対中国政策の鍵を握るポールソン米財務長官:なぜ財務省は元相場切り上げに消極的なのか?
ゴールドマン・サックスとアメリカ政府の密接な関係について以前にブログに書きました。また、同長官論もブログに書きました。そのときポールソン新財務長官に触れましたが、同長官の個人的な事柄に触れる余裕はありませんでした。今回、東洋経済の『金融ビジネス』冬号に寄稿したポールソン財務長官論をアップします。同記事では、同長官のブッシュ政権内での地位、同長官のゴールドマン・サックスでの業績、中国との特殊な関係、中国とのネットワーク、財務省の中国に対する為替政策(元相場の切り上げ問題)などについて分析を加えました。本原稿を執筆したのが1月5日ですが、その後の状況を追加すれば、最近、同長官は議会に召喚されて中国の元相場問題について証言していますが、基本的に“中国擁護”の立場を取っています。その背景も含め、本ブログでポールソンの個人論と同時に財務省の政策、さらに1980年代の日米通貨問題との比較も行なっています。以前の2本のブログを併せて読んでいただければ、立体的にポールソン長官と彼の政策を理解できると思います。
米中戦略経済対話でみせた大きな存在感
昨年12月14日と15日の二日間にわたって北京の人民大公開堂で開催された「第一回米戦略経済対話」は壮観であった。会議場の片側にアメリカ代表団48名が陣取り、それと向かい合って中国代表団72名が座っていた。「米中戦略経済対話」の設置は、米中間の貿易不均衡などの経済問題を解決するために昨年4月末に開催された胡錦寿主席とブッシュ大統領の首脳会談で決まった。同対話は年二回開催されることになっており、次回は今年5月にワシントンで行われる。
アメリカの代表団は、経済交渉を行う代表団という規模をはるかに超えるものであった。ポールソン財務長官を代表に、シュワッブ通商代表部代表、グティエレス商務長官、チャオ労働長官、ボドマン・エネルギー長官、レビット保険・社会福祉長官、ジョンソン環境保護庁長官の6閣僚に加え、バーナンキFRB(連邦準備制度理事会)議長も加わっていた。これに対して中国側は呉義副首相を代表に閣僚級クラスの多数の高官が出席していた。
日米貿易不均衡を是正するためにレーガン・中曽根階段に基づいて83年に設置された「日米円ドル委員会」と比べてみると、アメリカ政府の対中国政策への意気込みの違いが明らかである。「日米円ドル委員会」は実務的な会合であったが、米中戦略経済対話はその規模をはるかに超えるものであった。それは同時に、同対話はポールソン財務長官のブッシュ政権内における力を誇示するもので、バーナンキFRB議長の参加は同長官の勧めによるものであった。
ポールソン財務長官は、7月3日に財務長官に就任したばかりであった。ブッシュ政権では、オニール、スノーに次ぐ3人目の財務長官である。前任者の二人に比べると、ポールソン長官は圧倒的な存在感を示している。オニール長官はアルミ会社アルコアの元CEO(最高経営責任者)、スノー長官も鉄道会社CSXのCEOから財務長官に就任したが、いずれも産業的には斜陽産業であった。これに対してポールソン長官はアメリカ経済をリードするウォール街の花形企業ゴールドマン・サックスのCEOからの登用であった。
ブッシュ政権内の財務省の凋落は顕著であった。オニール長官はブッシュ政権のインナー・サークルに入れず、政策決定過程から疎外され、大幅減税に反対したことで02年末にブッシュ大統領の逆鱗に触れ、解任される憂き目にあっている。オニール長官を継いだスノー長官も同様に政策過程に加わることができず、経済政策はホワイトハウス主導で策定されていた。彼は04年の大統領選挙の選挙運動で献身的な働きが認められ、かろうじて第二期ブッシュ政権の財務長官の地位に留まることができたにすぎない。
無力な財務長官を戴いたため、財務省の力は衰退していた。クリントン政権のルービン財務長官の下で思う存分力を発揮した財務省とは様変わりであった。それだけにポールソン長官に対する期待は高かった。ポールソン長官はルービン財務長官と同じゴールドマン・サックスのCEOであったことも、“財務省の復権”への期待を膨らませることになった。
残りの任期が二年となったブッシュ政権にとって、財政赤字、社会保障制度改革、公的医療制度改革という内政に加え、膨大な貿易赤字の解消など重要な問題が山積している。しかも、昨年11月の中間選挙で民主党に大敗したことでホワイトハウス内の権力構造にも変化の兆しが見え始めている。選挙運動の責任者で、ブッシュ大統領の側近中の側近であるローブ次席主席補佐官の影響力は低下し、辞任さえ囁かれる状況になっている。また、ホワイトハウス内で圧倒的な影響力を誇っていたチェイニー副大統領も様々なスキャンダルのためにかつてほどの影響力はなくなってきている。「フィナンシャル・タイム」紙は「経済政策ではチェイニー副大統領はポールソン財務長官によって影が薄くなるだろう」と指摘している。
ポールソン長官を中国と結び付けた環境保護運動
スノー前財務長官の後任探しは昨年2月から始まっていた。ホワイトハウスから財務長官就任を打診されたポールソンは、最初、その要請を断っている。スノー長官の後任に彼を推挙したのはボルテン首席補佐官といわれている。実は同首席補佐官は94年から99年までゴールドマン・サックス(ロンドン)の法務担当のエグゼクティブ・ディレクターの地位にあり、いわばポールソンの部下であった人物である。ボルテン首席補佐官はポールソンを説得して5月20日にブッシュ大統領との会談を設定し、彼の説得に努めた。
会談の席でブッシュ大統領は、ポールソンに「政府内で重要な役割を果政策の軸になって欲しい」と説得を試み、最後に「国家に尽くして欲しい」と再度財務長官就任を要請した。ポールソンは即答を避けたものの、最終的に大統領の要請を受諾する。この人事は、上院全会一致で承認された。
同財務長官の誕生によって、ブッシュ政権とゴールドマン・サックスの関係が注目された。ボルテン主席補佐官、ポールソン財務長官以外にも、スチール財務長官顧問、フォート国務長官顧問、ジェフリー商品先物委員会委員長はいずれもゴールドマン・サックスで要職にあった人物である。また05年まで国家経済委員会のディレクターを務めたフリードマンもゴールドマン・サックスの元役員で、現在、同社に復帰している。ここでは紙幅がないが、ゴールドマン・サックスと政府との関係はルーズベルト政権にまで遡ることができる。
ポールソンはイリノイ州バリントン郊外の農場で生まれた生粋のイリノイアンである。ダートマス大学では英文学を専攻、70年にハーバード大学ビジネススクールを卒業している。大学院卒業後、国防総省で勤めた後、ニクソン大統領のスタッフを勤めるが、ウォーターゲート事件でニクソン大統領が嘘をついていると感じで、職を辞している。そうした潔癖さをもった人物である。
ゴールドマン・サックスに入社したのは74年であるが、それはニューヨークの本社ではなくシカゴ支社であった。94年に本社の社長兼COOに就任してニューヨーク本社に異動するまでずっとシカゴ勤務であった。彼が名実ともにゴールドマン・サックスのスター・プレイヤーになったのは同社が株式を公開した99年で、その年に彼は同社の会長兼CEOに就任している。
ポールソンは「クライアントはインベストメント・バンカーがマスコミに出るのを喜ばないものだ」と語っているように、常に控えめで脚光を浴びるような人物ではなかった。彼は、同社のトップに上り詰めた後も上流社会とは疎遠であった。時間ができればブラジルなどの密林を訪れ、絶滅の危機にさらされた猛禽類や猛獣の保護に駆け回っていた。ニューヨークの本社ビルの30階に役員室があるが、会長室の壁には権力を誇示するような飾りは何ひとつなく、壁には動物の写真が飾ってあった。彼が愛するのは富みではなく、蛇などの爬虫類や猛禽類、猛獣である。また彼は環境保護主義者で、京都議定書への署名を支持しており、ブッシュ政権の政策と同じ意見を持っているわけではない。
彼は非営利団体の「ネイチャー・コンサーバンス」の理事長と同会の「アジア太平洋委員会」の共同会長を務めている。それが彼と中国を結びつける要因となった。彼は中国の自然保護に強い関心を抱いており、特に雲南省の虎跳峡の保護運動に取り組んでおり、中国政府から支援金を得ているほどである。ビジネスだけでなく、中国での環境保護活動の一環としても頻繁に中国を訪問している。彼は、そうした活動を通して大きな中国人脈を作り上げている。中国人民銀行の周小川総裁や金人慶財務部長、胡錦寿主席の経済チームのスタッフなど多くの個人的な友人を持っている。そうした人脈からも、ポールソン財務長官の中国政策が注目された。
中国側に押し切られた米中戦略経済対話」
米中戦略経済対話の設置に見られるように米中の間の経済問題は深刻の度合いを増している。議会では、貿易不均衡を理由に中国制裁法案が相次いで提出されるなど、保護主義的な動きが強まっている。特に産業界や労働組合から人民元切り上げの要求が出されている。ポールソンの財務長官としての最初の任務は、国内での保護主義の動きを押さえ込みながら、中国政府に為替相場の弾力化を求めることであった。
ポールソン長官は9月19日の訪中から帰国してすぐ中国の輸入品に一律27・5%の課徴金を課すことを求める法案を提出しているシューマー上院議員とグラハム上院議員に法案の撤回を求め、説得に成功している。議会での保護主義の動きを牽制しながら、同長官は12月の戦略経済対話に臨んだ。この対話で中国からなんらかの妥協を取り付けることで事態の改善を図るというのが、彼の戦略であった。だが、その思惑は成功を収めたとは言いがたい。
対話の最初に中国側代表の呉儀副首相は「アメリカの友人たちは中国の現実についてほとんど知識を持っていないし、非常に誤解している」と、延々と中国の歴史の説明を始めた。2日にわたる対話も具体的な成果のないまま終わる。ポールソン長官は、中国に金融改革を引き続き継続することを求める一方、米中不均衡はアメリカにも責任があり、アメリカも過小貯蓄問題に取り組むと約束させられてしまった。
現実的な穏健路線を取るポールソン長官に対して、バーナンキFRB議長は為替問題に対してさらに突っ込んだ発言を予定していた。同議長が中国社会科学院で行う演説で、当初の原稿には「中国の為替政策は輸出業者への“実質的な補助金”である」という文言を織り込んでいた。しかし、最終的にその文言は落とされ、“輸出業者へのインセンティブ”であるという言葉に置き換えられた。中国の為替政策を“補助金”と断定することは、中国に対する報復を容認する意味合いが含まれているからである。アメリカ代表団の中国批判は迫力を欠いていた。
対話終了後、ポールソン長官は「米中政府は中国が改革を必要としていることで全面的に合意した。問題はそのタイミングである」と語っているように、中国政府は為替政策、金融改革も独自の路線を譲ることはなかった。ポールソン長官も、本音では、急激な元高を実現は米中経済にとって好ましくないとの認識を持っており、中国の金融改革に時間がかかることも熟知している。
「日米円ドル委員会」で大蔵省が「一歩一歩改革を進めていく」と主張したのに対して、当時のリーガン財務長官が「大またで改革を進めるべきだ」と強硬に主張したのと比べると、「米中戦略経済対話」での財務省の姿勢は大きく異なる。それは、日米経済関係は日本の一方的な対米輸出超過であったのに対して、米中経済はアメリカ企業の直接投資やアウトソーシングを軸に互いに補完し合う関係にあるからである。また、改革に伴って2000万人の失業者が出るとの推計もあり、失業問題を処理するために中国は高い成長率を維持する必要がある。急激な元高は輸出依存の中国経済の成長を阻害し、それが中国の社会不安をもたらす懸念もある。中国政府は内需転換を政策課題に掲げているが、中産階級が未熟な中国で消費増加を促進することは容易なことではない。中国を熟知するポールソン長官が、そうした事実を知らないはずはない。
ポールソン長官は第二のルービンになれるか?
そうしたポールソン長官の思いは、12月19日に発表された「議会に対する国際経済と為替政策に関する報告」にも端的に現れている。議会の保護主義者は中国を“為替操作国(カレンシー・マニュピュレーター)”に指定することを求めていた。しかし、同報告は中国に対して極めて穏当な評価を下していた。昨年5月に同報告が提出された後、当時のスノー長官は「中国の改革はあまりに遅すぎて正当化できるものではない」と厳しい口調で中国を批判した。だが、12月の報告では「中国の為替相場弾力化の努力は必要とされるものよりもかなり足りない」という表現にトーンダウンしている。
さらに同報告では、中国政府は為替相場をバスケット方式に変更した05年7月からドルに対して5・8%元高になったと指摘し、様々な統計を用いて為替相場の弾力化が進んでいると分析している。こうしたことから、中国を“為替操作国”とは断定できないと結論つけている。
同報告は年二回議会に対して提出されるものであるが、今回は「米中戦略経済対話」を控え、2ヶ月遅れで発表された。同報告が中国を“為替操作国”に指定すれば、ブッシュ政権は中国制裁に踏み切らなければならない事態も起こりうる。ちなみに中国は94年に一度だけ為替操作国に指定されたことがある。ポールソン長官の“静かな外交”は、中国との対決を回避する方向に動いていることは間違いない。
ただ、こうしたポールソン長官の対中政策に対して議会では不満が高まっている。民主党が両院で過半数を占めたことで、同長官への圧力がさらに強まる可能性もある。タカ派のボーカス上院財政委員会委員長は中国問題で同長官を公聴会に呼ぶ意向を明らかにしている。ポールソン長官の説得で法案成立を断念したシューマー議員やグラハム議員も法案再提出の動きを見せている。
中国問題に加え、財政赤字削減、社会保険制度改革、公的医療制度改革といった民主党との妥協点を見出すのが難しい問題も新議会で待ち構えている。ブッシュ大統領は社会保障制度改革では制度の一部民営化を唱えているが、実現は困難な状況である。しかし、現状のままでは公的年金制度の破綻は目に見えている。妥協策として、現在、給与所得9万4200㌦で上限が設定されている社会保障税の上限引き上げ、あるいは廃止が議論されている。しかし、ブッシュ大統領はいかなる増税にも反対の立場を取っている。これに対してポールソン長官は民主党との妥協点を探るために「すべての政策の選択肢はテーブルの上にある」と語るなど、ブッシュ大統領と政策の違いを見せている。
ルービン長官は共和党政権がなしえなかった財政赤字問題を解決するなど大きな実績を残した。果たしてポールソン長官が第二のルービン長官になれるのかどうか、年明けからその手腕が問われそうである。
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