中岡望の目からウロコのアメリカ

2004/10/5 火曜日

アメリカ大統領選挙の分析(1):「ブッシュの強弁、ケリーの詭弁」

Filed under: - site admin @ 14:16

 アメリカに関する情報は溢れています。だが、その情報の大半は断片的な情報であったり、興味本位な情報であったり、場合によっては一方的な見方や誤解、偏見に基づく情報であったりします。長年、日米の問題に関わってきた筆者として、何度も日米の間に信じられないような誤解がある現実を見てきました。現在の日米関係の重要性と密接な状況を考えると、これは不思議な状況であるし、危険な状況ともいえます。本ブログでは、様々な情報の背後にあるアメリカ社会の現実を解説し、筆者の分析を提供することで、読者に少しでも“本当のアメリカの姿”を伝えることを目的としています。本欄を読むことで、「なんだ、そうだったのか」と、まさに“目からウロコ”が落ちるようにアメリカを発見していただきたいと思っています。

 最初のメッセージは、どうしても大統領選挙になるでしょう。アメリカでは大統領の存在は圧倒的です。日本の首相とは比較にならないほど強大な権力を持ち、アメリカのみならず、世界の動向に大きな影響を与える立場にあります。以前、ワシントンで開かれたパーティに招待されたとき、カクテルを呑みながら参加者の一人が筆者に向かって「大統領は神の次に偉い」といっていたのを思い出します。もちろん、パーティの席で、その発言を額面通りに受け取れないでしょうが、アメリカ人にとって大統領は特別な存在であることに間違いはありません。大統領は、単なる政治的指導者に留まらず、アメリカ人の規範であるという意識も強くあります。いずれにせよ、誰が次期にアメリカ大統領になるかによって、これからの4年間の世界の情勢が決まってくるといっても決して過言ではないでしょう。

 9月30日にマイアミで第一回の公開討論会が開催されました。ケリー民主党候補が討論でブッシュ候補を圧倒したというのが大方の見方です。一部の世論調査では、ブッシュとケリーの支持率が逆転したという結果も出ています。公開討論会は、選挙結果に大きな影響を与えます。例えば、最初にテレビ放送されたニクソン候補とケネディ候補の公開討論会では、それまで劣勢だったケネディ候補が若々しいイメージを視聴者に与え、疲れ切った暗い表情のニクソン候補を一気に逆転したのは有名な話です。1992年のブッシュ候補(父)とクリントン候補の討論会でも、ブッシュ候補が官僚的な回答に終始し、時間が気になるのかしきりに時計に目を落としていたことが視聴者にマイナスのイメージを与え、選挙結果に影響を与えたと言われています。また、前回の2000年の大統領選挙の公開討論会でも、世論調査でリードしていたゴア候補がブッシュ候補に対して侮蔑的な態度を取ったことから、一気に選挙の流れが変わり、最終的にゴア候補は敗北を喫しました。

 今回は、世論調査でリードし、現職の強みを発揮していたブッシュ候補と挑戦者である民主党のケリー候補の対立となりました。公開討論会直前まで、ケリー候補は瀬戸際に立たされていると思われていました。ここでケリー候補が負けたら、もう選挙結果は決まったという見方さえありました。だが、能弁なケリー候補が、何度も口ごもるブッシュ候補を圧倒したというのが一般の評価です。ブッシュに肩入れする保守派のメディアである『ナショナル・ジャーナル』誌や、ネオコンの指導者ウイリアム・クリストルが主催する『ウィークリー・スタンダード』誌といった雑誌の評論も、「ブッシュ対ケリーは五分五分」であったと認めざるをえなかったほど、ブッシュ候補が冴えませんでした。今回の討論会が、過去に見られた例の再現になるのかどうか、まだ判断できません。が、今回の公開討論での両候補の議論に焦点を当てて、分析してみます。

 まず、軽い話から。ケリー候補とブッシュ候補はイエール大学で先輩と後輩の関係にあります。学年は違い、お互いの間に接点はないのですが、1つだけ面白い接点があります。それは、大学で二人にスピーチの訓練をした教授が、同一人物であるということです。その頃からケリー候補は雄弁で、ブッシュ候補はあまり良い学生ではなかったようです。二人のスピーチのクラスの成績は明らかにはなっていませんが、学生時代からケリー候補のほうが優秀であったことは容易に想像できそうです。

 今回の選挙は“戦時下”の選挙です。それだけに、大統領を選ぶと同時に3軍の「最高司令官(Commander in chief)」を選ぶ選挙でもあります。要するに、どちらの候補が戦争を遂行する能力を持っているかを問う選挙でもあるのです。そこで、ブッシュ陣営が取った戦略は、ケリー候補は戦争を指揮する最高司令官の資質に欠けるというイメージを植えつけることでした。政策よりも、イメージ戦略に力点を置いたのです。すなわち、ケリー候補のイラク戦争に対する態度の変化を取り上げ、”flip-flop”(優柔不断、風見鶏)であるというマイナス・イメージを受け付ける戦略を取りました。「ケリーは軟弱、決断力のない人物で、アメリカを指導できない」と主張したのです。

これに対してケリー陣営も、ケリー候補のベトナム戦争の戦歴を背景に「ケリーこそ最高司令官にふさわしい候補」であると主張する戦略を取りました。だが、ケリー候補は、8月から始まった元ベトナム復員兵の強烈なネガティブ・キャンペーンに直撃され、やや受身に立たされていました。

ブッシュ候補にとって、討論会でケリー候補の優柔不断を攻撃し、一気に選挙戦で勝利を収めることを狙って、着実に準備を進めてきました。だが、前述のように結果はまったく逆になってしまったのです。逆にケリー候補が“強く”“決断力”があるとの印象を与えたのです。それに比べ、現職大統領で有利な立場にあるブッシュ候補の答弁は冴えない印象を与えました。弁護士として、また上院議員として百戦錬磨の討論を経験してきたケリー候補と、大統領として常に守られ、直接的な討論をした経験の乏しいブッシュ候補では、最初から結論は決まっていたのかもしれません。

 しかし、大切なのはイメージではなく政策です。果たして、政策の面では、どのような違いがあったのでしょうか。公開討論会は3回行なわれ、最初の討論会のテーマは「外交問題」でした。大きな焦点となり、二人の候補が真正面からぶつかり合ったのは、「イラク戦争の正当性」でした。

 ブッシュ候補は、当然のことながらイラク戦争の正当性を主張しました。当初、ブッシュ政権は、イラクは大量破壊兵器を持っていること、テロリストの支援国家であることを理由にサダム・フセイン大統領の排除を主張し、それをイラク侵攻の根拠に挙げていました。だが、大量破壊兵器は発見されず、イラクが国際テロリスト集団を支援したという証拠も見つかっていません。それにもかかわらず、ブッシュ大統領はイラク戦争の正当性を主張し続け、「イラク戦争は国際テロリストに対する戦いの一貫である」との立場を繰り返し主張しました。そして、「イラク戦争によって世界とアメリカはより安全な場所になった」と、その“成果”を誇らしげに訴えました。だが、世論調査を見る限り、大多数のアメリカ人は「イラク戦争でアメリカが安全な場所」になったとは思っていないのです。いまさら、自分の判断が間違いであったとは認められないのです。ライス大統領補佐官は、「当時、イラクが核兵器を開発していることを示す証拠があった」と、ブッシュ大統領を支援する発言を行なっていますが、どうもイラク侵攻に踏み切ったのは、別の理由がありそうです。いずれにせよ、イラク戦争の正当性に関するブッシュ候補の主張は、“強弁”以外なにものでもないのは明らかです。

 これに対して、ケリー候補は、「ブッシュ大統領は歴史に残る最大の過ちを犯した」と批判を加えました。ケリー候補の主張を分析する前に、ある事実を知っておく必要があります。それは、9月20日にニューヨーク大学と22日にテンプル大学で行なった演説です。そこでケリー候補は大きな戦術の変更を行なっています。それはブッシュ候補との違いを鮮明にするための戦略転換でした。すなわち、「テロとの戦いとイラク戦争は別物である」という主張を打ち出したのです。そうすることで、ブッシュ候補の過ちを明確に攻撃できるようになりました。多くのアメリカ人は「テロとの戦い」を支持しています。ですから、どんなことがあってもテロとの戦いの手を緩めるなどとは主張できないのです。しかし、ブッシュ候補の「イラク戦争はテロとの戦いの一貫である」という主張を打ち砕くためには、「テロとの戦いとイラク戦争は別物」であると主張する必要があったのです。ケリー候補は、新しい戦略でブッシュ候補を攻撃しました。

そして、テロとの戦いとは、アルカイダとの戦いであり、ビンラディンを捕縛することであると主張したのです。しかし、ブッシュ候補はアフガニスタンでの戦いは現地の兵に“アウトソーシング”し、手抜きをしていると批判を加えました。もっと多くの兵士をアフガニスタンに送って、テロリストの一掃を図らないと、アメリカは再びテロの対象となるかもしれない。今度は、“核によるテロ”が行なわれるかもしれないと訴えたのです。ケリー候補は、そう主張することで、ブッシュ候補のイラク戦争を批判したのです。

 では、どこがケリー候補の“詭弁”になるのか。それを知るためには、もう少しケリー候補の主張を聞いてみる必要があります。彼は、「イラク戦争は間違いであった」と主張します。では、イラクからアメリカ軍は即時撤退すべきかという問題になると、とたんに主張が変わってくるのです。「私はイラクからの撤退を主張しているわけではない」とはっきり言っています。それどころか「私はイラク戦争で勝利を収めることを主張しているのである」とさえ言っています。一方で、イラク戦争は間違いであると主張しつつも、イラク戦争で勝利しなければならないと同時に主張しているのです。さらに必要であれば、イラクに“増派”すべきだとさえ主張しています。

 おそらくケリー候補は、ブッシュ陣営から“反戦候補”と批判されることを恐れているのでしょう。ベトナム戦争のとき、ニクソン大統領に挑戦したマクガバン候補は、ベトナムからの即時撤兵を主張し、惨敗したことがあります。その記憶がケリー候補の脳裏を横切ったのかもしれません。ベトナム戦争から復員してベトナム反戦活動を行なったケリー候補は、必ずしも“反戦候補”“平和候補”ではないのです。それは「アメリカには先制攻撃をする権利がある」という主張にも現れています。ブッシュ候補が批判にさらされたのは、その“先制攻撃論”にありました。この点に関して言えば、ケリー候補も同じ穴のムジナなのです。ブッシュ候補の“強弁”に対して、ケリー候補の“詭弁”は明らかです。

 最初のブログは長くなりました。これは筆者の意気込みとご理解いただき、引き続き、これからのエッセイも読んでいただければと思います。

1件のコメント

  1. [...] ki @ 14:21

    米大統領選の行方は今まさに気になるところ。eクルーザーに新チャンネル「中岡望の目からウロコのアメリカ」を開設しました。 米国通ジャーナリスト中岡望氏が、ブログで、アメリカの政治、経 [...]

    ピンバック by RSSリーダー::eクルの開発日誌 ::: 米大統領選何が起きている?米国通ジャーナリスト中岡望のブログ開始! — 2004年10月5日 @ 05:21

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