中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/7/1 火曜日

急成長遂げるイスラム金融:独特な金融の仕組みと成長の背景

Filed under: - nakaoka @ 5:39

マレーシア経済とイスラム金融」に関するブログを以前、掲載しました。本ブログは、その続きです。前回のブログはマレーシア経済がイスラム金融の中心地のひとつになっている理由を説明しましたが、今回はイスラム金融が急速に成長している全体的な状況を鳥瞰し、具体的な金融の仕組みを説明しました。通常の金融に比べるとまだ限界的な存在に過ぎないイスラム金融ですが、急速に増加しているイスラム教徒を背景に、イスラム原理主義に添った金融のニーズが高まってくることは間違いありません。また一般の人にも、「利子を取ることが罪」と考えられるイスラム金融の仕組みを知ることは、今の先進国の金融界の問題点を考える上でも役にたつでしょう。なお、本記事は時事通信社の「トップ・コンフィデンシャル」に寄稿したものです。

世界の金融界でイスラム金融がブームの様相を呈している。東京でも今年に入って研究所やメディア主催のイスラム金融セミナーが開催され、満席の様相を呈している。イスラム金融と題する本の出版も相次いでいる。金融機関はイスラム金融を新しいビジネスチャンスを提供する成長分野として注目している。また5月12日にトヨタ自動車の金融統括会社トヨタファインシャルサービスはマレーシアで「スクーク」と呼ばれるイスラム債を発行し、資金調達することを発表している。なぜイスラム金融が注目されるようになっているのであろうか。

まず原油価格の上昇で産油国に巨額の資金が蓄積されていることがある。さらに連続テロ事件後、資産凍結などを懸念したオイルマネーが欧米市場から大量に湾岸国市場やアジア市場に流出したことがある。湾岸諸国に還流した資金は八〇〇〇億ドルに達しているといわれている。現在、湾岸諸国には総額で一・五兆ドルの資金が蓄積されており、この資金を求めて大手金融機関が殺到している。また湾岸諸国の経済成長には目覚しいものがあり、開発プロジェクトが目白押しである。こうしたプロジェクトに参画するために金融機関に限らず一般企業もイスラム金融に取り組みことが不可欠になってきている。

もうひとつは急激に増加するイスラム教徒が、イスラム金融の急速な成長を支えていることだ。08年3月末にバチカンが発表した統計によると、イスラム教徒の数はカトリック教徒の数を抜き、世界で最大の宗教になった。イスラム教徒は世界の人口の19%強を占め、その数は約16億人とも言われている。さらにイスラム原理主義の浸透で、イスラム教徒たちは伝統的な金融よりもイスラム教の教えに従ったイスラム金融商品を求め始めている。イスラム教徒は今後も間違いなく増えていくだろう。それは同時にイスラム金融拡大の基盤になることは間違いない。

イスラム金融の成長のもうひとつの要因は、イスラム教国が積極的にイスラム金融の育成を図っていることだ。たとえばマレーシアはイスラム金融のハブ市場の育成を目指して税制・法制面の整備を進める一方で、スクークの発行を促進するためにインターナショナル・イスラミック・フィナンシャル・センターの建設を進めている。またサウジアラビアやバーレーンなどの中東諸国もイスラム金融市場の育成に取り組んでいる。こうした政府の支援を受けて各国で相次いでイスラム銀行が設立されている。たとえば06年にサウジアラビア最大の商業銀行ナショナル・コマーシャル銀行は小売部門をすべてイスラム金融化することを決定しており、07年にはチュニジアとモロッコもイスラム銀行の設立を認可している。アジアでもイスラム教国インドネシアに限らずインドなどでもイスラム金融を取り扱う金融機関が着実に増加してきている。

IMF(国際通貨基金)の『IMFサーベイ』(〇七年九月一九日)によれば、「現在、世界には五一カ国以上で約三〇〇を越えるイスラム銀行と二〇〇を越えるイスラム投資信託が設定され、過去一〇年間に毎年一〇%から一五で成長を遂げてきた。この傾向は将来も続く」と指摘している。

イスラム金融はイスラム世界に限定されるものではない。非イスラム世界でイスラム金融の中心地となっているのが、イギリスである。約200万人のイスラム教徒を顧客ベースにロンドンでイスラム金融は急激な成長を遂げている。4月末にイギリスでは5番目のイスラム銀行に認可が与えられた。イギリスの最初のイスラム銀行は04年に設立されている。07年の夏にサブプライムローン問題をキッカケに金融逼迫が生じたが、イギリスのイスラム銀行の資産は半年間で20%以上増えている。イギリスでは銀行業界だけでなく保険業界でもイスラム金融が発展しており、今年の4月に最初のイスラム保険会社の設立が認可されている。

反イスラム主義と思われているアメリカでもイスラム銀行は営業を展開しており、主に住宅金融の分野で急速な成長を達成している。たとえばシカゴにあるデボン銀行は中東からの移民者が多い地域で営業しており、顧客のニーズに対応してイスラム金融による住宅ローンを行っている。イスラム金融による住宅ローン残高は総融資残高の75%を占めている。サブプライムローン問題で揺れるアメリカの金融界にあって、イスラム金融をベースにする住宅ローンだけは着実な増加を記録している。また01年からフレディー・マック(連邦住宅貸付抵当ローン公社)はイスラム銀行四行から住宅ローン債権の買い取りを実施ており、07年に買い取った額は2・5億ドルに達している。全体の住宅ローン市場からみればまだ取るに足らない額であるが、着実に成長が期待される分野となっている。

大手銀行もイスラム金融に取り組み始める。96年にシティグループ、98年に香港上海銀行がイスラム金融部門を設置している。ドイツ銀行、UBS、スタンダード・チャータード銀行、BNPパリバなどもイスラム金融サービスの分野に参入している。イスラム金融の国際化も急速に進んでおり、今後ますます注目されることは間違いない。

イスラム金融の最大の特徴は何か

「イスラム金融では預金や貸付に金利をつけてはいけない」と言うと、多くの人は不思議な顔をする。「金利がつかなかったら、どうして人は預金をするのだろうか。金融機関はどうして融資をするのだろうか」と、極めて自然な疑問を持つ。イスラムの世界の生活は二つの教えに基づいて営まれている。一つは聖典「コーラン」であり、もう一つは預言者ムハマドの教えた生活規範である。これに基づいて「シャリア」と呼ばれる教義が作られている。言い換えれば、シャリアとは聖なる生活のガイダンスであり、「豊かな人は貧しい人に喜捨すべきだと」教えている。そこから勤労に基づかない利益を不道徳とみる考えが出てくる。非イスラムの世界では金銭貸借によって利子が発生するのは当然と考えられているが、イスラムの世界では「お金がお金を生む」という商行為は「シャリア」に反すると考えられる。

イスラム金融のもう一つの大きな特徴は、宗教の教えに反する企業への融資は禁止されている。具体的に言えば、豚肉を扱う企業、アルコールを生産する企業、武器を生産する企業などへの融資は「シャリア」に反すると見られている。さらに予測不可能な事態が見込まれる取引や曖昧な取引、偽装的な取引なども禁止されている。

投機的な取引で巨万の富を得ている人々に好感を抱いていない人にとって、こうしたイスラム金融の考え方は新鮮であり、大いに喝采されるかもしれない。イスラム金融を一種の「社会的責任投資」と評価する見方もある。

ただイスラム金融が成長を遂げている背景には、それなりの論理性と合理性が存在していることを無視すべきではない。理論的に利子を付けられないということは、“ゼロ金利”を意味する。一九七〇年代末にイスラム金融が議論されたころ、金利がゼロなら人々は預金をしないし、金融機関も企業に融資することはないと素朴に考えられた。また金利が存在しないのだから金融政策も行なえないと主張されていた。すなわち、イスラム金融は宗教的な理念に基づく“夢物語”と考えられていた。

確かにイスラム金融の考え方では金銭貸借に基づく金利収入は否定されるが、預金者と資金の借り手が「リスクをシェアする」関係のもとなら取引関係は成立するのである。通常の金融システムでは、貸借を行なうときに“事前”に金利を決定して取引が成立する。イスラム金融では金利は存在しないが、企業が調達した資金を投資し、そこから得た利益を配分するという形で取引が成立するのである。すなわち預金者が得るのは利息ではなく、“事後的”に得た投資収益の配分である。これなら「シャリア」に反することはない。したがってイスラム金融は「投資ファンド」と似た仕組みであるといえる。

“リスク・シェアリング”という特徴から言えば、イスラム金融は「プライベート・エクイティ・ファンド」に似た仕組みといえる。要するにイスラム金融の最大の特徴は、「資金の流れと生産の流れの間に緊密か関係が存在し、資金の貸し手と借り手の間にリスク・シェアリングが存在することが必要条件である」と表現できる。

しかし、それだけではイスラム金融が世界の金融界で注目されるには十分ではない。イスラム金融特有な仕組みを生かした工夫が必要となる。それは伝統的な金融で活用されている証券化をイスラム金融に適用することである。イスラム金融と証券化の技術が組み合わされたとき、イスラム金融が近代的な金融制度の中で活用が可能となったといえる。たとえば“アセット・バック証券”はイスラム金融にとって最適なスキームになる。言い換えるとイスラム金融では資金は投資に似た形態を取り、必ず裏付けとなる資産が必要なのである。90年代に入ってイスラム金融は理論的だけでなく実際的にも十分市場のニーズに応えるものであるとの認識が一般に受け入れられるようになった。

イスラム金融の独特な仕組み

具体的な例でイスラム金融の基本的な枠組みを説明する。資金を必要とする事業者は、まず自分の資産を「特別目的会社(SPV)」に売却する。特別目的会社は、その資産を裏づけに「スクーク」と呼ばれる「イスラム債」を発行する。投資家はその債券を購入し、代金を特別目的会社に支払う。特別目的会社は、その資金を事業主に資産売却の代金をして支払う。その後、事業主は特別目的会社から資産をリースバックして事業を展開し、リース物件に対して賃貸料を払う。スクークに投資した投資家は、特別目的会社から証券のクーポンに相当する部分を資産の賃貸料として受け取る。スクークが満期に達したとき、事業主は特別目的会社から資産を買い戻し、その代金がスクークの償還資金として投資家に渡される。これでスクークの取引は終了する。こうした仕組みを作ることで、利払いを回避することができるのである。

こうした仕組みは、プロジェクト・ファイナンスや不動産金融に適しているといわれている。中東諸国にはプロジェクト・ファイナンスの一部をイスラム金融で行なうことを求めるところもある。また投資家もプロジェクト・ファイナスの一部として発行されるスクークへ積極的に投資する姿勢を見せている。こうしたこともイスラム金融の成長を支える要因となっている。

ムーディーズ・インベスターズ・サービスのレポート推計では、07年のスクークの発行額は前年比で71%増えて、三二七億ドルに達している。07年末のスクークの発行残高は九七三億ドルである。現在まで発行されたスクークの総額は九七〇億ドルで、「スクークはイスラム金融の中で最も急速な成長と遂げており、特に過去六年間の拡大には目覚しいものがある」と指摘している。さらに同レポートは「08年のスクークの発行は年率で30%から35%で成長を持続する」と予想している。

スクークがシャリアの禁止する利息を回避する仕組みについて説明したが、個人が銀行から資金を借りる場合はどうなるのであろうか。最も一般的な取引は「ムラバハ」と呼ばれる仕組みである。通常の金融では借り手は銀行から資金を借り、それで欲しい商品を購入する。同時に借入に対して利子を支払う。だがイスラム金融では利息は禁止されているため、銀行は借り手に代わって商品を購入し、それを借り手にリースするのである。そこで発生するのは利子ではなくリース料である。銀行は購入価格にリース料を上乗せして借り手に請求する。通常、返済は割賦方式で行なわれ、割賦支払いが終わった時点で商品は借り手に譲渡される。購入価格と転売価格の差は実質的に金利に相当するが、それは売買差益であって、それは金利ではなくリスクを取った報酬と見なされる。

そのほかにも「ムシャラカ」と呼ばれるパートナーシップ形態のイスラム金融がある。これは、二人の事業主(一方は銀行)がお互いに資金を提供してジョイント・ベンチャーを共同出資で設立する形式を取る。もし事業で損失が発生すると、両者が出資比率に応じて損失を負担する。もう一つの典型的な仕組みは「イジャラ」と呼ばれる「リース金融」と類似した取引である。これは、事業主が機械を購入したい場合、銀行が機械を購入して、それを事業主にリースする形態を取る。事業主は機械の用益権を得て、利用料を銀行に支払う。これは住宅ローンにも利用されることがある。

もう一つの仕組みは「ムダラバ」で、これも基本的にはパートナーシップの形式を取るが、「ムシャラカ」と違うのは事業主の一方が資金を提供し、他方が技術はマネジメントを提供し、共同事業を行なう方式である。資金の出し手は銀行である。利益と損失は、事前に決められた比率に応じて両者で分配する。この「ムダラバ」の仕組みは預金に適用され、銀行は預金者から集めた資金を事業に投資し、その利益から預金者に配当を行なうことになる。預金に利息がつかないのは、イスラム金融では配当として預金者に支払われるからである。これは一種の金銭信託であり、配当は預金金利のように事前に決定されていないのが特徴である。

イスラム金融発展のための課題

ただイスラム金融が地域的に限定されたスキームから世界で一般的に利用されるスキームになるには、まだ多くの問題が残っている。まず金融取引がシャリアに合致しているかどうか判断しなければならない。そのため金融機関はイスラム学者で構成されるシャリア委員会を設置し、シャリア基準を満たしているかを検討しなければならない。イスラム学者の数は限られており、新規にイスラム金融を始めるのは容易ではない。需要を満たすだけの数のイスラム学者が存在しないことから、その報酬は膨大なものになっている。またイスラム教国意外でもイスラム金融に対応する法的な整備をする必要がある。またイスラム金融の標準化を進める必要もある。

イスラム金融はまだニッチ的な存在に過ぎない。通常の金融と比肩できる存在になるには、まだ長い時間がかかるだろう。ただイスラム金融には、通常の金融が引き起こした様々な問題を考える上で含蓄のある発想を提供していることは間違いない。

4件のコメント »

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    ピンバック by links for 2008-07-01 « €‹篋榊š„›‘荐˜ — 2008年7月2日 @ 07:40

  2. Islamic Finance…

    中岡望氏の記事「急成長遂げるイスラム金融:独特な金融の仕組みと成長の背景」 が非常に興味深い http://www.redcruise.com/nakaoka/?p=246#more-246 利子をタブーとするイスラムが、いかにファイナンスを行っているかを説明している。 例えば、イスラムの銀行は金利…

    トラックバック by Libertarianism@Japan — 2008年7月9日 @ 03:36

  3. [...] 中岡望の目からウロコのアメリカ � 急成長遂げるイスラム金融:独…ディア主催のイスラム金融セミナーが開催され、満席の様相を呈している。イスラム金融と題する本の出版も相 [...]

    ピンバック by 金融セミナーにつて今日は | 金融情報ブログ・ほんわかBEST — 2011年7月18日 @ 13:36

  4. [...] 中岡望の目からウロコのアメリカ � 急成長遂げるイスラム金融:独…「マレーシア経済とイスラム金融」に関するブログを以前、掲載しました。本ブログは、その続きです。前回の [...]

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