中岡望の目からウロコのアメリカ

2007/2/27 火曜日

円安相場の構造を解明する:円と外貨の金利差を利用した”キャリー・トレード”が為替相場の動向に大きな影響を与える

Filed under: - nakaoka @ 19:08

常識的に考えれば、膨大な貿易赤字を抱える国の通貨と膨大な貿易黒字を抱え、しかもインフレがほぼゼロの国の通貨を比べれば、赤字国の通貨の為替相場は下落し、黒字国の通貨の為替相場は上昇するはずです。短期的な変動はあったとしても、最終的には為替相場は常識に添った水準に収斂するはずです。しかし、そうした常識は為替取引が貿易為替だけで行なわれている場合の理論です。現実の世界は貿易為替の取引量以上に資本取引の量の方が多いのです。資本取引も短期的なポートフォリオ投資や裁定取引と長期的な直接投資があります。短期の資本移動を決定する最大の要因は金利差です。現在の円相場はまさに金利差によって決まっているといえます。金利の低い円資金を調達し、それを高金利のドルで運用する動き(これをキャリー・トレードcarry tradeといいます)が広範に行なわれています。円相場は昨年12月6日の1ドル=114円53銭の高値を付けたあと、ほぼ一貫して円安相場が続いています。今回はそうした視点から為替相場の見通しを書いてみました。前のブログと併せて読んでみてください。なお、この記事は2月15日に書いたものです。その後、日銀の利上げなど情勢の若干の変化が起こっています。

2月初めにドイツに拠点を置く証券会社ドレスナー・クラインオートのエコノミストが講演を行ないました。同氏は極めて大胆な為替相場の予測を行ない、注目されました。同氏の予想では、今年の年末相場は1ドル=100円と大幅な円高になるというのです。さらに大幅な円高を予想するエコノミストもいます。アメリカの調査会社パイ・エコノミックスのエコノミストのティム・リーは、今後1年間に円相場は70円にまで上昇すると予想しています。現在の相場は円安に歯止めがかからない状況にあり、一部の市場関係者から遠からず130円の円安相場も視野に入ってきたと囁く声も聞こえてきます。そんな円安相場の中で100円を越える円高を予想するのは”逆張り”で面白いのですが、どの程度真実味があるのでしょうか(注記:2月27日に中国株、アメリカ株の暴落を受けて、円相場は急騰しました。これが基調の大きな変化になるかどうか、まだ分かりません)。

実は「円安説」と「円高説」の背景には同じ要因があるのです。すなわち円安相場を予想する背景には、金利差を背景に“円のキャリー・トレード”がさらに続くという判断があります。これに対して、円高を予想する見方の背景には“円のキャリー・トレード”の巻き戻しが始まるという判断があるのです。要するに、円安説も円高説も為替相場に大きな影響を与えている要因として“キャリー・トレード”を共通に指摘しているのです。要するに強気と弱気の要因に、基本的な相違はないのです。

問題はタイミングです。キャリー・トレードが続くとみる見方でも、それが永遠に続くとはみていません。いつかの時点で相場は反転し、キャリー・トレードのまき戻しが始まるとみています。しかし、円安論者は、相場の転換点はまだ当分先だと考えているのです。これに対して円高論者は、そう遠くない将来に大きな転換が起こりうるとみているのです。キャリー・トレードは低金利の通貨を売って、高金利の通貨を買う投資のことです。現在、売りの対象になっている通貨は円とスイス・フランであり、買いの対象になっている通貨はドルです。様々な推計がありますが、現在、世界的にキャリー・トレードで運用されている資金は、2000億ドルから1兆ドルに達しているといわれています。これだけの資金の流れが逆転すれば、為替相場に大きな影響がでるのは間違いないでしょう。

政策当局も、現在の為替相場の形成に危機感を抱いているのは間違いありません。2月初のG7会合の後、欧州中央銀行のジャン=クロード・トリシェ総裁は「為替市場は為替相場が一方向に動くことの危険性を認識すべきである」という発言を行なっています。この“一方向に動く”という表現は、キャリー・トレードの持つ危険性を示唆していることは明らかです。

貿易赤字と財政赤字を抱えるアメリカはドル暴落の危機に直面しているという議論がメディアでは盛んに行なわれています、危機説はなかなか実現しそうにはありません。80年代にも“双子の赤字”と“ドル暴落”はメディアの格好のテーマでしたが、そのシナリオは結局実現しませんでした。現在もアメリカの貿易赤字は危機ラインといわれるGDPの6%を越えたにも拘わらず、ドルは強くなっているのです。現在の世界の為替市場は、ドル相場とユーロ相場が上昇し、円相場が下落する展開が続いています。大きな金利差が、キャリー・トレードを通して為替相場に影響を及ぼしているからです。円の政策金利は〇・25%と依然として超低金利が続いているのに対して(日銀は利上げを実施し、現在は0・50%になっています)、アメリカの金利は5・25%、ユーロ金利は3・50%と、円ドルの金利差は4・25%ポイントと大きく開いたままです。さらに最近では市場のボラティリティ(変動性)も低下しており、キャリー・トレードで稼ぎやすい環境になっています。なお、キャリー・トレードについて若干説明すると、一番簡単な形は、在日外銀から円資金を借り、その資金で為替相場でドルを購入して、運用することです。

過去の例から言えば、相場が大きく転換するのは、政策が変わるときです。G7では欧州諸国から円安問題を取り上げるべきだとの主張がありました。しかし、結果的にはG7では円安は大きな課題にならず、中国の人民元の調整問題が主要議題となったのです。いつもは円安と貿易不均衡を批判するアメリカも欧州には同調せず、円安に対してはほとんど関心を示しませんでした。ポールソン財務長官も、円安を容認するような発言を行なっています。

昨年12月に財務省が議会に提出した「為替報告」の中で円相場について言及されているのは1ページにも満たないのに対して人民元については5ページに及んでいます。円については「日銀の統計では円の実効相場は20年来の低水準にある。しかし、日本政府は04年3月以降、為替市場に介入していない」と書かれているだけです。要するに、為替相場は市場で決まっており、操作されていないと判断しているのです。G7でのコミュニケ、アメリカの対応から、市場はG7で円安が容認されたと判断し、会合後、ユーロに対する円相場は市場最安値をつけました。

以上から判断する限り、主要国、特にアメリカの為替政策が急激に変化する可能性は極めて薄いと判断されます。とすれば、今後の為替相場は市場要因によって決まることになる。すなわち主要国の金融政策の動向が大きなポイントになるでしょう。金利差の動向と投資家のセンチメントがどう変わるのかが焦点になります。

まずユーロに関して言えば、欧州中央銀行の政策理事会のクラウス・リーブシャー理事は「インフレが加速することを懸念している」と語っているように、インフレに対する警戒感を強めており、利上げを継続すると見られます。とするとユーロ高の相場基調は基本的に続くと予想されでしょう。

またアメリカのFOMC(連邦公開市場委員会)は8月以降、政策金利のフェデラル・ファンド金利の目標値を5.25%に据え置いてたままです。今後の政策に関して様々な見通しが語られています。次のFOMCは3月21日に開催され、その際にどのような決定が行なわれるか注目されます。それに先立って2月14日に恒例のFRBの「金融報告」の提出とバーナンキFRB議長の議会証言が行なわれました。「金融報告」では07年の成長は06年の3.4%から減速して2・5%から3%になると予測しています。価格変動の激しいエネルギーと食品価格を除いたコアインフレ率は06年の2・3%から若干低下して、2%から2・25%になると予想しています。成長率はFRBの予想を下回る可能性も強く、バーナンキ議長は議会で「インフレ圧力が低下し始めていることを示す幾つかの証拠がある」と証言しています。その言葉を字句通りに解釈すれば、利上げの可能性は小さい」ということになるでしょう。為替市場も同議長の発言を受け、ドル相場は下落しました。

ただFRBが目標とするコアインフレ率は1%から2%といわれており、インフレ懸念が消えたといえる状況でありません。ただ3月のFOMCでは政策変更に踏み切る可能性は小さいようです。

円金利はどうでしょうか。日銀は1月の政策決定会合で利上げを見送ったが、いずれにせよ日銀は利上げに踏み切るだろう(注:2月の政策決定会合で利上げを決定)。06年第四四半期の成長率は4・8%と高水準を記録したが、それは前四半期の落ち込みの反動によるもので、日本経済の成長力が大きく改善している兆候はありません。また、完全にデフレを脱却したとも言えません。とすれば、日銀が利上げを決定したとしても小幅で象徴的なものに留まるでしょうし、年内に大幅な利上げがあるとは考えられません。とすれば円金利と海外の金利差の縮小は限られたものに留まり、キャリー・トレードにブレーキを掛ける状況は起こらないでしょう。

こうした要因を総合すると、円安環境が急激に変化する可能性は少ないとみられます。さらに海外の投資家は依然として日本経済に対して弱気が大勢を占めています。とすれば円相場が130円に接近するという説も必ずしも荒唐無稽ではないかもしれません。

では、キャリー・トレードの巻き戻しで”大幅な円高相場”もありうるとする見方も、まったく可能性はないのでしょうか。あるいは投資家のセンチメントを変えるような事態が起こる可能性はないのでしょうか。円安相場の急激な反転はないのでしょうか。日本経済が本格的な回復を見せ、海外の投資家が日本経済に対する見方を変えるない限り、大きな転換は無理かもしれません。

<追記:2月28日>アメリカ経済の先行き不安からニューヨーク株式市場が暴落しました。景気悪化となれば、FRBの利下げの可能性が高まることを意味します。27日の海外の為替相場は、ドル急落、円急騰の展開となりました。このドル安は、ドル高のプロセスで、ドル・ロング(買い持ち)のポジションが高まっており、先行き不安からポジション解消のドル売りが出たからでしょう。ドル金利下落、為替相場のボラティリティ(すなわち変動リスク)の高まりが出てくれば、キャリー・トレードの本格的な巻き戻しも起こる可能性があります。とすると、場合によっては為替相場に大きな転換が起こる事態も否定できないでしょう。

6件のコメント »

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