中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/2/1 火曜日

アメリカ経済が高成長を持続する秘密はどこにあるのか:2005年も4%前後の成長を確保

Filed under: - nakaoka @ 10:03

私は、経済記者として長年、アメリカ経済の分析や見通しを書いてきました。ただ、最近、どうも見通しが当たらなくなっている気がします。経済学の”常識”をベースに考えていると、どうしても経済動向を正確に予測できないことが多かったようです。マイナス要因がたくさんあるのに、結果的にアメリカ経済は順調な拡大を続けています。このところずっと、本ブログでは政治問題を取り上げることが多かったので、今回はアメリカ経済に目を向けてみたいと思います。「双子の赤字」すなわち財政赤字と貿易赤字ばかりを見ていては、アメリカ経済の現状を理解するのには不十分な気がします。そこで、ちょうど1月31日に「個人所得統計」が発表になったので、それを踏まえてアメリカ経済の見方に付いて書いてみます。その前にアメリカ経済の見通しに関する少し興味深い話を紹介します。

年初になると調査機関や金融機関の調査部が様々な予想を発表します。私が楽しみにしている予想の一つにモルガン・スタンレー証券のエコのミストのバイロン・ウィーン氏の「10のサプライズ」であります。今年の“サプライズ(予想外の出来事)”にも結構面白いものがありますので、その幾つかを紹介することにします。

最初の“サプライズ”は「石油価格の動向」です。同氏のサプライズ予想では、原油価格は一時バーレル当たり30ドルまで下落するが、需給不均衡と輸送上の問題で再び60ドルまで上昇するというものです。この“サプライズ”が実現するなら、今年も世界経済は原油価格の動向に振り回されることになるでしょう。OPECが減産を検討していましたが、このところ原油価格は強含みで推移しており、減産見送りを決めたのも不気味です。

二つ目は、為替相場の“サプライズ”です。ブッシュ政権は強いドルを支持すると口では言っていますが、実際は相場の決定は市場に委ねるとして“ビナイン・ニグレクト(慇懃な無視)”政策を取っています。本気でドル安を阻止する気は、見られません。その結果、同氏のサプライズ予想では、ドル相場は対円で85円、対ユーロで1.5ドルまで下落すると予想されています。同氏に限らず大方のアナリストやエコノミストは、今年、1ドル=100円の大台を割り込む円高相場を予想していますが、さすがに80円台の大胆予想をするエコノミストはいないようです。もし、その予想が実現すれば“大サプライズ”であることは間違いありません。

もし大幅なドル下落があれば、当然FRB(連邦準備制度理事会)の金融政策にも影響を及ぼすことになります。そこで、三つ目の“サプライズ”は、ドル下落を受けて日本と中国が外貨準備の財務省証券での運用を減らすため、10年物の財務省証券の利回りは6%にまで上昇するというものです。この長期金利の上昇は、住宅投資や設備投資に影響を及ぼすでしょう。また、同氏は、フェデラル・ファンド金利も年末までに4.25%にまで引上げられるというサプライズ予想をしています。ちなみに同金利は昨年、1%から5回にわたって引き上げられ、年末には2.25%になっています。ただ、このサプライズ予想も序の口で、同じモルガン・スタンレー証券のチーフエコノミストのスチーブン・ローチ氏は、同金利は5%にまで引上げられる可能性があるとさらにサプライズは指摘をしています。ローチ氏は私が敬愛する数少ないエコノミストの一人です。個人的な付き合いもあり、一昨年、彼の最初の本を作ったのも私です。彼の素晴らしいところは“理路整然と間違える”ところにあります。適当に辻褄あわせをするエコノミストが多いなかで、彼の論理展開は実に面白く、魅力的です。

“サプライズ”予想通り長期金利が上昇し、フェデラル・ファンド金利が2ポイントも引き上げられれば、株式市場に大きな影響を及ぼすことになります。そこで四つ目の“サプライズ”予想は、「金利上昇」「ドル安」「投資家の過剰な楽観論の反動」から、順調な経済成長にもかかわらずダウ工業株価は2004年と同じ水準で取引を終ることになるというものです。ダウの昨年末の終値は1万0783ドル、年間に355ドル値上がりしています。その予想では、2年あまり続いた株高は終ることになるというものです。

米国の株式市場と関連して日本株の“サプライズ”予想は、日本経済が再び景気後退の局面に直面し、日経225は再び1万円台にまで下落するというものです。

以上はあくまで“サプライズ”予想すなわち“予想外の出来事”であり、その蓋然性は必ずしも高いとはいえないかもしれませんが、面白い見方です。では、今年のアメリカ経済の先行きはどう予想すればいいのでしょうか。

アメリカ経済は、依然として順調な拡大を維持しています。第4半期の実質成長率は4%以上になると予想されており、年間ベースで約4%に達すると見られています。今年の予想はどうでしょうか。景気循環的にみれば、ピークを打ち、下降局面に入りつつあると思われます。しかし、コンセンサス見通しでは、昨年より若干減速するものの、3.7%を達成すると見ています。要するに、減速しても、その程度は軽微というのが、一般的な予想のようです。中にはスミス・バーニー証券のように4.0%成長と強気の予想を出しているところもあります。ちなみに同社の予想では、日本の成長率は1.0%(昨年は2.7%予想)、ユーロは1.7%(同1.8%)で、依然としてアメリカと他の先進刻業国の成長率は拡大しそうです。

私は、どちらかというとアメリカ経済悲観論を主張してきました。たとえば、今年はアメリカの景気回復を支えてきた減税効果はなくなり、FRBは金利正常化を進めており、今までのような低金利効果は期待できないでしょう。ブッシュ政権は減税の“恒久化”を主張していますが、財政赤字の拡大もあり公約通り実現するかどうかは不透明です。原油高も、予断を許さない状況です。個人部門も債務残高が高水準に達しており、今までのように個人消費が景気を牽引できるかどうかも疑問です。イラク戦争に関連する地政学的なリスクも依然としてあります。こうしたマイナス要因を重視すれば、アメリカ経済の高成長はピークを過ぎ、2005年の成長率はかなり鈍化しても不思議ではないという印象を持っています。

しかし、こうしたマイナス要因にもかかわらず、アメリカ経済が4%前後の成長を実現する要因は一体何なのでしょうか。多くの予想が前提としている最大の成長要因は、個人消費の好調が続くということです。確かに今までの成長は“個人消費主導”でした。2004年の成長の「寄与度」を見てみると、第一四半期の成長率4.49%のうち、個人消費の寄与度は2.90%でした。実に成長の64%は個人消費の伸びによってもたらされたものです。第2四半期の成長率は3,30%で、個人消費の寄与度は1.10%とやや低下(33%)しましたが、第3四半期になると再び個人消費は盛り返し、成長率4.0%に対して個人消費の寄与度は3.57%でした。実に成長の89%は個人消費の伸びによってもたらされたのです。

なぜ個人消費がそんなに旺盛なのでしょうか。その根拠として、減税や株高による“資産効果”によって可処分所得が増加していることが指摘されています。また、住宅価格の上昇で“ホーム・エクイティ”が増加し、債務が高水準にあるにもかかわらず、個人の借入能力が高まっているという指摘もあります。さらに、雇用情勢の改善が続いていることも、個人所得を増やし、それが個人消費を支えている面も否定できません。企業は雇用意欲を強めつつあり、従来の“雇用増なき景気回復”から就業者数は増加傾向にあります。昨年の月間の雇用の平均純増は18.6万人でした。今年は、その水準を上回ると見られています。したがって、2005年の成長予測も、雇用増で家計所得が増加し、消費が増えるというのがシナリオとなっています。

では個人消費は、今年はどの程度伸びるのでしょうか。スミス・バーニー証券は、個人消費支出は昨年の3.7%増に対して今年も3.8%増になると予想しています。民間の調査機関コンファレンス・ボードの調査も、消費者の購買意欲は旺盛であると、この強気の見通しを裏付けています。事実、昨年のクリスマス・セールスは前年を上回る売上を記録しています。年が明けても、その基調は続き、自動車販売も予想を上回っています。前年比12.8%増と急増した企業の設備投資は約7%と大幅に落ち込むと予想されるものの、個人消費の伸びで4%前後の成長は可能だとみています(弱気ではメリルリンチ証券のロバート・ロール氏は個人消費の減速で成長率は3.5%に低下すると予想しています)。

こうした見通しを裏付ける「個人所得統計」が1月31日に発表になりました。それを簡単に紹介します。昨年12月の「個人所得」は前月比で3.7%も増えたのです。「個人可処分所得」も4.0%増えました。「個人消費支出」も0.8%増えています。ちなみに11月は、「個人所得」は0.4%、「個人可処分所得」は0.4%、「個人消費支出」は0.4%でした。11月に比べると大幅な伸びですが、これはマイクロソフトの特別配当320億ドルの特別要因が含まれており、異常な伸びになっています。それでも、この要因を除いても、0.6%増となっています。

また「賃金・サラリー」も、12月に200億ドル増えています(11月は92億ドル)。これは雇用の増加を受けたものです。非農業部門の雇用者数は2003年まで減少していましたが、2004年に入って増加傾向に変わってきています。たとえば10月には30万人以上の増加を記録しています。失業率も11月は5.4%と前月比で0.1ポイント低下しています。要するに、雇用改善を背景に個人所得の増加が続き、また住宅価格や株高を背景とする”資産効果”を背景に、旺盛な個人消費が景気を牽引するというパターンは崩れていないということになります。

私は、従来からアメリカ経済についてやや悲観的な見方をしてきました。「どうしてこんなに消費が順調なのか」といつも思ってきました。いるかちゃんと調べてみたいと思っていますが、結果的には悲観的な予想は裏切られることが多かった気がします。長期的は話を別にすれば、まだアメリカ経済にはまだ勢いはありそうです。たとえばFRBの金融引締政策の狙いは、景気と株価の“加熱”を抑え、“ソフトランディング(軟着陸)”させることにあることから判断しても、景気の基調は予想以上に強いと考えるべきかもしれません。リッチモンド連銀のラッカー総裁が「今後数年間、アメリカ経済は極めて健全に推移するだろう」と述べているのも、あながち政治的な発言とは言い切れないのかもしれません。

では4%前後の成長と遂げるとすると、株価はどうなるのでしょうか。当然のことながら、「強気の見方」と「弱気の見方」があります。弱気としてモルガン・スタンレー証券は「アメリカの株式市場は世界で最も割高な市場のひとつであり、それ以外にももっと魅力的な市場はある」として、「アメリカ株をアンダーウエイト」にするように奨励しています。これに対してスミス・バーニー証券は、企業のバランスシートは改善しており、フリーキャッシュ・フローが極めて潤沢になっていることから、株価のバリュエーションはもっと高くなっても良いと逆の主張をしています。すなわち自己資本に対する純債務比率は15年前の47%から昨年は33%に低下、今年はさらに30%以下にまで低下すると推計しています。とするなら、名目的なバリュエーション以上に米国株は買えるというわけです。

また、企業業績の改善を背景に企業の手元流動性は1兆ドル以上あると推計されています。おそらく企業は余剰資金を使って積極的に自社株の買戻しを行なったり、企業買収を行なうことになるでしょう。これも株価にとってプラス要因になります。スミス・バーニー証券は、今年の株式投資のリターンは6~10%と見ている(昨年はラッセル3000指数の総合リターンは12%でした)。

もう1つおまけに、セントルイス連銀の調査は、アメリカ経済の景気循環が比較的緩やかになっているのは在庫管理手法が改善し、在庫循環の振れが小さくなっていることだという指摘しています。確かに、2001年のアメリカ経済のリセッションはマイルドに終りました。本格回復に時間がかかりましたが、従来の景気循環と比べると大きく落ち込む局面は少なくなっています。

1件のコメント

  1. 「双子の赤字」ばかりを見ていてはアメリカ経済の現状を理解するのに不十分という意見に僕も賛成です。

    スティーブン・ローチが「理路整然と間違える」ところが魅力というのは大変、当たっていると思います。僕も彼の意見を真に受けるかどうかは兎も角、「頭のエクササイズ」として彼の書いたものは読むようにしています。

    コメント by 踏み上げ太郎 — 2005年2月2日 @ 02:42

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