中岡望の目からウロコのアメリカ

2012/10/28 日曜日

超低金利政策は本当に有効なのか

Filed under: - nakaoka @ 0:53
 

最近の経済政策を巡る議論は、「財政均衡」と「超金融緩和」の大合唱となっている。ノーベル経済学賞の受賞者であるポール・クルーグマン・プリンストン大学教授やジョセフ・ステフィグリッツ・コロンビア大学教授はいずれも、こうした風潮に批判的である。クルーグマン教授は、あたかも財政均衡を達成すれば景気が回復して、経済が再び成長するという考え方は間違っていると主張している。同教授は「地位の高い人々は財政赤字削減にいますぐ動かないと大災害がやってくるという黙示録じみた予言をするのが大流行になっている」と書いている。要するに、財政赤字を削減しないと“第2のギリシャ”になってしまうということだ。さらに財政緊縮こそが景気回復と経済成長に繋がるという理論(同教授は、それを拡張的緊縮政策=expansionary
austerity”
と呼んでいる)を支持する歴史的事実も統計的分析も存在しないと指摘している。

 

  財政政策だけでなく、金融政策についても、同様なことが言えるのではないだろうか。今や世界では、不況を脱するには「ゼロ金利政策」と「量的緩和政策」を合わせた“超低金利政策”が必要だという主張が蔓延している。IMFを中心とする国際機関のエコノミストはこぞって超低金利政策を主張し、これに呼応するようにアメリカのFRB(連邦準備制度理事会)もゼロ金利と量的緩和政策の継続を決め、さらに金融緩和措置を講ずるとみられている。日本も同様で、日本銀行も同様な動きを見せている。

 

  9月13日、FRBはQE3(第三次量的緩和政策)の実施を発表した。その内容は毎月400億㌦の住宅担保証券を無制限に買い続けるというものである。日本銀行も9月19日に2010年に創設された「包括的な金融緩和政策」を拡大し、資産買入資金を10兆円増額して、80兆円にすると発表した。日銀は、さらに金融緩和を進めることを検討している。 

 

 問題は、超金融緩和政策が効果を発揮しているかどうかである。これに関して10月5日に行われた記者会見での白川方明日銀総裁の発言が注目される。同総裁は金融緩和の効果の第一段階は金利低下と銀行の貸出行動、第二段階は貸出しを通しての実体経済への波及を経て現われると指摘している。そして、同総裁は、金利低下という第一段階は順調に進んでいるが、「極めて緩和的な金融環境を利用して、活溌な投資や支出が行われているかというと、残念ながら、そうした状況にはなっていません」と発言している。超金融緩和政策の実態経済への目立った波及効果は見られないということである。 

 

 日銀による公開市場操作を通して巨額の資金を供給することで“過剰準備”を作り出し、それが銀行の貸出しを促進するというのが通常の理論である。だが、銀行のバランスシートを見る限り、貸出し(マネーサプライ)は増えず、国債の保有残高のみが急増しているのが実情である。企業は、低金利によって調達コストが低下したからといって、借入をしてまで投資を増やす状況にはない。銀行が貸したいと思っている企業は十分な手元資金を持ち、銀行から借りたいと思っている企業はリスクが高いという理由で、銀行から資金を借りることができないのである。 

 

また、金融政策の限界を示す言葉に「馬を水場につれて行くことはできても、馬に水を飲ませることはできない」というのがある。水を飲むかどうかは、馬が決めることである。銀行がいかに金利を下げても、過剰生産能力を抱える企業が敢えて借入を増やしてまで設備投資をするはずがない。それは白川総裁が指摘している通りである。 

 

では、超低金利政策の恩恵を最も受けているのはだれであろうか。それは銀行で、無コストの資金を借りて国債投資をすれば労せずして巨額の利益を計上することができるのである。同じ現象が米国でも見られる。極論すれば、日銀が供給した低利の資金を使って銀行は国債を購入し、さらに銀行は保有する国債を日銀に売り、それがさらに銀行は低利の資金を使って国債を購入するという循環が起こっているのである。これは日銀による国債の“貨幣化”である。こうした循環が続く限り、政府は低利で国債を発行し続けることができるわけである。 

 

では最大の“犠牲者”は誰か。預金者である。ウィリアム・フォード前アトランタ連銀総裁はQE3に反対して、「長期にわたる異常な低金利は利子収入に依存している年金生活者や一般の人々の生活を極めて困難なものにしている」と指摘している。さらに超低金利政策で2560億㌦の消費が失われたという試算を発表している。要するに、超低金利政策は富を家計部門から金融部門に移転させたに過ぎないのである。超低金利政策は、家計部門にとって増税に等しい。 

 

現在、日本の預金総額は1219九兆円ある。この膨大な預金に利息が支払われていない。少しでも銀行預金を持っている人は、利息の少なさに唖然としているはずである。かり0・05ポイント金利が上昇するだけで61兆円の金利収入が発生することになる。これは家計部門から見れば“減税”に相当する。ゼロ金利政策よりも遙かに消費を刺激する効果を発揮するだろう。また消費刺激こそが最も有効な景気対策であり、デフレ対策である。 

 

長期金利が上昇したら、国の利払い負担が増えて大変なことになるとの反論もある。逆に言えば、労せずして低金利で国債の発行ができることが、政府の行革に対する取り組み姿勢を甘くし、放漫な財政政策を許しているとも言える。“市場の規律”こそが、本当の意味での財政均衡を実現させるのではないだろうか。日銀による国債の貨幣化は、将来、大きな問題を引き起こす可能性もある。また、超低金利政策と量的緩和政策で円高を阻止するとの議論もあるが、その政策が長期的な効果を持つとは思えない。 

 

いずれにせよ、超低金利政策と量的緩和政策は益少なく、害多い政策と言わざるを得ない。そろそろ超低金利政策の限界を認識し、金融政策の転換を考える時ではないのだろうか。長期の金利は実体経済の資金需給とインフレ率によって決まるもの。“非伝統的金融政策”から、“正統的金融政策”に戻るべきである。

 

 

7件のコメント »

  1. [...] 中岡望の目からウロコのアメリカ » 超低金利政策は本当に有効なのか 最近の経済政策を巡る議論は、「財政均衡」と「超金融緩和」の大合唱となっている。ノーベル経済学賞の受賞者 [...]

    ピンバック by 【経済】 日本共産党の志位委員長と問答を交わした 2012年10月28日 昼刊 | aquadrops * news — 2012年10月28日 @ 12:01

  2. [...] 中岡望の目からウロコのアメリカ » 超低金利政策は本当に有効なのか 最近の経済政策を巡る議論は、「財政均衡」と「超金融緩和」の大合唱となっている。ノーベル経済学賞の受賞者 [...]

    ピンバック by 【経済】 日本共産党の志位委員長と問答を交わした 2012年10月28日 夕刊 | aquadrops * news — 2012年10月28日 @ 17:01

  3. ・足下の金利が低くても将来(借り換え時)に上がる予想があればおちおち設備投資などできなくて当然。だからこそ、将来の金融政策に対する期待の形成における不確実性を小さくするため、しっかりとしたインフレターゲットなどが提言されている。

    ・銀行の国債投資の利益は長短スプレッドによる。カーブのフラット化を進める(ゼロ金利下での)低金利政策は銀行にとって不利。

    ・預金者(消費者)の所得効果だけに着眼しても無意味。資産効果や、あるいは代替効果に伴う総需要拡大の影響(合成の誤謬の逆…みんなが消費を増やせば、今期にたくさん使っても貯蓄・将来の消費は減らないで済む)によって預金者(消費者)が有利になる効果を合わせて考えなくてはならない。

    コメント by yasu — 2012年10月29日 @ 00:59

  4. 最後の方が曖昧で、結局のところ最終的なご主張がわからなかったのですが、
    「“正統的金融政策”に戻るべきである。」と最後に書いてあるので、文脈からすると、
    「公定歩合を引き上げろ」と言いたいのでしょうか?

    だとすると、それは大いなる間違いであると言えます。
    理由は、
    「0・05ポイント金利が上昇するだけで、61兆円金利収入が発生する」とおっしゃっておりますが、金利の引き上げは、資金を預金に誘発し、固まって動かない預金が更に動かなくなる要因となります。
    また、逆に、5%もの金利を引き上げるという事は、マネーストック大幅減少の要因となってしまいます。
    よって、これらの事に言及せず、金利上昇を求めるのは、片手落ちの理論と思います。

    また、中岡氏ご自身で
    「長期の金利は実体経済の資金需給とインフレ率によって決まるもの。」と明記してらっしゃいます。おっしゃる通りと思います。
    現在の低い金利は、実体経済の需要不足による結果です。
    日銀が下げたのではありません。需要が無いから日銀が下げたのです。
    よって、金利を引き上げる行為は、資金需要の更なる減少を引き起こし、景気を更に悪化させてしまう愚行と言えます。
    デフレを脱却し、マイルドなインフレになって行けば、自然と金利は上昇して行きます。

    あともう1点、
    「いずれにせよ、超低金利政策と量的緩和政策は益少なく、害多い政策と言わざるを得ない。 」
    と書いてありますが、それもまた違うと思います。特に量的緩和政策について。

    現在、日銀の小出し追加緩和に反応するように、BEI (ブレーク・イーブン・インフレ率)が、本年より、マイナスからプラスに転じています。この事に注目しないで「量的緩和に効果無し」と言い切るのは問題であると思います。

    デフレの場合、名目金利が低くても、インフレ率のマイナス度合いによっては、実質金利がプラスになる場合があります。まさに、今の日本がこれに当てはまると思います。
    日本は今、実質金利が米国より高い状態にあります。
    そして資金は、実質金利が低い通貨から、実質金利の高い通貨に流れていきます。至極当然な流れです。よって、今の円は独歩高で一人歩きをしております。

    しかし、昨今の小出し緩和により、上記のように、BEI がプラスに転じて来ております。
    期待インフレ率の増加、つまり、実質金利の下落を示唆しております。
    市場はそれを見逃さず、少しずつ円を手放し始めました。先日の追加緩和及び追加緩和予測で、10月の円相場の動きは更に活発になってきております。
    そして、この動きにより、株価が大きく上ブレしました。
    これは、量的緩和の効果以外何物でもないと思います。

    デフレ不況により資金需要が少ないので、量的緩和を行なってもマネーサプライがなかなか増加しないのは当然の事と思います。それを否定するつもりはありません。

    ただ、量的緩和で波及効果が無いと言いきるのは大きな間違いであると思います。
    なぜならば、この、
    ( 量的緩和→期待インフレ率増加→実質金利低下予測→円安→株高 )
    という、金融緩和の第2のルートを見逃しているからです。

    この第2のルートは、どんなに資金需要が冷え固まっていても即座に反応をします。
    そして、量的緩和を続けていけば、予測通り、実質金利は低下していきます。そうすれば、安定した円安に誘導でき、安定した株高に持ち込む事が出来ます。

    よって、この第2のルートに言及無くして、量的緩和を批判するのも、また、片手落ちの批判と言えると思います。

    コメント by bando — 2012年10月29日 @ 15:45

  5. これは落ちたウロコが目に戻ってくるぐらいに、読者を惑わす記事ですね。
    まず、あなたの問題は財政政策を完全に無視した金融政策理論を語っていることです。
    金融に明るくない私でも問題が有ると思います。

    >超金融緩和政策の実態経済への目立った波及効果は見られないということである。
    金融緩和すれば直ぐに実体経済への影響が出るとは考えられません。
    しかも金融政策決定会合のリーク問題があり、実体経済への影響が出る以前の問題ではないでしょうか?

    >金融政策の限界を示す言葉に「馬を水場につれて行くことはできても、馬に水を飲ませることはできない」というのがある。水を飲むかどうかは、馬が決めることである。
    ですからそこで財政政策が必要となります。何故金融政策だけで物事を考えるのですか?

    >かり0・05ポイント金利が上昇するだけで…(中略)…消費刺激こそが最も有効な景気対策であり、デフレ対策である。
    私は金利が0.05ポイント上がっただけで消費を増やすという発想はありませんが、あなたの家庭は0.05ポイント上がった金利で何を買われますか?

    コメント by ちょ~し — 2012年11月5日 @ 18:13

  6. 日銀はいつ、超金融緩和を実施したのでしょうか?
    80兆円が超金融緩和でしょうか?
    FRBはQE1とQE2だけでも、2.3兆ドルを実施しており、日銀の蚊みたいな金融緩和を超金融緩和といわれてもFRBに失礼です。
    さらに、日銀白川総裁の発言の「極めて緩和的な金融環境を利用して、活溌な投資や支出が行われているかというと、残念ながら、そうした状況にはなっていません」に対しても、
    そりゃ、こんな日銀の金融緩和では、誰も見向きもされません。
    一度、日銀・FRB・イングランド銀行3つの金融緩和を見比べて再度、投稿されてはいかがでしょうか?

    コメント by Ace — 2012年11月7日 @ 22:09

  7. これは、中岡望さんの「妄想」記事でしょうか?実際に起こったことの検証をなぜしないのでしょうか?

    >超低金利政策と量的緩和政策は益少なく、害多い政策と言わざるを得ない。

    なぜ、IMFを中心とする国際機関のエコノミストはこぞって超低金利政策を主張しているのでしょうか?中岡さんが主張する益が少なく害の多い超低金利政策と量的緩和政策をアメリカでは「3回」もするのでしょうか?アメリカのエリートがそんなに「アホ」とは思えませんけど。
    これを言うとあくまで記事は「日本のこと」でアメリカのことではないと言うかもしれません。日本も10年前は超低金利政策と量的緩和政策やってました。当時は、円安になり株高になり好景気になりました。これで益が少なく害が大きかったですか?

    >0・05ポイント金利が上昇するだけで61兆円の金利収入が発生することになる。
    >“市場の規律”こそが、本当の意味での財政均衡を実現させるのではないだろうか。

    ゼロ金利や量的緩和をしてた時の後半は財政収支がどんどん改善していきました。
    逆にゼロ金利をやめた現在財政収支がよくなっていません。
    あと、お訊きしたいのですが、デフレの中で無理やり0・05ポイント金利を上昇させてデフレ脱却した国、または財政収支が改善した国は実在したのでしょうか?もしくは確証でもあるのでしょうか?

    ただ長岡さんの記事で最後だけはものすごく良いこといってます。
    「長期の金利は実体経済の資金需給とインフレ率によって決まるもの。」
    現在デフレなので、実体経済の資金需給は「ほとんどない」インフレ率は「マイナス」になることもある。
    長期の金利は実体経済の資金需給とインフレ率によって決まるなら、現在のデフレ日本は長期の金利はマイナスにしないと正統的金融政策とはいえませんね。

    コメント by やすひろ — 2012年11月8日 @ 22:44

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