中岡望の目からウロコのアメリカ

2010/12/19 日曜日

急遽、再合意に至った米韓自由貿易協定の舞台裏

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11月にソウルで行われたオバマ・李首脳会談で米韓自由貿易協定の交渉が行われました。しかし、交渉は決裂。最初に協定が締結されてから3年余たっても両国で批准の見通しは立っていませんでした。首脳会談決裂で協定の先行きがまったく立たなくなっていました。ところが12月に入って急遽、両国政府は合意に達しました。今回は、その舞台裏を報告します。

 米韓両国政府は2007年4月に米韓自由貿易協定を締結した。多国間貿易協定による一律関税引き下げを目指すドーハ・ラウンドの行き詰まりを受けて、各国は二国間あるいは少数国の間で自由貿易協定を締結し、状況の打開を目指した。そうした動きの中で、世界最大の経済大国である米国と世界第七位の韓国の自由貿易協定の帰趨は、今後の世界の自由貿易協定の行方を占う上で注目された。

 だが調停から3年半を経過したにも拘わらず、両国の議会は同協定を批准していない。特に民主党が両院で多数を占める米議会の反発が強く、自由貿易協定の批准が危ぶまれていた。そうした中、オバマ大統領は今年の6月に11月にソウルで開催さるG20までに合意に到達するように指示を出した。だが、オバマ大統領と李明博大統領の首脳会談でも事態の打開は図れなかった。会談後、オバマ大統領は「交渉の決着には数ヶ月はかからない。数週間以内に合意に達するだろう」と楽観的な見通しを語り、交渉の継続を明言した。だが、両国の通商交渉担当者の交渉の予定すら決まらなかった。

 そうした状況の中で、急遽、11月30日と12月1日にメリーランド州コロンビアで交渉が行われることが決まった。当初予定を2日延長して交渉が行われ、12月3日、急遽、合意に達した。こうした急な事態の展開の背後に何があったのだろうか。

 朝鮮半島の緊張が合意を促進

 米韓自由貿易協定はブッシュ政権の元で締結されたものである。だが2006年の中間選挙と2008年の選挙で民主党が躍進。民主党議員の多くは米韓自由貿易協定に否定的であったため、ブッシュ政権は強引に同協定の批准を推し進めることができなかった。特に08年の選挙で民主党が両院の過半数を占めたこともあり、11月にブッシュ大統領は李大統領に書簡を送り、「保護主義への逆流と国内での反韓国感情のため自由貿易協定の批准が行き詰まっている」と、状況を説明している。

オバマ大統領も当選後の12月に「米韓自由貿易協定は現在の内容では支持しないし、同協定には致命的な欠陥がある」と批判的な発言を行っている。これは同協定に反対する労組や消費者団体の立場を受けたものである。ヒラリー・クリントン国務長官も民主党の大統領予備選挙の最中に、NAFTA(北米自由貿易協定)の見直しを主張したり、「ドーハ・ラウンドを含め新たな貿易協定はすべて反対する」と、極めて保護主義的な発言を行っていた。要するに“自由貿易(フリー・トレード)”よりも“公平な貿易(フエア・トレード)”を主張していた。

今年7月22日、109名の民主党下院議員がオバマ大統領に書簡を送り、協定の中の自動車と牛肉の自由化に関する内容を大幅に修正することを要求。さらに韓国の繊維、金融、投資分野において非関税障壁が存在し、アメリカの雇用に重大な影響を与えていると指摘し、韓国政府に対して協定の再交渉を要請した。AFL・CIO(米労働総同盟産別会議)など労働組合、さらに産業界でも自動車会社フォードが米韓自由貿易協定に批判的な立場を取っていた。

こうしたアメリカ国内の情勢を反映して米韓自由貿易協定の批准の見通しは暗かった。だが、オバマ政権の新通商政策で状況は急速に動き始める。高失業率に直面したオバマ大統領は雇用政策の一環として、今年1月に5年間で輸出を倍増する計画を発表した。その政策の柱は中国の人民元の切り上げにあったが、同時に米韓自由貿易協定の修正と批准も政策の目標となった。同協定は米韓の同盟関係の強化と同時に、アメリカのアジアでの通商政策のベースと位置づけられたのである。それまで米韓自由貿易協定に消極的だったオバマ政権の政策が大きく変わった。

オバマ政権は同協定の再交渉を求めるが、韓国政府は拒否。韓国政府を交渉の場に引きずりだすためにオバマ政権は再交渉を自動車と牛肉の二つの問題に絞り込んだ。だが、韓国政府はいかなる再交渉も拒否する姿勢を崩さなかった。6月にオバマ大統領はG20までに決着を付けるようにカーク米通商代表部代表に指示したものの、事務レベルでの交渉の日程はまったく決まっていなかった。要するに、ソウルでの首脳会談の失敗は予想されたものであった。

だが事態は急変する。11月23日に北朝鮮が延坪島を攻撃したのである。この事件の5日後、急遽、コロンビアでの事務レベルでの交渉の日程が決まる。朝鮮半島の緊張が米韓交渉に大きな影響を与えたのは間違いない。韓国政府のスポークスマンは「経済的なメリットに加え、同協定が米韓同盟関係を格上げする役割を果たした」と、状況の急激な変化の理由を説明している。ホワイトハウスの関係者も「北朝鮮の攻撃を受け、米韓の同盟分野だけでなく、経済分野でも深まった」と語っている。朝鮮半島の緊張の高まりで米韓両国は北朝鮮に対して両国の強固な同盟関係を誇示する必要があった。そのためにも、米韓自由貿易協定で対立するのは好ましいことではなかった。

交渉は当初の2日間の予定を延長して行われた。両国の交渉担当者はなんとしても妥協点を見いだす必要があった。もはや単なる経済問題を越え、両国の同盟関係を強化するという大きな課題が浮上してきたのである。

アメリカ側は自動車と牛肉という二つの要求のうち牛肉に関する要求を引き下げ、自動車分野での譲歩を韓国側に迫った。牛肉問題は李政権にとって極めて深刻な問題であり、妥協する余地の少ないであった。アメリカ側の求めてくる関税問題は、ある意味で李政権に対処しやすい問題であった。コロンビアの交渉の合意の中には自動車問題は含まれているが、牛肉問題には一切触れられていないのは、アメリカ側の政治的な配慮であった。両国政府は痛み分けすることで、なんとか妥協にこぎ着けることができたのである。北朝鮮の攻撃という事態がなければ、交渉はさらに長引いていたことは間違いない。

批准までにまだ障害がある

交渉の合意点は、韓国政府はアメリカ車の環境基準を緩和し、協定成立後即座に韓国車と自動車部品の対米輸出の完全を廃止するという当初の合意に対して、5年間、現行の2・5%を維持し、アメリカ車の対韓国向け輸出の関税は現行の8%から4%に引き下げ、5年後に廃止するように変更された。自動車貿易に関して、韓国側は自動車関税が撤廃されてから10年間、アメリカ政府が韓国車に対して韓国車の輸入が急増した場合にセーフガード(輸入制限)を発動することを容認した。ちなに、2009年の米韓自動車貿易は、韓国はアメリカに47万6833台を輸出しているのに対して、アメリカの対韓輸出は5878台である。米韓自由貿易協定に強硬に反対していたフォード自動車のアラン・ムラリー最高責任者は、妥協を歓迎するという声明を発表している。UAW(全米自動車労組)のボブ・キング委員長も組合委員の反対にも拘わらず妥協案を支持する声明を発表している。言い換えれば、今回の妥協の最大の勝者はアメリカの自動車産業であったといえる。これとは対照的に他の労組は批判的な立場を取っており、労働界も同協定を巡って分裂している。

米国際通商委員会は、同協定が批准されれば、関税廃止の効果だけでアメリカの対韓輸出は110億㌦増加し、数十万人の雇用効果が期待できると推定している。だが、リベラル派の研究所エコノミック・ポリシー・インスティチュートは、今後5年間で約16万人の雇用が減ると推定している。米韓自由貿易協定で増えるアメリカの対韓自動車輸出台数は5・5万台で、雇用にすれば800人に過ぎないという。オバマ政権が主張するような輸出増、雇用増という効果が期待できるかどうか判断できない。また民主党内でもボーカス上院議員(財政委員会委員長)は牛肉問題が処理されておらず、批准に対して否定的な声明を発表している。

オバマ大統領は年明け早々に議会に同協定の批准を求めると語っている。自由貿易協定に賛成する大多数の共和党議員と一部の民主党議員が賛成に回れば、批准される可能性は高い。また、協定の修正を禁止し、多数決で決まる“ファースト・トラック”が適用されれば、民主党の反対を押し切ることは可能である。ただ、これから2012年の大統領選挙を睨んで、両党とも様々な思惑で動くだろう。共和党はオバマ攻撃のために内政中心で議会運営を行うと予想される。民主党議員、市民団体など民主党の支持基盤の意向を無視してオバマ政権がどこまで突き進むことができるのか。米韓自由貿易協定を巡るドラマは、第3幕に移ったが、まだ幕引きには至っていない。

1件のコメント »

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