また銀行は預金額に応じて日銀に預金準備を預けなければなりません。銀行は預金準備を積む義務があり、そのため預金準備は「法定準備預金額」と呼ばれます。それは預金量の一定の比率で、銀行が日本銀行に持っている当座預金に預けていなければなりません。ただ毎日、厳格に準備率通りの法定準備預金を預けておく必要はありません。毎月の平均の預金額をベースに翌月の16日までに必要額を預金しておけばいいのです。資金が足りない銀行はコール市場から借りて日銀にある当座預金に振り込むことで法定準備預金を維持することがあります。この時にもコール市場が使われます。銀行間の決済はすべて日銀にある当座預金の資金の振り替えで行われます。なお預金準備率は1991年10月16日以降、定期預金の額が2兆5000億円以上の預金の場合が1.2%、1兆2000億円以上が0.9%、5000億円以上が0.05%です。

教科書では金融政策として「公定歩合政策」「預金準備率政策」「公開市場操作」の3つが説明されていますが、現実には既に説明したように「公定歩合政策」は政策金利として使われず、象徴的な存在になっています。同様に「預金準備率政策」もほとんど利用されていません。事実、1991年以降、預金準備率は変更されていません。蛇足ですが、中国の場合、銀行間市場がまだ十分に発達していないので預金準備率を帰ることで銀行貸し出しをコントロールしています。金融政策でもっとも頻繁に使われる(あるいは唯一の)手段は「公開市場操作」です。この「公開市場操作(open market operation)」は銀行を対象に行われます。銀行の持っている証券や国債を日銀が買う操作を「買いオペ」と呼んでいます。逆に日銀が持っている債券を銀行に売る操作を「売りオペ」と呼びます。日銀は銀行間市場の資金需給の状況を見ながら公開市場操作を行います。ただ公開市場操作がいつも金融政策のために行われるわけではありません。年末の資金需要が旺盛な時に、銀行に資金を供給するために「買いオペ」を行うこともあります。こうした季節需要に対応するためにオペを行うこともありますが、金融政策を実行するためにも行われます。なおトリビアですが、銀行間市場といっても株式市場のような具体的な取引の場があるわけではありません。通常、短資会社とよばれるブローカーを通して取引が行われます。それも電話で行われるのが普通です。これは為替取引も同様です。短資会社は銀行間の資金貸借だけでなく、為替取引でもブローカー業務を行っています。

【金融政策とは何か】
先に「政策目標金利」ということを書きました。現在の日銀の政策目標金利は翌日物の「無担保コールレート」で0.1%です。翌日物というのは、今日借りて、明日返済する貸借取引のことです。なおコールレートには担保付きのものもあります。もし銀行全体が資金不足の状況にあれば、受給関係から当然コールレートは上昇します。資金が余って貸したい銀行よりも資金が足りなくて借りたい銀行のほうが多いのです。もし市場で資金が足りないのであれば、日銀は政策目標金利を実現するために買いオペをして市場に資金を供給します。その時、日銀は政策金利の0.1%を実現するように資金供給をコントロールします。買いオペで手持ち資金が増えた銀行は日銀の当座預金に資金を預けておいても金利が付かないので、積極的に他の銀行に貸そうとします。あるいは自ら企業に対する融資を増やすかもしれません。逆に市場で資金が余っていると日銀は売りオペによって市場から債券や国債を購入します。それによって市場の余資は減り、コールレートは上昇します。こうして日銀が供給する資金はハイパワード・マネーあるいはマネタリー・ベースと呼ばれ、信用創造を通してマネーサプライを増やすベースになります。

日銀はデフレ対策として1999年2月に無担保コールレートの目標金利を0.15%にまで引き下げる「ゼロ金利政策」を実施しました。一時、日本経済が景気に向かったとして、ゼロ金利政策は2000年8月に解除されました。しかし、その後、景気は再び悪化し、日銀は政策の過ちを批判される事態も起こり、2001年3月に再びゼロ金利政策を始め、2006年7月に解除しました。要するに銀行は銀行間市場からコスト・ゼロの資金を調達できるわけです。単にコールレートだけでなく、預金金利も同時に引き下げられ、銀行にとって資金コストが非常に低くなりました。日銀はゼロ金利政策で銀行の貸し出しが増えることを期待したのですが、実際には企業の資金需要は出てこず、多くの銀行は国債を購入するなどして利益を上げることができました。結果的にはゼロ金利政策は銀行の収益回復に大きく寄与し、銀行の不良債権処理などで役に立ったのです。今回の世界不況の中で日銀とFRBはゼロ金利政策に踏み切っています。

なお金利はゼロ以下になることはありません。日銀の政策目標金利は0.1%ですが、これは取引手数料などが含まれているためで、実質はゼロ金利と考えても間違いありません。もし金利がマイナスなら、お金を借りれば利子をもらえるわけですから、現実には起こりえないことです。先に書いたように、本来なら銀行は安い資金を調達できれば貸し出しを増やすのですが、金利がゼロでも貸し出しが増えない状況を“流動性の罠”といいます。すなわちこれ以上、金利を下げることができないため、金融政策は無力になるわけです。

【預金金利と貸出金利】
金利自由化で預金金利は銀行の裁定で自由に決めることができるようになりました。特に大口預金では銀行の資金ポジションやコストの状況に応じて銀行はそれぞれ決めるようになっています。とはいえ、実際には大手銀行の預金金利の差はほとんどないのが実情です。ちなみに1年物の定期預金金利(2009年6月22日現在)を見てみますと、全国平均で0.275%です。全国で最高の金利は1.1%、最低金利は0.14%です。みずほ銀行や三菱東京UFK銀行など大手銀行はいずれも0.25%です。

銀行が企業に貸し出す時の基準になる金利を「プライム金利(prime rate)」といいます。「プライム金利」は1年未満の「短期プライム金利」と1年以上の「長期プライム金利」があります。「プライム金利」は日本語で「最優良企業への貸し出し金利」と言われます。最近時点(2009年5月8日時点)の「短期プライム金利」は最高値で1.725%、最低値で1.475%です。以前は「短期プライム金利」は「公定歩合」に連動していたのですが、1989年以降、大手都市銀行は資金調達コストをベースにしてそれぞれが独自に決めるようになりました。特にその時に対象となるコストはコールレートです。銀行によってコール市場で資金を借り入れる金利は信用度などに応じて違いがあります。したがって銀行によって「短期プライムレート」に差が出てくるのです。しかし、プライム金利で銀行から借り入れができる企業は限られています。貸し出し市場は自由市場であり、銀行同士の競争や企業の信用度で貸出金利は大きく違ってきます。

以上で短期金利の状況を説明しました。次回は「長期プライム金利」や「長期国債の利回り」などの「長期金利」について説明します。

2件のコメント »

  1. 撮影でお世話になりました、林です。先生のお話とブログはとてもわかりやすく、あれ以来欠かさず拝読しています。特に今回のようなニュースで耳にしているが実はよくわかっていなかった「金利」などへの解説がとても面白く、ああそういうことだったのか!と膝を打っております。今後も平易な解説をお願い致します。猛暑が続きますがご自愛くださいませ。

    コメント by 林 正人 — 2009年7月16日 @ 00:40

  2. [...] 中岡望の目からウロコのアメリカ » 誰にでも分かる一番易しい金融…割引率および基準貸付利率」という用語が使われるようになっています。 【金利自由化と金利】 規制金利の元で [...]

    ピンバック by 金融債 利率とブログの関係は・・ | 金融情報ブログ・ほんわかBEST — 2011年7月24日 @ 14:58

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