中岡望の目からウロコのアメリカ

2005/8/25 木曜日

機密情報リーク事件で危機に直面するブッシュ大統領次席補佐官カール・ローブ:『世界週報』8月30日号掲載記事

Filed under: - nakaoka @ 9:37

ブッシュ大統領の次席補佐官カール・ローブについて何度も本ブログに書いてきました。『中央公論』3月号で「大統領を作った男」と題して、ローブの経歴、思想、ブッシュ大統領との密接な関係を説明しました(その記事はブログに掲載)。「ブッシュの頭脳(ブレーン)」というのが彼のニックネームです。ブッシュを大統領にするために、彼は様々なダーティ・トリックを行なってきました。政敵に関する噂を流すのも、その手法の1つでした。「イラクが大量破壊兵器を開発している」というイラク戦争を合理化する情報が間違いであるという調査報告を発表した元外交官のウィルソンを貶めるために彼の妻がCIAの秘密工作員であるという機密情報がリークされたことが大きなスキャンダルとなっています。ブッシュ大統領は情報をリークした人物を辞めさせると発言していました。そして、その犯人がローブであったことが明らかになったのです。民主党やメディアがブッシュ大統領にローブの解任を求めています。また、機密情報リーク事件に関連して2人のジャーナリストの逮捕騒ぎにまで起こり、事件の展開次第ではブッシュ政権に大きなダメージを与えるかもしれません。(新しい原稿も英語ブログ「Japan-China Relations on the Crossroads」をアップしました。ご覧ください。左上のコラムからアクセスできます。)

機密情報漏洩事件で窮地に追い込まれる大統領副首席補佐官カール・ローブ

裏目に出たCIA秘密工作員の情報漏洩

元外交官のジョセフ・ウィルソンのイラク核兵器開発計画はブッシュ政権がイラク戦争を始めるための口実に過ぎないという主張は、ホワイトハウスに大きな打撃を与えた。イラク戦争の正当性を守るためにホワイトハウスはウィルソンの妻バレリーがCIAの秘密工作員であるという機密情報を漏洩し、ウィルソンの信頼性を貶めようとした。だが、事態は大きな広がりを見せ、情報を漏洩したとされるカール・ローブが窮地に立たされている。ブッシュ大統領は機密情報を漏洩した者は解雇すると約束しており、ブッシュ大統領も自らの“ブレーン”であるローブを切らざるを得ない局面も予想される。“ローブゲート事件”は、ブッシュ政権の信頼性を揺らがす大きな事件へと発展する様相を呈している

ワシントンの暑くて長い夏

ワシントンの夏は高い湿度で蒸しかえる暑さで知られているが、今年の蒸し暑さはブッシュ政権にとって例年以上であろう。順風満帆に門出したはずの第2期ブッシュ政権は思わぬところで躓き、現在、政権最大の危機に直面している。鉄壁の団結を誇るブッシュ政権の中枢に座るカール・ローブが、機密情報の漏洩を巡って糾弾の矢面に立たされているからである。ローブは大統領副首席補佐官の地位さえ失いかねない状況に置かれているのである。
ローブは“大統領を作った男”と称されるようにブッシュ大統領の側近中の側近である。ロ彼はブッシュ大統領がまだハーバード大学経営大学院の学生であった頃、共和党全国委員会委員長であった父親のブッシュに引き合わされて、それから30年以上にわたって二人は親密な関係を維持してきた。彼は、大統領選挙に立候補することに躊躇していたブッシュを説得して立候補させ、当選させた辣腕の選挙参謀であり、同時にブッシュ政権の戦略立案を担う懐刀でもある。昨年の大統領選挙で大勝したブッシュ大統領は、ローブに“アーキテクチャー(創造者)”という最大級の賞賛の辞を与えている。

そのローブが危機に瀕している。彼は、既に何度も機密情報漏洩事件を調査しているパトリック・フィッツジェラルド特別検察官から召還を受けている。ブッシュ大統領は「機密情報を漏洩した者は政権から排除する」と明確に語っている。もしローブが機密情報漏洩で「インテリジェント・アイデンティティ・プロテクション(情報部員身分保護)法」に違反していると判断されれば、起訴され、最悪の場合、10年未満の刑と、5万ドルの罰金が課せられることになる。

おそらく事態がこうした展開を示すとは、ローブは予想していなかっただろう。もちろんローブは機密漏洩に関与していないと主張しており、本事件が起訴に妥当するかどうかを判断する大陪審がどのような結論を出すか分からない。しかし、大陪審の判断がどうあれ、今回の機密漏洩事件はローブだけでなく、ブッシュ政権に大きな影響を与えることは間違いない。

イラク戦争を正当化する核兵器開発情報

機密漏洩事件とは何か。それはイラク戦争前にまで遡って説明しなければならない。2002年当時、ブッシュ政権はサダム・フセイン政権の排除を決めていた。それはブッシュ政権の中枢を占めるネオコンの長年の願望であった。彼らはイラクとの戦争を始める理由を探し求めていた。チェイニー副大統領オフィスや国家安全保障会議で影響力を誇示していたネオコンたちは、フセイン排除の絶好の口実を発見する。それは、イラクが核兵器開発を計画しているという情報であった。フセイン政権が核兵器を手に入れ、再びアメリカの脅威になる前に排除しなければならないと彼らはアメリカ国民に訴え、アメリカをイラク戦争へ導いていく。

当時、イラクがニジェールから大量のウラニュームを購入しようとしていたという情報がもたらされた。この情報の証拠を得るために、チェイニー副大統領はCIA(中央情報局)に調査を命じる。その指示を受けてCIAの担当者は元ガボン大使で、湾岸戦争の時に英雄的行為からブッシュ大統領に“アメリカの真のヒーロー”と呼ばれたジョセフ・ウィルソンを2002年2月にニジェールに派遣した。アフリカ通で国家安全保障会議のアフリカ問題に関する顧問を務めるウィルソンは、最適な選択であった。彼はニジェールで調査を行い、帰国後、「そうした取引が行なわれたということは極めて疑わしい」という報告書をCIAに提出する。しかし、後にチェイニー副大統領はウィルソンに会ったこともないし、CIAに調査を依頼したこともないと否定している。藪の中である。

既にイラク戦争に向かって動き始めていたブッシュ政権は、当然のごとく報告書を無視し、チェイニー副大統領はテレビの番組でイラクの核兵器開発の脅威を訴えた。そして2003年1月28日の一般教書演説の中でブッシュ大統領は「イギリス政府はサダム・フセインが最近アフリカから大量のウラニュームを購入しようとしたことを突き止めた」と語った。ウィルソン報告は完全に抹殺されたのである。そして3月19日、アメリカ軍はイラクへの侵攻を始めた。こうしたブッシュ政権の動きに対してウィルソンは「ブッシュ政権はイラクの脅威を誇大に表現するために情報を意図的に操作している」と批判した。

ウィルソンは自著『ザ・ポリテックス・オブ・ツルース』(2004年4月刊)の中で2003年3月にチェイニー副大統領のルイス・リビー首席補佐官と国家安全保障委員会のエリオット・エーブラムズらのホワイトハウス内のネオコンが、自分を追い落とすための謀議を巡らせたと書いている(ただ、これに関しては彼の主張だけで具体的な証拠は示されていない)。イラク戦争は予想以上に短期間で終ったが、ブッシュ政権が主張したイラクの核兵器開発、大量破壊兵器の存在は確認されなかった。そうした事態を受けウィルソンは7月6日付けの『ニューヨーク・タイムズ』紙に「私がアフリカで発見できなかったもの」と題する記事を寄稿し、その中で「イラクの核開発プログラムに関する情報の幾つかがイラクの脅威を誇大に表現するために意図的に捻じ曲げられている」と、暗にブッシュ政権のイラク政策を批判したのである。

ホワイトハウスの情報漏洩の狙い

ウィルソンの寄稿を受けて6月10日、マーク・グロスマン国務次官はウィルソンに関する「極秘メモ」を作成する。このメモが後に機密情報漏洩に関連する重要な記録となる。メモは、イラク戦争に批判的だったパウエル長官が率いる国務省がホワイトハウスとの意見の違いを説明するために作成したものであるが、その中に「ウィルソンの妻バレリーがCIAで働いている」という事実も記されていた。アーミテージ国務副長官はフォード国務次官に命じて「極秘メモ」の要約を作成させ、大統領専用機エア・フォール・ワンでブッシュ大統領と一緒にアフリカ歴訪の旅に発ったパウエル長官の元に届けさせた。

この「極秘メモ」は、当然、ホワイトハウスの高官にも届けられたと予想される。「極秘メモ」が作成されてから5日後にローブは『タイム』誌の記者マット・クーパーの取材に応じて“超極秘ベース”で、「ウィルソンの妻がCIAの秘密工作員である」という情報を提供している。さらに7月14日、保守派の論客ロバート・ノバクが、“二人の政府高官から得た情報”としてバレリーがCIAの秘密工作員であり、ウィルソンをニジェールに派遣するために背後で画策したという内容の記事を書いた。そして、後にノバクは、この情報はローブから得たことを明らかにしている。 さらに7月17日、『タイムズ』誌はクーパー記者などが共同で執筆した原稿の中で“政府高官”が“バレリー・プラム”の身分を明らかにしたと報じた。なお、プラムはバレリーの旧姓である。彼女は、一九六三年にアンカレッジに生まれで、ロンドン大学経済学部とベルギーのカレッジ・オブ・ヨーロッパで修士号を取得、現在、CIAで大量破壊兵器に関する秘密調査を行なっている。彼女はドイツ語、フランス語、ギリシャ語を流暢に話せるインテリで、一九九八年にウィルソンと結婚している。

こうした情報リークに、ウィルソンは即座に反応した。彼女が秘密工作員であることを明らかにしたことは、ホワイトハウスの陰謀であり、報復であると判断した彼は、CIAの秘密工作員の情報を漏洩することは「情報部員身分保護法」に反している反撃に転じ、テレビなどのメディアを通してホワイトハウスの違法性を訴えた。そして9月28日、CIAは司法省に対して機密情報漏洩に関する調査を依頼したのである。

当初、情報を漏洩したのは、リビー副大統領首席補佐官や国家安全保障会議のアブラムズ、ローブらの名が取り沙汰された。10月24日にFBIがマクラレン・ホワイトハウス報道官やローブが事情聴取を行なっている。機密情報漏洩事件が大きな広がりを見せ始めたこともあり、当時のアシュクロフト司法長官は12月30日にパトリック・フィッツジェラルドを特別検察官に任命して、調査を指示したのである。

情報提供者と特定されたローブ

大陪審は『タイム』誌のマット・クーパー記者と『ニューヨーク・タイムズ』紙のジュディス・ミラー記者を召還したが、二人は拒否し、法廷侮辱罪で収監されるという事件も起こった。両社は最高裁に上告したが、棄却され、二人の記者は収監されたが、タイム社は取材メモなど資料を提供することでクーパー記者の収監を免れた。そして同記者は大陪審の証言で情報源としてローブの名前を挙げたのである。またクーパー記者とローブの間で行なわれた電子メールでのインタビューもタイムズ社から提出されており、ローブが情報提供者であることは間違いない。なお、クーパー記者は実際に記事を書いたが、ミラー記者は機密情報漏洩に関して記事は書いていないが、知りえた情報を証言しないということで有罪判決を受け、現在収監されている。

また、当初、沈黙を守っていたノバクも、情報をローブから得たことを明らかにしている。未確認情報では、ノバクが収監されないのは、秘密裏に大陪審で証言を行なっているからだとの観測もある。ローブとノバクは20年来の知り合いで、ノバクはしばしばローブから情報を入手している。

こうした疑惑に対して、ローブはあくまで記者仲間の噂を語っただけであると疑惑を否定し続けている。しかし、ローブが国務省の「極秘メモ」を読んだことは間違いなく、彼女がCIAの秘密工作員であることを知る得る立場にあった。ただ、フィッツジェルド特別検察官は、「ローブは調査対象になっていない」と語っているが、既に数回にわたって事情聴取を受けている。法律論的にいえば、どこまで違法性があるのか判断は難しい。しかし、法的な解釈は別にしても、ローブがこの事件で大きな政治的ダメージを受けることは間違いない。民主党やメディアは、ブッシュ大統領に対して約束通り、情報を漏洩した人物を処分するように強く求めている。

ローブは“汚い噂”を意図的に流すことで政敵を葬ってきた。200年の共和党大統領候補選挙で対立候補のジョン・マケインを追い落としたのも“汚い噂”であった。また、1990年代初めに行なわれたテキサス州知事選で民主党の女性現職知事が同性愛者だという投票日直前に流して、追い落としに成功している。もちろん、カールはそうした批判を否定しているが、彼が背後にいたことは間違いない。今回もウィルソンの信頼を貶めるために機密情報を流したことは間違いない。しかし、今回は逆に策を弄して自らが罠にはまった感がある。

もしブッシュ大統領の“ブレーン”であるローブを失えば、ブッシュ大統領にとって政治的に大打撃になることは間違いない。また、イラク戦争の正当性が再度問われる事態に発展しかねない。既にイラク戦争で支持率が大幅に低下している上に、今回のスキャンダルで政権はさらに窮地に追い込まれるだろう。ブッシュ大統領が理想とするレーガン大統領は、第2期目に「イラン・コントラ事件」が暴露され信頼を喪失、急速に影響力をなくした。それと同じように“ローブゲート事件”はブッシュ政権に致命的な打撃を与えることになるかもしれない。
(なお、カール・ローブの人物論に関しては拙稿「大統領を作った男」(『中央公論』2004年3月号)を参照してください)

PS:日本語の表記に関して。英語の肩書きを訳すときにいろいろな問題が起こります。カール・ローブの肩書きもそうです。日本のメディアは「次席補佐官」と書いていますが、英語の表記は「Deputy Chief of Staff」で、直訳的に訳せば「副首席補佐官」です。国防副長官は「Deputy Secretary of Defense」、国務副長官は「Deputy Secretary of State」です。その応用でいえば、「Deputy Chief of Staff」は「副首席補佐官」と訳すべきでしょう。『世界週報』に寄稿した原稿では「副首席補佐官」という表記を用いたのですが、編集部は「次席補佐官」と修正してきました。他のメディアも「次席補佐官」というほうを使っているようです。私の記憶する限り、「Deputy Chief of Staff」という肩書きの人物はいなかったような気がします。

PS2:ローブのホワイトハウスでの地位:ローブの肩書きは「deputy chief of staff」ですが、「chief of staff」はアンドリュー・カードです。彼に関してブログに既に書きました。参照してください。『ニューヨーク・タイムズ』紙の説明では、ホワイトハウスのトップ2は、チェイニー副大統領とローブ次席補佐官になっています。実質的には、ローブは肩書きでは上に位置するカードよりも権力は上にあるのです。

1件のコメント

  1. 詳しい解説、ありがとうございます.エントリーとは若干異なる印象をもちました.この漏洩事件が明るみに出たのが大統領選挙が佳境に入っていた時点であることが一つのポイントかと思います.つまり、カール.ローブの行動は、すべてブッシュの再選にターゲットをさだめていました.ウィルソン元大使の「イラクはニジェールからウランを買った証拠は無かった」という主張に疑いを持たすために「彼の奥さんはCIAだぜ.奥さんの引きでニジェールへ行って、それで世間が納得するもんかね」ということでリークしたのなら、それはそれで目的は達したということじゃあないでしょうか.この事件(ウラン輸入問題)も、決定的なファクターにならずにブッシュさんは無事(ローブからみれば)再選されたことだし.漏洩行為そのものが違法性を問われる可能性もまずなさそうだし(保守派の一部には、CIAの情報を漏らした一種のディープ.スロートであるという評価もあるほどですね).まあパウエルさんには気の毒なことになってしまいましたが.結局、ブッシュ再選をはたしたローブ補佐官と大統領の関係は、大きな二人の目的が達成された以上、今後微妙なものになるという意味では、むしろ大統領の一貫性に対する挑戦(民主党はそこを突いている)と考えられるのではないでしょうか.
    もうひとつ、昔からCIAとホワイトハウスの関係は、我々がうかがいしれない微妙な緊張や権力闘争があるようで、この一連の事件が起こったときのCIAのテネット長官(クリントン前大統領からの人物で、必ずしもブッシュとうまくいっていたか?)のイラク戦争の渦中で微妙な立場に居たことも考えると、この対立関係も糸を引いている気もいたします.以上、ちょっと感じたことをコメントいたしました.

    コメント by M.N生 — 2005年8月26日 @ 11:58

このコメントのRSS
この投稿へのトラックバック URI
http://www.redcruise.com/nakaoka/wp-trackback.php?p=136

現在、コメントフォームは閉鎖中です。