中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/11/3 木曜日

アメリカの最下層の人々はどんな生活をしているのか:拡大する貧富の格差

Filed under: - nakaoka @ 9:24

アメリカで最悪の仕事トップ10」は、本ブログの中で最高のヒット件数を記録し、何人かの読者から非常に面白いという評価をいただきました。日本人にとってアメリカ社会はなかなか理解しにくい社会です。ちょうど「群盲、象を撫でる」がごとして、それぞれが自分が体験したアメリカが全てであるかのように紹介するため、日本人が見ることのできない社会の一面がなかなか日本には伝わってこないのだと思います。学者や外交官が見るアメリカは、いわば上流社会であり、一般の人の生活とは縁遠い世界です。留学生も、短期的なお客様であり、その経験できる世界も限られています。ジャーナリストも残念ですが、”もう1つのアメリカ”を十分に報告していないように思います。もちろん、私の経験も限られたものですが、それなりにアメリカ社会の様々な側面に注意を払ってきました。今回は、ある雑誌に書いた原稿を転載します。これも群盲の類の観察かもしれませんが、1つの情報にはなると思います。

豊かなアメリカ社会の背後にある貧困の問題

アメリカは世界最高の観光国家である。毎年、膨大な数の観光客が押し寄せてくる。観光客は居心地の良いホテル、レストランの優れたサービス、素晴らしい自然を満喫している。そうした観光サービスを支えているのが、低賃金で働く人々である。アメリカ経済は製造業が衰退し、サービス化が進んでいる。サービス化は、二つの側面を持っている。一つは、コンピュータなどに代表される高付加価値部門の成長であり、もう一つはファーストフードやホテルの清掃などの低賃金サービス労働の増加である。雇用の大半はサービス部門で創出されており、しかもその大部分は低賃金労働のサービス労働である。

アメリカには最低賃金制が導入されている。最低賃金は1時間5.15ドルであるが、レストランのウエイトレスなど“チップ”をもらう職種の最低賃金は、2.13ドルである。客の入りの良いレストランで働くウエイトレスは、かなりの額のチップを稼ぐことができるので他の業種よりも低い最低賃金が設定されているのである。しかし、話はそれで終るわけではない。アメリカのベストセラー『ニッケル・アンド・ダイムド』によれば、ホテルのレストランで働くウエイトレスは貰ったチップを客を運んできたバスの運転手などと分け合うのが普通で、チップの全てが収入になるわけではない。

アメリカの快適な生活を支えているのはこうした低賃金サービス労働であり、しかもそうした職種に就いている労働者の多くは、高校を中退した低学歴の労働者か十分に英語が喋れない移民である。少し才覚のある移民者なら、タクシーの運転手として働くのが普通のパターンである。

アメリカ社会は競争社会である。多くのアメリカ人は、「貧困は自らの責任である」と考える傾向が強い。アメリカ社会を「勝者が全てを得る社会」と呼ぶが、強い者にとってアメリカほど住み安い社会はないのかもしれない。1980年以降、市場原理が強調されるようになって、その傾向はさらに強まっているようだ。一九六五年には企業の最高経営責任者(CEO)と平均的な労働者の賃金格差は二四倍であったが、2003年には185倍にまで拡大している。この格差は、常識的に考えれば、“犯罪的”であるが、現実には当然と受け止められている。

もう一つアメリカ社会の脆弱性を示すものに健康保険制度がある。アメリカには日本のような国民健康保険制度は存在しない。企業で働いている間は企業の健康保険制度を利用できるが、いったん失業すると民間の健康保険に加入しなければならないが、失業者にはとても払えない保険料が請求される。こうした低所得者や失業者、身障者向けに「メディケイド(Medicaid)」と呼ばれる公的保険制度があるが、それでは十分な医療を受けられないのが実情である。

ニューオリンズを襲ったハリケーン・カタリーナは、アメリカの抱える貧困問題を多くのアメリカ国民の前に突きつけた。バラック・オバマ上院議員は議会の審議の中で「ニューオリンズの人々はハリケーンの時に放置されたのではない。彼らはずっと依然から放置されたままだった」と述べている。ニューオリンズの中心地は、アメリカで最も貧しい地域の一つである。住民の3分の2が黒人である。ニューオリンズは観光の町で、高賃金の製造業はほとんど見られない。多くの黒人たちはレストランやホテルで働いている。町の中心地に住む51歳のデロラス・エリスは高校中退で、レストランで掃除婦として働いており、現在の時給は6.5ドルである。しかし、この時給は彼女の人生で最も高い賃金である。彼女は健康保険に加入していない。まるで貧困者を絵で描いたような人物であるが、ニューオリンズでは珍しい存在ではない。『ニッケル・アンド・ダイムド(Nickel and Dimed)』(by Barbara Ehrenreich)に描かれた最低賃金で働く労働者は、幾つかの仕事を掛け持ちし、健康保険はなく、銀行口座さえも持っていないケースが多い。またちゃんとしたアパートに住めないために、モービルハウスに住んでいる人が多いと書いている。

カタリーナがニューオリンズを襲った後、退去命令が出されたが、町の中心部に住む多くの黒人たちは退去しなかった。その理由は、自動車を持たないからだと言われている。こうした現象は、ニューオリンズに限らない。ニューヨークなどの大都市を除けば、都市の中心部には低所得者層が住んでいるのが普通である。なぜなら、彼らは自動車を持っていないからである。アメリカ社会は自動車社会であり、自動車がなければ生活はできないし、仕事も見つけることができない。そのため、バスなどの公的な交通機関が整っている都市部で住むしか選択の余地はないのである。ニューオリンズの中心部に住むジョイスリン・ハリスは高校の中退者で、5人の子持ち、バーガーキングとホテルで掛け持ちで働いている。町から避難したときに、彼女は9ドルしか持っていなかった。そもそも、低賃金労働者にとって、貯蓄など望むべくもないのである。

低所得者層が集中して住む都市部の地価は下落し、固定資産税に依存する自治体の財政を圧迫し、公共サービスが低下している。金持ちは郊外に出て行き、郊外の地価は上昇し、自治体の税収はあがり、都市部と郊外の富の格差が拡大するという悪循環がアメリカの至るところで見られる。

アメリカの貧困の問題を複雑にしているのは、教育の問題と同時に依然として残っている人種差別意識である。雇用統計を見れば歴然としているように、黒人ヒスパニック系の失業率は、白人の失業率をはるかに上回っている。したがって、人種による貧困率も同様な傾向を示している。黒人の25%、ヒスパニック系の22%が貧困ライン以下の生活をしているのに対して白人の比率は8%にすぎない。ジョンソン政権の時に導入された「フード・スタンプ制度」で、飢えは過去の話になったが、とても文化的な生活が保障されているわけではない。

そんなアメリカの貧困の状況を示す統計が発表になった。クリントン政権時代、長期にわたる好況が続いたことで貧困率は低下していた。しかし、2004年の調査では、家族3人で年収1万4680ドルの「貧困ライン」以下で生活している人は約3700万人に達し、前年よりも100万人増えている。ブッシュ政権下のアメリカ経済は緩やかながら回復しているが、それにもかかわらず貧困層は増加しているのである。

厳しい競争にさらされた企業は、雇用を増やすことに対して非常に慎重で、積極的にパートタイム労働者を雇用する傾向が強まっている。企業は、パート労働者を増やすことで健康保険費用の負担を軽減することもできるのである。こうした動きを加速させる背景もある。それは労働組合の衰退である。労働組合の衰退は加盟率の低下が大きな要因としてあるが、それはサービス産業化とは無縁ではない。製造業と違い、サービス部門では組合がない場合が多く、医者とか弁護士という特殊な職業は別にして通常のサービス部門で働く労働者にとって賃金引上げや諸手当などを要求する交渉力はない。

さらにアメリカ社会の問題は、こうした貧困層が固定化する傾向が強いことだ。少なくとも大卒の学歴を持たないとなかなか正規の職業に就きにくい。貧困層は経済的に子供を大学に送るだけの余裕はない。ブッシュ政権は「ノー・チャイルド・レフト・ビハンド」(No Child Left Behind)政策で貧困層の子供の教育に力を注いでいるが、貧困問題を解決するのには、この政策だけではほど遠い。

競争社会、自己責任社会は、能力や教育に恵まれた人々にとっては住み安い社会であるが、いったん貧困という穴に落ち込むと、そこから這い出すのは極めて難しいのである。今のアメリカ社会が、そのことを端的に教えてくれているようだ。

7件のコメント

  1. 中岡様、
    時々読ませていただいてます。
    アメリカの格差は深刻だと思います。 明るい側面だけを見て(それも本当の明るさかどうか疑わしいですが・・・)自由競争だ、民営化だと叫んでいますが、日本をアメリカのような国にしたいのでしょうか?ビジネスの世界でもあれほどストレスの高い社会は無いのではないでしょうか? 外資系に勤めているので確信を持って言いますが、アメリカの大企業は数字、それも今期の数字だけを汲々として追いかけています。
    私は今のようなアメリカ社会のありかたは長続きしないだろうと思っています。 これからは、社会に知恵が求められるときだと思います。 

    今後も深く掘り下げたレポート・解説をお願いします。

    コメント by captainbluebird — 2005年11月11日 @ 13:41

  2. 前略
    ホームページ拝読いたしました、日本国に於いても同一国民を犠牲にし豊かな生活をむさぼっている一般庶民が山のごとくいる、其の一例が規制緩和という行政下のタクシー業界だ。なぜそうなるか業界構造の一端を書きます...タクシー会社の社長は一人当たり約20万円を売り上げからピンハネルし社長が取り社長は益々豊かになりが、20万円取られた残りが運転手の賃金となりますが....仮に一人で60万円の売り上げが上がる町があるとしますと社長が20万円取り残り40万円を運転手が賃金として受取るのですが、規制緩和で台数は無制限に増やせる為、社長は、此の60万円売上げの町にもう一人運転手を入れ二名の運転手にする.そうすると単純に一人30万円づつで二人で60万円の売上げとなりますが..社長は一人りの運転手より20万円づつピンハネし社長は合計40万円の所得となり社長は益々限界を超えた豊かになり運転手は一人当たり10万円の賃金にしかならない...このような規制緩和状況の中で限界迄、運転手と車両を増加さしていく現在では運転手の賃金は生活保護所帯と同程度に低下していて、此れでも生活出来る運転手のみが会社に残り新規採用されてきくる、此れでも生活出来る運転手とは年金需給高齢者、独身者、主婦パートど....日本中には乞食が溢れ、日雇い労働者の若者が溢れ、鉄道自殺者が毎日出る。乞食をホームレスと言い、日雇い労働者をフリーターと言い、英語にダマサレ日本の針路を見失った国家。 真の日本国がアメリカに伝わっているのだろうか...アメリカもひどいが日本もエゲツナイ....目指せ国家100年の大計

    コメント by 松田祐一 — 2005年11月20日 @ 21:21

  3. 差についてこんなのを見つけた
    先日の周囲の出来る人との実力とその所得差についてたわ言を言いましたが、もっと格式…

    トラックバック by 壱四〇-140/マイペース日々是日記 — 2005年12月20日 @ 23:25

  4. 階層ピラミッド
    非常に興味深いブログの記事を見かけた。 アメリカの最下層の人々はどんな生活をして…

    トラックバック by TECHNERD::CAOSOUP 2.0 — 2006年3月12日 @ 04:11

  5. モーガン・スパーロックの「最低賃金で30日間」
    マクドナルドハンバーガーを1ヶ月間食べ続けて、自分の体の変化を見るという人体実験ドキュメンタリー映画「スーパーサイズ・ミー」で話題を呼んだモーガン・スパーロックが、今度…

    トラックバック by 私の音楽的生活 — 2006年3月27日 @ 23:37

  6. 失業ライフ
    番外編です。失業中の生活パターンですぜ。

    トラックバック by セミリタイアただいま準備中 — 2006年5月16日 @ 17:12

  7. アメリカンドリーム ~アメリカ搾取システム~…

    アメリカは世界一のGDPを誇る国であり世界一稼いでいるビルゲイツ氏を生み出した……

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