中岡望の目からウロコのアメリカ

2011/7/28 木曜日

崩れゆく”アメリカン・ドリーム”-限界に来た所得格差

Filed under: - nakaoka @ 0:22

最近、元アメリカ政府の高官だった友人夫婦と会食をする機会がありました。アメリカの団体の日本代表として日本に住んでおり、年に何度も帰国するとのことでした。そして彼は「アメリカに帰るたびに社会的な状況が悪くなっている」と語っていました。そして、「できるだけ日本にいるつもりだ」とも言っていました。確かにアメリカ経済の状況はあまり改善していません。社会的な問題も山積しています。国債発行限度額引き上げを巡る党派の争いは、ひどいものです。かつてのような輝きをアメリカ社会は失いつつあるようです。今回は崩れつつある“アメリカン・ドリーム”について説明します。

 ある報告が発表されました。代表的な調査機関ピュー・リサーチが行った「Wealth Gaps to Record Highs Between Whites, Blacks and Hispanics」と題する調査である。結論は白人と黒人、ヒスパニック系アメリカ人の所得格差が過去最大にまで拡大したというものです。2005年の白人家計の中位純資産額は13万4992㌦であったのに対してヒスパニック系家計の中位純資産額は1万8359㌦、黒人の中位純資産額は1万2124ドルであった。2009年には白人の純資産額は11万3149㌦と減少している。これは金融危機による株安や住宅価格の下落が響いているからである。これに対してヒスパニック系の家計の純資産額は6325㌦にまで減少。黒人家計の場合、5677㌦と同様に半分以下に減っている。

 減少率で見ると、白人家計は16%減、ヒスパニック系家計は66%減、黒人家計は53%減であった。金融危機とそれに続く不況がいかにアメリカ人の大きな影響を与えたか分かる。そのなかでヒスパニック系への打撃が一番大きい。いずれにせよ、白人家計もヒスパニック家計、黒人家計も大幅に資産額を減らしたわけだが、その結果、白人家計との間の資産格差はさらに大きく拡大しているのである。貧富の格差は、確実にアメリカ社会の基盤を蝕みつつある。

 アメリカ社会を道徳的に支えてきたのが“アメリカン・ドリーム”であった。アメリカン・ドリームには様々な定義がある。たとえば、「努力すれば誰でも巨万の富さえも得る機会がある」とか、あるいは「若い世代は確実に両親の世代よりも生活水準が上昇する」、「郊外に白いペンキを塗った家を持つ」という言葉で表現されてきた。そうした希望がアメリカ社会の活力になってきた。だが、今やアメリカで語られているのは、もはやアメリカン・ドリームは多くの人にとって遠い夢物語になりつつあるということだ。

 2001年3月29日に行われたメルマン・グループの調査では、「アメリカン・ドリームはいまでも存在していると強く信じている」と答えた人は86年の32%から17%に低下している。逆に、「もはやアメリカン・ドリーム存在しない」と答えた人は11%から17%に増加している。

 また、子供たちが経済的に成功する可能性は自分たちの世代よりも大きいと答えた人は40%。これに対して、可能性は小さいと答えた人は五52%に達している。子供たちは自分たちよりも高い生活水準を手に入れると考えている人は26%と比べると、自分たちよりも悪くなると答えた人は46%と圧倒的多数を占めている。アメリカ社会を支える価値観は、急速に崩れつつある。その最大の原因は、急速に進む貧富の格差にあることは間違いない。

 ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ・コロンビア大学教授は、貧富の格差では「アメリカはロシアやイラン並みになってしまった」(「ヴァニテフィ・フェア」、2001年5月号)と指摘している。現在、トップ1%の富裕層が国民の全所得の25%、富の40%を占めている。25年前は、その比率は12%と33%であった。過去10年間にトップ1%の富裕層の所得は18%増えたが、高卒の資格しか持たない労働者の所得は12%減っている。スティグリッツ教授は「こうした不平等は富裕層でさえ嘆くほどのものである」と、アメリカの貧富の格差の深刻さを指摘する。

 アメリカには「海水の水位が高まれば全てのボートも浮き上がる」という根強い発想がある。要するに社会が豊かになれば、全員が豊かになる。豊かさは全ての国民に恩恵をもたらす。ポール・クルーグマン・プリンストン大学教授は、戦後のアメリカの状況を「私が育った時代は“アメリカの中産階級”だった。その社会では極端な富裕層も貧困層も存在せず、友が広く社会に共有されていた。それは強力な労働組合と最低賃金制、累進課税があり、不平等の拡大を阻止していた」(2007年9月18日の『ニューヨーク・タイムズ』)と、良き時代のアメリカを語っている。

 だが、それは今や幻想になりつつある。貧困層は海底に取り残され、決して浮上することはないように見える。「不平等はアメリカ社会を至るところで歪めているのである」(スティグリッツ教授)。

 アメリカン・ドリームを支えてきたのは“中産階級の勝利”であった。また中産階級こそがアメリカ社会の中核を形成してきた。だが、貧富の格差の拡大と同時に中産階級の崩壊も始まっている。白人労働者は成人人口の48%を占める。その大半が高卒で、大卒労働者は10%を占めるに過ぎない。彼らは子供たちにアメリカン・ドリームを託し、懸命に働いてきた。だが、素朴にアメリカン・ドリームを信じるには、現実は彼らにとってあまりにも過酷な状況になっている。

 何がアメリカン・ドリームを壊してしまったのか。スティグリッツ教授は「経済学者は不平等の拡大を十分には説明できない」と断りながら、三つの理由を挙げている。まず労働節約的な技術革新で多くの中産階級、労働者の職が奪われたこと。次は、グローバリゼーションで海外の低賃金労働との競争を強いられたこと。そして、労働者の権利を守る労働組合の衰退である。ニューディール時代には9割を越え、80年代でも40%台だった組合参加率は現在では12%にまで低下している。しかも比較的高賃金の製造業の雇用の減少は続き、低賃金のサービス業の雇用が大幅に増えていることも、中産階級の所得減少の要因となっている。現在のアメリカの労働組合にはかつてのようなエネルギーは失われてしまっている。

 最も戦闘的と言われたUAW(全米自動車労組)も、GMなどの自動車メーカーの経営危機で完全に牙を抜かれてしまっている。GM国有化を実施した政府との交渉でUAWは新規採用の労働者の賃金の50%切り下げを認めさせられるなど、もはや労働者の権利を代表する力さえ失いつつある。その一方で業績を回復したGMのダン・アッカーソンCEO(最高経営責任者)は900万㌦の報酬を手にしている。ウイスコンシン州では、保守派の議員たちは公務員の団体交渉権を剥奪する動きを強め、それは他州にも拡大する様相を呈している。

 さらに貧富の格差の拡大を加速したのが、80年代のレーガン政権以降の税制政策と規制緩和政策であった。共和党政権はトップ1%に奉仕してきただけでなく、政党を越えて政治全体が富裕層の利益の代弁者になっている。

 スティグリッツ教授は「実質的に上院議員の全員と下院議員の大半がトップ1の富裕層に属し、彼らからの政治献金で議員の地位を確保し、議員を辞めた後も、彼らのお金で仕事にありついている。経済政策や通商政策に携わる政府高官もまたトップ1の富裕層出身なのである」と指摘している。トップ1の富裕層の権力を前提にアメリカ社会のシステムは動いており、貧富の格差は構造化されているのである。

 そうしたアメリカ社会に歯止めを掛けることを期待されて登場したのがオバマ大統領であった。ジャーナリストのピーター・グッドマンは「仕事なし、指導力なし、オバマの大きな失敗」(ハッフポスト・ビジネス、2001年6月3日)と題する記事の中で、オバマ大統領に与えられた任務は中産階級のアメリカン・ドリームを取り戻すことであったが、「落胆すべき失敗に終わった」と言う。

 選挙公約に掲げた富裕層の税優遇措置を廃止することもできず、アメリカン・ドリームのベースである住宅問題も解決することはできなかった。国民の反対にも拘わらず金融機関救済を進め、巨額の報酬も規制できなかった。大統領はトップ1%の富裕層の1人であり、その利益の代弁者に過ぎなかったのかもしれない。

 スティグリッツ教授は中東で起る民主化の動きを見ながら、「いつ民主化の動きはアメリカに来るのだろうか。重要な点で、我が国は遠い、問題を抱える国と同じような国になってしまった」と、歯止めの止まらない貧富の格差の拡大の深刻さを指摘している。来年の大統領選挙でオバマ大統領の命運を決するのは白人労働者の動向である。彼らは、どんな判断を下すのだろうか。

3件のコメント »

  1. 強力な累進課税,これはアメリカも日本も最早、遅かれ早かれ避けては通れない道だと思います。これによって貧富の差は縮小するものと考えます。アメリカの強力な累進課税はそもそも二次大戦やベトナム戦争の戦費といった大義名分があったと記憶します。現在は細かい戦争はありますが大規模なものが無く今一踏み込めていない部分があると思います。そしてそれが世界各国で政治のねじれ現象を引き起こしていると考えます。何か大きな戦争が起きるのではないかと非常に憂慮しています。昔も今も結局は人間のやることで、痛い目を実際に見ないと分からないというのでは困ったものです。勿論そんなことがないことを望んではいますが・・・

    コメント by ベトナム株 — 2011年7月28日 @ 03:16

  2.  オバマ大統領は「現在の混沌としているアメリカ」をどこに持って行こうとしているのか?「アメリカン・ドリームが消え失せた国」に期待することは幻想でしかないのか?(再移住はないのか?)
     海兵隊と空軍(パイロット)にエリートを結集して(陸軍の戦車操縦士は人気がないらしい)覇権大国=世界の警察官を自認してきたが、もはやそんな優秀な人材も他に転身していなくなったようだ。
     米国の司令本部の一室からゲーム感覚の遠隔操縦で(少年少女兵も参加して)無人攻撃機でアフガンのアルカイーダ兵士の潜む洞窟などをピンポイント攻撃して(誤爆もある)何人かを殺害しても、後から後から自爆テロは出てくる。ベトナム以来、物量と科学技術に物を言わせた軍事力だけでは敵国を有効支配できないことは明白だ(かといって反政府勢力養成によるクーデターも先行き不透明だ)。
     今後イラクとアフガンからの「名誉ある撤退」をした後は、中国・ロシアと共同演習をやりつつ存在感をアピールして組織延命を図るしかないのではないか。それにしても中国人民解放軍の人材養成はアメリカの轍を踏まない組織創りが徹底しているようだ。アフリカや中南米の援助もそうだが、欧米の有名大学の留学上がりの外交官も多いが、軍隊の前線中堅幹部将校にも配分が行き渡っている。この人口の多さ=層の厚さはなんとも驚異だ。ピンからキリまでいるが…一方アメリカ軍の再編成と戦略見直しも大変だろう。もはや「沖縄が優雅な休養基地」である時代は終わったのである。老兵は去るのみ、か。かつては祖国防衛の忠誠心に燃えた最貧層出身の黒人やヒスパニック系の心身ともに優れた将兵たちも、大義名分がなくなった今、存在感を失いつつあるのではないか? エンジンが旧式になった車は廃車になる運命でしかあるまい。「米国軍隊の再生・新戦略展開」が今後の米国いや世界の動向を占う注目すべきキーワードであるが、それは不可能…まずは休養充電が必要だろう。
     1%の富裕層による栄華も極まれりで、「おごれる平家も久しからず…」だ。しかし上部構造階級が歴史の表舞台から易々と消え去ることはあり得ない。逆に下部構造も心底困るのである。政治経済が不透明を増す現代。この混乱に満ちた過渡期の花道=幕引きをどう飾るか、一時撤退し将来どんな復活を果たすかに問題は移りつつある。新興諸国のIMFなどを通じたEU支援声明が出されたが、大した見得を切ったものである。それにしてもアメリカ国民全体が立ち上がる気力と情熱が残っているか?再度、奇跡のオバマ旋風が巻き起こるか? オバマと勝負できる共和党候補の登場か? ですね。

    コメント by 鈴木東吉 — 2011年9月23日 @ 21:46

  3. マグニチュード11、 震度8超級の 巨大地震その7: アメリカの春 続報2  \(>0<)/ (更新中)

    米大手メディアは多分意図的にあまり取り上げず、従って彼らの記事翻訳に徹する日本メディアの報道も少ないものの、 『アメリカの春』 が一過性のお祭り騒ぎとは到底思えません。先…

    トラックバック by 翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記 — 2011年10月4日 @ 12:02

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